10-2 再会

     ◆


 地球へ降りて、久しぶりに見るケルアック記念病院は、新しい建物が一棟、加わっていた。

 宇宙空港で出迎えた連邦軍の軍曹がいて、彼が全ての面倒を見るという。しかし要は病院までの移動手段を手配して、あとはユキムラが病院にいるわけだから、その軍曹自身の日々を自分で手配するようなものだろう。

 軍曹の年齢は三十代に見える。見たところ科学知識があるようでも、医療知識があるようでもない。どちらかと言えば武闘派に見える。足の運びの特徴がユキムラにはよく見えた。

 極微小素子研究所の建物は変わっていない。ユキムラはまっすぐに中に入り、階段を上っていった。

 オーランドー研究室の扉も以前の通りだった。懐かしさがひたひたと、そしてひしひしと押し寄せてくる。

 そっとドアをノックする。金属的な音が消える前に、部屋の中で足音がして、ドアが開く。今時、自動ドアではないのも、いかにも古風ではある。

 扉の向こうから顔を見せたのは顔見知りの研究者で、ユキムラを見ると満面の笑みになった。

「ユキムラ! よく来たな!」

「ええ、お久しぶりです。ジョンソンさん」

 名前を呼ばれて、男は驚いたようで、「僕のことなんて、覚えているのか」などと言いながら、部屋の奥へユキムラを通し、教授を呼んでくると部屋を出て行ってしまった。

「ハリー軍曹、座ってもいいのでは?」

 付き添いの軍曹は、いえ、と短く答え、それでもわずかに口元を緩めた。

 足音がした、と思って振り返る時、ユキムラは違和感を感じた。

 人間の足音ではない。まるで義足だ。

 振り返った先、ドアを開けて入ってきたのはオーランドー教授だった。少しだけシワが増え、髪の毛もより白くなっている。

 そして、両脚に金属のフレームをつけている。

「教授、その脚は?」

 思わず挨拶よりも先にユキムラが訊ねるのに、オーランドー教授は「かっこいいだろう」と得意満面で笑っている。

「ちょっとした失敗で、脚を悪くしてね、今ではこいつで歩くか、車椅子だ」

「大怪我じゃないですか」

「これだけの歳だ、そのくらいの事態は覚悟していたよ」

 違うでしょう、とジョンソン研究員が横槍を入れた。

「椅子の上で変な姿勢をして考え事をして、転んだだけじゃないですか。それで外骨格の試作品の寄せ集めで勝手にそんなもの作って」

「え? そうなのですか、教授」

 余計なことを言うな、と部下を黙らせてから、オーランドー教授は胸を反らすようにして言った。

「これでも色々と研究できた。使いやすい補助義足とか、車椅子とかな。車椅子レースも月に二回、やっている。面白いぞ」

 車椅子レース……。

 きみも出たらいい、などと言いながら、オーランドー教授は雑然としている自分のデスクに向かい、そこで小型端末を引っ張り出すと、何かを表示させた。それからユキムラに手を向ける。

「きみが乗った船の軍医が経過を記録したデータを渡しただろう。管理艦隊もガチガチに情報管理していて、通信で送ればいいものを、手渡しとは手間をかける」

 ユキムラはカプセルに内臓の小さなスペースから、出発前にクロエ女史から受け取ったデータカードを出し、オーランドー教授に手渡した。

 節くれだった手が機械の指に挟まれたカードを受け取り、端末に差し込むと画面がいくつも投射された。

 じっとデータを眺めて、悪くない、とオーランドー教授は頷く。

「おおよそ、予定通りの劣化だな。ここらで一度、詳細に検査するのが妥当だろう」

「耐用年数にはまだ余裕がありますよね、教授」

「それは最後の最後に意味を持つ。今はまだ、こうしてメンテナンスを受ける余地がある。なら、メンテナンスをするべきだろう。違うか?」

「いえ、その通りだと思います」

 嬉しそうにオーランドー教授が微笑み、今後のスケジュールを確認したが、すでに設備やら何やらは用意されていて、明日の朝には処置室へ入るという。入って処置が始まってしまえば十三時間ほどはユキムラは自由を失う。意識を失うからだ。

 オーランドー教授が人造液の最新版に関する説明を始めるけれど、これは挨拶のようなもので、ユキムラにはそれがこの老人独特の意思疎通の一部だと知っている。

 ジョンソン研究員の他にも知己の研究員が三人ほどやってきて、話をしていった。

 その日は病院に泊まることにして、ハリー軍曹はすぐそばにある安宿に泊まると言って、去って行った。

 夜遅くになるまで、オーランドー教授はユキムラを解放せず、話し合いは深夜に及んだ。

 その話というのは、ユキムラ自身のことというより、一定数が存在する活動喪失症を患っているものをどうするべきか、という内容だった。

 ユキムラはほとんど人体実験として処置を受け、成功した。

 他の患者も同様のことを望んでいるのは、ユキムラでもわかる。しかし処置を施すには、危険が伴うし、それ以前に莫大な治療費が必要になる。国が補償するようなことが可能な額ではない。

 活動喪失症の患者の中で、ユキムラは希望の光であり、同時に羨望の対象でもあるようだ。

「誰もを救えないのは、医者としては心苦しい。これを、未来への課題とするしかないのも、歯がゆいものだ」

 ユキムラは教授の言葉に何も言えずに、ただ考えていた。

 自分にも同じ病気の人を救う、手助けができるのではないか。

 しかし、どんな形で?

 日付が変わる頃、オードリー教授はユキムラを解放する気になったらしく、さすがにもう眠いな、などとわざとらしく腕時計を見ながらのほほんと笑っていた。

 ユキムラはカーテンを引いてさえいない窓の外を見た。既に全ては闇の中だった。

 地球の夜は、宇宙の夜とは少し違うようだ、と考えながらユキムラはカメラの焦点を調整した。



(続く)

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