12-3 追跡、欺瞞、誘導

     ◆


 二十個目の通信中継器に細工をしている最中に、敵にはっきりと動きがあった。

 案の定、準光速航行を続けていた機動艦隊のうちの二隻が、唐突に停止し、それから針路を調整したかと思うと、こちらへ再びの準光速航行で向かってくる。

「露見したようです。接触までは一時間です」

 ユキムラが報告すると、発令所の空気が張り詰めた。

「強化外骨格を即座に回収しろ。作業は中止だ」

「エルメス准尉から報告、中止して強化外骨格を戻します。収納まで五分です」

 さて、と言いながらヴェルベット艦長が席に座り直したようだ。音でわかる。他の管理官たちも身じろぎをして、深呼吸をしたり、両手をほぐしたりしている。

「ユキムラ准尉、レポート少尉に設定座標一番への迂回ルートを示せ」

 返事をして、ユキムラは計算し尽くしたと言っていい、航路をレポート少尉に送った。

 難解な航路になっているのは、それは筋のせいではなく、頻繁に通常航行、準光速航行、スネーク航行を繰り返すからだ。

 同時にミューターも使うので、敵からするとチューリングが本当にどこにいるのか、どこへ向かうのか、わかりづらいはずだ。

 その上、細工をした通信中継器を通して、欺瞞情報を流す。それが欺瞞と露見すれば、通信の傍受が露見するし、細工した中継器も破棄されるか、あるいは逆にこちらに偽情報を流す起点にされるが、織り込み済みだ。

 強化外骨格を収納し、チューリングが動き出す。

 ユキムラは敵の機動艦隊から目をそらさなかった。

 複雑な航路を進むうちに、敵の機動艦隊のうちの四隻が続々と動いている様が見えてきた。

 そのうちの一隻がチューリングの行く手を塞ぎそうだった。

「第一種戦闘配置」

 ヴェルベット艦長がそういうと、すぐにレイナ少佐が復唱する。

 戦闘態勢をとったチューリングの前に敵の戦闘艦が現れたのは、作戦を切り替えてから四時間後だった。三時間、チューリングは逃げ続けたようなものだ。

「アリーシャ軍曹、全火器をスタンバイ、安全装置を外せ。撃破できるなら、しておきたい」

 淡々としたヴェルベット艦長に、わずかに強張っている平板な声で、アリーシャ軍曹が命令を復唱し、全火砲を起動した。ロック、解除。

 敵艦は一隻。一対一だ。

「装甲をシャドーモードにしろ、ロイド大尉。推進装置を切って、スネーク航行に移行する。ミューターでも空間ソナーを欺瞞。忍び寄って、仕留めるとしよう」

「接近は危険ではないですか?」

 冷静なレイナ少佐の言葉に、少しでも敵を慎重にさせたい、とヴェルベット艦長が応じる。レイナ少佐はそれを聞いて、口を閉じたようだ。不満があるのではなく、艦長の意図を汲んだ形である。

 チューリングは完全に姿を消した。

 事態の重大さに気づいたのだろう、敵の戦闘艦が激しく、防御のために粒子ビームや実体弾を撃ち始めた。

 弾幕の隙間をスネーク航行で縫っていくチューリングは、鮮やかと言っていい運動をした。

「見えるよな、軍曹」

 操舵装置を細かく操りながらレポート少尉があるかないかの声で言った。

 見えます、とアリーシャ軍曹も答えたようだ。

「攻撃開始」

 素っ気ないほどのヴェルベット艦長の言葉を受けて、次にはチューリングの粒子ビームが敵艦に直撃する。砲塔が誘爆し、敵戦闘艦が横にずれるように流される。

 そこへチューリングは構わずに攻撃を続け、航行能力と戦闘能力を奪っていった。

 もし敵艦が一隻だけなら、これで決着だった。

「敵機動艦隊から、さらに二隻が先行して来ます。あと二分ほどで、至近です」

 チューリングを追いかけていた敵艦がすでにすぐそばまで来ている。近いのが二隻、少し間をおいてさらに三隻が来ているのが、空間ソナーで見えている。

 当然、ヴェルベット艦長も、他の管理官も把握している。

「よかろう、作戦通りだな。ユキムラ准尉、監視を続けろ。レポート少尉、現場を離脱だ。ユキムラ准尉が指定している座標へ、うまく誘い込め」

 了解、と答えるレポート少尉に、ロイド大尉が推進をスネーク航行から通常航行へ切り替えたことを通達、レポート少尉もすぐに返事をする。

 戦場を離脱するまでの二分間が、ユキムラにはかなり長く感じられた。

 それでもチューリングは敵艦が新たに二隻現れた直後に、準光速航行を起動し、離脱した。

 ただし今は、ミューターをチューリングそのものには使っていない。敵の索敵要員からは、遠ざかっていくチューリングが見えるはずだ。

 むしろ、これから意味を持つ罠のために、ミューターはフル稼働で、複雑怪奇な仕事をしていた。

 ユキムラも目が回るようだったが、思考が全てを完璧に掌握した。

 準光速航行の離脱まではほんの五分。その間に敵が追ってくるのがわかった。味方の救難のために一隻が減っているが、全部で四隻だ。その後続に、さらに三隻。

 いよいよ敵がチューリングに殺到している形になった。

「うまくいくといいんだがな」

 ぼやくようにヴェルベット艦長が言うのに、もう始まってます、とレイナ少佐がきっぱりと言った。

「うまくいかなければ、この艦は破滅です」

「破滅させるには、艦そのものも乗組員も惜しいと心底から思っているよ」

 感傷的な会話を打ち切るように、ユキムラは準光速航行の離脱のカウントダウンを始めた。

 通常航行へ復帰。敵をここでひきつけるのが、肝心だった。

 姿を消す行動を一切せず、のんびりと言っていいほど緩慢にチューリングが進む。しかし次の準光速航行を行う座標へは、確実に進んでいる。

「敵艦、来ます」

 まず四隻が来た。残り三隻も至近だ。

「準光速航行、予定通りに起動します」

 レポート少尉の言葉と同時に、メインスクリーンから宇宙の映像が消え、カウントダウンになる。

 ほんの三分ほどだ。

「さて、こういうのは、玉手箱を開ける、とでもいうのかな」

 ヴェルベット艦長の冗談には、誰も答えなかった。



(続く)

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