第8話 再構築

8-1 バラバラ

     ◆


 チューリングの発令所において、艦長、副長の次に高い階級なのは、ロイドだった。

 今までの経歴でも、そういう立場に立ったこともあるが、今の自分の置かれた状況は難解を極めていた。

 火器管制管理官のザックス曹長が、不祥事で艦を降りた。

 アルコールをやり取りする賭博の噂は聞いていた。さりげなく、部下の一人を潜入させていて、その一等兵は運良く、確保されていない。

 ロイドとしては、少しでも状況を把握し、自分なりに収めようとしたのだが、ヴェルベット艦長はもちろんレイナ少佐の許可も得ていない。事後承諾という形で、どうにか一等兵が軽い罰で済んだのにロイドはさすがに胸を撫で下ろした。

 艦長には余計なことをするなと指摘された。

 ロイドはそれなりに軍隊というものを知っていたが、ハンター・ウィッソンという人物と比べると、ヴェルベット・ハンニバルという艦長はだいぶ毛色が違う。

 おおらかさよりも狭量さが目につき、視野の広さはあるようでも、焦点を絞る傾向にある。

 管理官の間にあった連帯感は、全く別の性質の連帯感に変わっていた。

 ロイドは何度か、レポート少尉を食事に誘ったが、レポート少尉は話をするタイプではないので、コミュニケーションが難しい。

 過去のチューリングの任務について話しても、彼は淡々としている。

 そして言うことといえば、ザックスを静かにしかし執拗に罵るのだ。

 ザックスを悪く言って欲しくない、とロイドは喉まで出かかったことも再三だが、その度に飲み込んだ。

 軍隊にいると、精神をズタズタにされて、人間と呼べなくなるほど均衡を失うものが、一定数、いる。

 目に見えない存在が確かにあり、兵士がどれだけ調練を続け、実戦の場にい続けても、それは何かの瞬間に大波のように押し寄せ、心を飲み込み、底のない深みにどこまでも引きずり込んでいく。

 ザックスもカードも、あの一度の奇襲攻撃で、何かが変わったのだ。

 新任の火器管制管理官はザックス更迭の三日後にやってきた。

 二十代の女性で、チューブの向こうからやってきた彼女は、不安そうに周囲を見ていた。

 出迎えたのは艦長、副長、ロイドである。

「アリーシャ・アリアナ軍曹です」

 敬礼に敬礼を返す。

「艦長のヴェルベット・ハンニバル大佐だ。悪いな、アリーシャ軍曹、仕事はすぐ始まるぞ」

「り、了解しました」

 アリーシャ軍曹が小さなトランクを持ち、チューリングの通路を進む。

 彼女が発令所へやってくるとレポート少尉、ユキムラ准尉が挨拶をした。アリーシャ軍曹はユキムラ准尉の機械の体に、好奇心と同時に恐れを感じたようだ。

 少し遅れてやってきた火器管制部門の要員である軍曹が、アリーシャ軍曹に端末について説明し、他にも搭載している火器に関して解説があった。

 やっとアリーシャ軍曹の緊張も消えて、真面目な顔で端末を操作している。

「なにか、端末への情報で欲しいものはありますか」

 ユキムラ准尉が人工音声で問いかけると、アリーシャ軍曹は驚きながらも頷いて、専門的な要望を口にした。

 照準に必要な空間ソナーの索敵と、カメラによる実像を基にした照準の、その釣り合いに関する話だ。これは火器管制管理官の個性が一番、現れる要素である。癖と言ってもいい。

 しばらく賑やかだったが、アリーシャ軍曹の方から試射をしたいとヴェルベット艦長への進言があり、ヴェルベット艦長が承諾した。

 いい呼吸でユキムラ准尉が仮想の標的を設定する。

 艦は停止している。アリーシャ軍曹は粒子ビーム砲を二度、シミュレーションし、仮想の的には命中した。

「素人でもできる」

 ボソッとレポート少尉が呟くと、聞こえたのだろう、アリーシャ軍曹は肩をすぼませた。

 チューリングはもう何度目かわからない訓練を開始した。

 さすがにアリーシャ軍曹には酷かもしれないが、索敵、捕捉、撃破、という三段階をこなす訓練がいきなり始まる。

 敵は仮想の存在で、チューリングの電子頭脳が設定する。火砲の命中判定も、電子頭脳がやる。

 ただ、実際に艦は宙を走る。

 彼女も引き金を引く必要がある。

 ユキムラ准尉が敵を捕捉し、その間にロイドは機関の様子を見ながら、性能変化装甲を通常のルークモードで維持し、同期を調整して、同時に出力モニターも操る。ミューターはユキムラ准尉の受け持ちに変わっている。

 ミューターの新しい使い方をチャンドラセカルが発見し、今、分析が進んでいるということだが、ロイドには理解する自信も、使いこなす自信もなかった。

 ユキムラ准尉には、それができるはずだ。

 訓練の中で空間ソナーが捕捉したのは小艦隊で、レポート少尉がそちらへ艦を振り向ける。お手本のような軌道である。

 敵には捕捉されていない、というユキムラ准尉の報告。ミューターによる欺瞞。距離も遠いが、七、いや、六スペースか。

 しかしすぐにユキムラ准尉の声で訂正される。

「左舷方向、座標では一七-四一-八九に感です。準光速航行から離脱した痕跡がありますし、事前に捕捉していた反応です。まだ交戦距離ではありません。いや、準光速航行を再起動、こちらへ向かってきます」

「戦闘態勢」

 ヴェルベット艦長の静かな声に、管理官たちが返答する。

「ロイド大尉、推進装置を停止、シャドーモードに装甲を切り換えろ。ユキムラ准尉、ミューターでチューリングの姿を抜かりなく消せ」

 それから数分で、小艦隊が出現し、それは射程内だが、巧妙な位置取りだった。一度に複数を撃破はできない。

 実際にそれをやられると、チューリングが困るシチュエーションで、電子頭脳も人が悪い。

 ただ、訓練にはなる。

 敵は四隻の小艦隊がご大層なことに、連邦軍の現役艦で構成されている。

 しばらくは探り合いになったが、敵の一隻がこちらに粒子ビームを撃ってきたのは、ロイドには意外というより、無茶を感じた。

 そのことを考えている間に戦闘になり、ロイドは性能変化装甲のモードの切り替えの判断や、艦長の指示に忙殺された。

 ただ、この時の訓練においての最大の問題は、アリーシャ軍曹だった。

 最終的に小艦隊を分断し、一対一を作り出したものの、戦闘艦を相手にチューリングが、艦砲戦をせざるをえなくなった。

 ヴェルベット艦長は逆襲を指示し、いつかの時に似た展開になった。

 チューリングはシャドーモードをやめ、推力全開で敵の脇を抜けるよう軌道を描いていく。

 そしてアリーシャ曹長は粒子ビーム攻撃で的を外し、今度はお返しのように多弾道ミサイルがやってきて、さらに敵の他の艦が隊列を組み、逆襲の集中砲火がやってくる。

 シミュレーションの中で、こうしてチューリングは撃破された。

 発令所に重苦しい空気が流れる。

 最近、こんなことばかりだ。



(続く)

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