12-4 史上初の作戦

     ◆


 チューリングの背後に、七隻が陣形が組み、半包囲の形を取った。

 警告もないが、先制攻撃もない。

 そろそろ投降を勧める通信が入るだろう、とユキムラが思っているところへ、全周波数帯で、しかし短距離通信波で呼びかけがあった。

 投降し、艦を渡せば乗組員の命は保証する、というものだった。

「ユキムラ准尉、どうなっている?」

 ヴェルベット艦長は発令所に流れている投降勧告が、まるで聞こえないように喋っている。

 そういう豪胆さは、さすがに戦争の第一線で武功を挙げた指揮官にふさわしい。

「うまくいきました。予定座標との誤差は許容範囲内です。包囲陣形が出来上がります。あと十秒です」

 通信はまだ続いていて、同じ文言を繰り返している。投降せよ、艦を捨てよ、命は助ける。

 アホどもめ、と呟いたのは、ヴェルベット艦長だろう。

「来ました」

 ユキムラが宣言すると同時に、高速艦四隻と駆逐艦八隻が、極至近で準光速航行から離脱してきた。

 測ったように敵の七隻をさらに包囲する座標への前触れない出現だった。

「さすがに千里眼システムを一番、使いこなすだけはある」

 宇宙戦史上、例を見ない戦法なのは、ユキムラもわかる。

 艦隊を移動させて敵を包囲するわけではなく、準光速航行から通常航行に離脱した時には包囲ができているのでは、攻められる方は対処のしようがない。

 それが可能になるのは、ユキムラがやってきた味方の八隻、管理艦隊の第七分艦隊と第八分艦隊に、正確な位置情報をリアルタイムで送り続けたからだ。

 その上で、八隻の味方の痕跡をミューターで可能な限り、欺瞞し続けた。敵の空間ソナーはそれで本来の機能をしなかっただろう。

「敵の通信網も利用させてもらいましたけど」

 ユキムラが冗談でそう言うと、珍しくレポート少尉が笑った。ヴェルベット艦長は短く鼻を鳴らすだけ。

 準光速航行からの離脱で衝突事故が起こることはままある。さすがに軍隊では滅多にないが、民間の宇宙輸送船団などが集団で離脱しようとすると、ちょっとした人為的なミスで、座標が重なり、衝突する。

 速度が出ているので、ほとんどの艦はバラバラになるようだ。

 そういう危険を冒してでも、チューリングは敵の小艦隊を拿捕しようとし、今、それは奇跡的にうまくいった。

 今度は先ほどとは逆に、この場の管理艦隊を統率する第七分艦隊の指揮官である大佐が、敵艦に降伏を訴え始めた。

 これにはそれほど時間はいらず、敵艦は投降することを受け入れ、管理艦隊は順番に一隻ずつ、無力化していく過程に入った。

 今、他にも管理艦隊から二つの分艦隊がこの座標へ向かっているのは、敵にも察知されているようで、だいぶ距離はあったが向かってきた敵機動艦隊の残りの艦は、一度の停止の後、別方向へ移動していった。

 さすがにここで管理艦隊と正面切ってぶつかるつもりはないのだ。

 四つの分艦隊というのは、管理艦隊のほぼ半分の戦力である。

 ユキムラはホッとして、自分が繋いだ管理艦隊の現場指揮官とヴェルベット艦長のやり取りをほとんど聞き流していた。

 千里眼システムに関して評価するような内容だったが、ユキムラは今は少しでも休みたかった。

 ここ半日、ありとあらゆることに目を配った。チューリング、敵の機動艦隊、そして管理艦隊の分艦隊。

 どこかで誤れば、全てが崩れるような際どい筋だった。

 ユキムラとしては、戦闘は望むところではない。この作戦を艦長に説明した時、艦長がもっと積極的な、敵の艦隊を潰走させるような、そんな作戦を出してきたらどうするべきか、懸念していた。

 ただ、どういうわけか、艦長はユキムラの考えた、事故の危険はあっても、戦闘を回避するという作戦を、承認した。

「司令部もまた新たな評価をするだろうな」

 通信相手がそう言うのに、かもしれませんな、などと艦長が応じるが、表情を見てみれば、それほど愉快そうでもない。

 通信が切れる頃には、敵艦のうちの二隻は制圧され、動力が切られていた。もし、推進装置や機関部を破壊していたら、ここから管理艦隊の管轄宙域まで曳航するのだから、大変な苦労だっただろう。

 さすがに無事な艦を相手に曳航をやるのは手間なので、管理艦隊が所有する大型の輸送艦がこちらへ向かっている。当然、そこには敵艦を操艦する役割の管理艦隊の兵士が乗り込んでいて、ここへ到着すれば、捕虜になった敵が輸送船に乗り移り、輸送船に乗っていた兵士が敵艦に乗り移る。

 意外にこういう、地味な場面があるものだ。

「さて、とりあえずは、テヘランへ戻るとしよう」

 分艦隊の指揮官から、チューリングに指令書が届けられていた。

 ストリックランド級宇宙基地テヘランへ帰投し、報告を行い、補給を受けろという内容だった。

 驚くべきことに、チューリングの損耗は、ほとんどない。燃料液が劣化したのと粒子ビーム砲にあるかないかの疲労があり、あとは弾薬の消費がある以外は、食料や水などの補給が必要なだけだった。

 この二週間は、さすがに長かった。

 ユキムラはそう思って、もう一度、星海図を確認した。

 過去のチューリングの任務に比べれば短いものなのに、慌しかったせいだろうか。

 星海図には今も、無数に通信中継器の光点が浮かんでいる。



(続く)

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