第10話 地球での再会

10-1 メンテナンス

     ◆


 一度、地球へ行きなさい。

 そう女医のクロエ女史に言われて、そうですか、とユキムラは返事をした。

「調整を先延ばしにしたり、結果を誤魔化す理由もない、と私は判断しますよ」

 ユキムラは少し考え、やはり頃合いだろうと判断した。

 活動喪失症が体の自由を完全に奪った時、体液を全て人造液に交換した。臓器も人造のそれに変えた。

 当時、意思表示しようにもユキムラには意識があるのかないのか、よくわからず、その時は全て両親が決めた。

 ほとんど冒険的な延命措置はユキムラの命綱で、今も定期的な透析を受けている。透析の装置はチューリングに積み込まれていた。頻度は三ヶ月に一度で済む。

 それが、人造液を全て交換する期限が迫っていると、クロエ女史は指摘し、ユキムラもそれには気づいていた。数値を見ても、おおよそ、予定通りの劣化速度だ。

 医務室を出て、ユキムラは索敵要員が詰めている、外部を目視で見ることができる監視室に顔を出した。

 そこでは軍曹が一人きりで、紙の雑誌をめくっていた。写真集らしい。訓練中だが、退屈な場所ではある。

 とても口にはできないが、ユキムラからすれば、羨ましい仕事だ。

「ああ、どうも、准尉」

 ユキムラからの提案で、索敵部門では上下関係をほとんど取っ払っている。

 だから階級など無視して、まるで何かの同好会のように、気軽に情報をやり取りすることが多い。

 今もすぐに軍曹が雑誌を閉じて、訓練の中で疑問に感じたことを、話し始めた。

 空間ソナーに反映されない敵を撃破する訓練をしたが、これは失敗に終わり、同じ訓練が間をおいて三回あったが、どれも失敗だった。

 艦長はこの訓練をこなして、管理艦隊にチューリングの実力を示したいようだが、やや無謀だ。

 軍曹はミューターの逆用という手法について、ユキムラに確認し、ユキムラも丁寧に説明した。

 ミューターの逆用は、土星近傍会戦と呼ばれる、超大型戦艦とその護衛艦隊が管理艦隊と戦った場面で、チャンドラセカルが実際に使った手法である。

 敵がミューターで実際の感そのものを打ち消すのに合わせ、ミューターの打ち消す波を打ち消す波を作る、というおよそ、常識はずれな活用法だった。

 ユキムラも技術者がまとめたレポートを読んでシミュレーションでは繰り返し、訓練を積んでいる。

 ただ、ヴェルベット艦長が直接、その裏技は使わないように、と指示してきていた。

「あれがあればミューター搭載艦なんて問題ないでしょう、准尉。出し惜しみなんて、戦場じゃ許されませんよ」

 唇を歪めてそういう軍曹に、なだめる身振りを機械の腕でして見せた。

「艦長は、おそらくその手段を使わずに何か、突破する方法があると思っていると思います」

「見えない敵を見えないままで倒すと?」

「出力モニターの性能を測ってる様子もありますね」

 あの装置ですか、と軍曹は腕を組み、わずかに顔を俯かせた。

 出力モニターはユキムラからしても、扱いづらい装置なのだが、あまりそういうことは言っていない。

 ユキムラには空間ソナーによって、耳を澄ませること、それを視覚的に解釈することはできても、出力モニターではまるで熱のようなものとして相手が感じ取れるのだ。

 出力モニターを確認すると、確かにそこに気配はある。遠ければ生ぬるく、近ければ熱いような気もする。

 ただ、それはぼんやりとしていて、うまく座標を把握できない。

 しかし、空間ソナーが使えないとしても、出力モニターは仕事をするのだ。もう一つの感覚として、意義はある。

「エーブル軍曹、先にお伝えしますが」

 そう切り出すと、なんです? と軍曹が顔を上げる。

「僕は地球へ行かなくてはいけません。帰ってくるまで、どれだけ急いでも四ヶ月はかかります。その間に、出力モニターについて、よく話し合ってください」

「地球にって、何をしに行くのですか?」

 うろんげな軍曹に、「体のメンテナンスですよ」と答えると、どこかに不具合ですか、と深追いされた。

 本当に不安そうな表情と口調に、笑い混じりの言葉を添えて、安心させる気になった。

「元々から、定期的に大掛かりなメンテナンスが必要なんです。その作業も特に危険でもありません」

 実際、人造液の交換は今まで四度ほど、経験している。意識を失い、気づくと十二時間は過ぎている。それだけで、痛みも苦しさもない。麻酔技術も発展していて、不快な思いもしない。

 軍曹がまるで念を押すように、待ってますよ、待ってますからね、と繰り返した。

 それからユキムラは艦長室を訪ね、そこでメンテナンスのことを告げたが、どうやら事前にクロエ女史が計画を立てていたようで、ヴェルベット艦長は「地球で二ヶ月は自由にしていていいぞ」と笑っている。冗談の口調だが、しかしどこか苦々しげだ。

 チューリングは未だ、戦場には戻っていない。訓練を続け、乗組員の習熟が今、やっていることだ。

 それにはジネス少尉の件もあるらしい。ジネス少尉の謹慎は程なく、解除されることになると聞いていた。

「何かあれば、いつでも通信をください。できることはします」

 無意識に言葉にしていて、それでわずかにヴェルベット艦長は皮肉げな顔になった。

「こちらはこちらで、努力する。見えない敵の件は、きみだけで解決するものではなく、この艦や、もっと言えば管理艦隊や連邦宇宙軍の懸案でもあるのだ」

 意図がよくわかったので、お願いします、と頭を下げるようにカプセルを動かした。

 全ての艦がミューターや出力モニターを搭載しているわけではないのが、実際だった。

 現行の、普及している装備と装置で敵を暴露し、撃破する。その手法が確立できれば、あるいは戦いを有利に運べる。

 ただ、新しい技術に古い技術が勝る場面がどれだけあるだろう。

 艦長の承諾を得たのに安心し、部屋を出るとユキムラは発令所へ行った。そこにレイナ少佐がいる。当直なのだ。

 発令所に入ると、少しだけ空気が張り詰めている。訓練中だが、いい雰囲気だとユキムラは感じた。実際の体がカプセルの中でも、不思議とこういう雰囲気を感じ取れる自分に、少しだけ可笑しみも感じるユキムラである。

 レイナ少佐とは短いやり取りだけになった。彼女にも副長という立場上、事前に話があったのだろう。

 その翌日には連絡艇が到着し、ユキムラはそれに乗り込んだ。

 宇宙基地で高速船に乗り込む。ユキムラは運動も食事も必要としないので、時間は全て、レポートを読み直すことに使った。

 ミューターによるミューター対策。

 そしてミューターを使っての、欺瞞。

 頭の中でイメージを組み立てる。

 宇宙は、見えるのか、見えないのか。

 自分が空間ソナーから切り離されていることが不意に理解され、ユキムラは不安になったが、じっと耐えた。

 カメラの焦点を無意味に手前にしたり、遠くにしたりして、気を紛らわせた。

 しかし、見えないものは見えない。

 見たいものは、見えない。



(続く)

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