11-2 関係

     ◆


 食堂に入っていったヴェルベットに敬礼する兵士は少ない。

 不思議な共通点だが、ノイマンの艦長も、チャンドラセカルの艦長も、食堂では階級の上下を撤廃しているようで、それは前任のチューリングの艦長も同様だった。

 ただ、新しく加えられた兵士は、さりげなく敬礼する。ヴェルベットは目礼するだけだ。

 食べ物を受け取りに行く前に、それに気づいた。

 テーブルを二つ、近づけてそこに十人ほどが固まっている。見てみれば、レポート少尉とアリーシャ軍曹がいて、操舵部門と火器管制部門の兵士が多いが、機関部員と索敵部員が一人ずついる。

「こいつは何の集まりだ」

 料理の乗ったボードを手に、声をかけてみた。全員がヴェルベットを見るが、どことなく嬉しそうに見えるのが印象的である。

「検討会です、艦長」

 代表するようにレポート少尉が答える。

「検討会? 訓練のか」

「そうです。これから、ロイド大尉も来ますよ」

 少しレポート少尉も人が変わってきた。馴染んだようだし、砕けてきた。

 ただヴェルベットとしては、そういうところはあまり気にするつもりはない。

 戦果さえ上がれば、技能を発揮してくれれば、それでいい。

「艦長もどうです」

 恐れを知らない大胆さで、火器管制部門の伍長が言った。周りの連中も、特にたしなめるようではない。

 さりげなく手を振っていた。

「気にしないでいい。存分にやってくれ。休息はしっかりと取るように」

 ヴェルベットは離れた席で一人で食事をした。その間も検討会では議論が盛り上がり、声が少し聞こえてくる。

 敵艦二隻を相手にするのは無理だ、という意見に、何か突破口がないか、それを議論しているようだ。

 そのことはヴェルベットも考えていた。自分で指示しても、自分には答えがない。

 やはりチューリングには卑怯な、姑息な手段しか、選べないのか。

 誰かが言うのが聞こえる

 ユキムラ准尉がいればなぁ。

 また、その名前だ。

 不機嫌になる自分を感じるが、それが羨望なのか、ひがみなのか、ヴェルベットにはわからなかった。

 食事が終わっても、検討会は続いていた。それを横目に、ヴェルベットは食堂を出た。

 艦長室へ戻り、訓練の記録を確認した。

 一度目より二度目の方が、善戦はしている。三度目と四度目は大差ない。

 どうやっても決定的な打撃力がないし、チューリングは一隻だけで、即応できる援護艦隊もない上、大きな括りでの後詰さえもないのである。

 高速魚雷で一隻は沈められそうだ、とはわかる。しかし敵からの艦砲射撃が激しく、最適な座標を選べていない。

 電子頭脳は甘い訓練を課す気はないらしい。

 そこまで誤りのない完璧な攻撃を行う軍艦はおそらく仮想の存在以外でいないだろうが、しかし今、管理艦隊や連邦宇宙軍が相手にするのは、第一線の軍艦と軍人になりつつある。

 離反艦隊は管理艦隊が相手にしていた、独立派を名乗るテロリストとは、まるで違う。

 厳しい訓練を受け、装備も充実している。

 どこかで管理艦隊は守勢に回ることも、ないとは言えない。

 何事も断言できない、予断を許さない事態がまさに今だった。

 ため息を吐いた時、呼び出し音が鳴り、端末を操作するとレイナ少佐が訪ねてきているようだ。ドアのロックを開ける。

 入ってきた女性士官は、まだ不快さを押し込めきれないでいるようだ。

「ユキムラ准尉が復帰する期日は、予定通りです」

 淡々とそんなことをいうレイナ少佐に、ヴェルベットは口をへの字にしていた。まったくの無意識だったので、さりげなく隠すように口元を撫でた。

「そんなことを言いに来たのか、レイナ少佐」

「艦長は、もっと乗組員を信頼するべきです。そして艦を活用するべきです」

「信頼しているよ。それは心外な指摘だな」

「いえ、信頼しているようには見えません」

 どこがだ、と答えた時、ヴェルベットも声が強くなっていた。

「この艦には、この艦の流儀があります。そして、みんな、それをよく知っています」

「俺だけが知らないと言いたいのか、少佐」

「少なくとも、任務らしい任務は遂行されていません」

 事実だったが、そんなものはこれから、いくらでもあるだろう。

 敵の存在ははっきりしている。打ち倒すべき対象は、曖昧な闇の中ではなく、光の中に出てきている。

 皮肉の一つでも返そうかという時、端末が急に音を発した。

 それだけならありそうなことだが、レイナ少佐の端末も同時に音を上げている。

 それぞれに端末を見た。

 メッセージに動画が添付されている。

 レイナ少佐がヴェルベットを見ている。ヴェルベットも彼女を見た。

 同時に受信したのは、不吉だった。

「こちらは動画が届いたが、少佐は?」

「おそらく、同じです」

 ヴェルベットはデスクの上の端末で、立体映像で動画を再生した。

 それは離反艦隊をまとめている独立派からの、奇妙な声明だった。

 はるか彼方の宇宙へ自分達は向かうから、邪魔はしないで欲しい。

 そんな風に聞こえる声明だ。

 動画が終わり、立体映像が消えると、ヴェルベットは椅子にもたれかかった。何を言えばいいか、即座には思考から導き出せなかった。

 本当に敵は光の下を選んだらしい。連邦宇宙軍はどうするつもりだろうか。今頃、上層部は情報収集とその分析、そして議論を始めるために連絡を取り合っているだろう。それも大慌てで。

「訓練もそれほど、余裕はないかもな」

 そうヴェルベットが言うと、まだ目の前にいるレイナ少佐が、瞳をわずかに光らせた。

「しかし、今の艦は不完全です」

「完全になれば、例の訓練も、こなせるか」

 どうでしょう、と言ってレイナ少佐は顎に手をやり、それをすぐに下げると「失礼します」と直立し、部屋を出て行った。

 それからしばらくして、ユキムラ准尉が戻ってきた。

 二隻の敵艦を相手取る訓練は、結局、中断されていた。

 ユキムラ准尉が戻った翌日、ヴェルベットの元へ奇妙な通達がきた。

 それは、訓練基地シチリアに向かえ、という内容だった。

 そして通達の発信元は管理艦隊司令部である。

 訓練基地だと? いったい、何をやらせるつもりだ?



(続く)

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