8-2 叱責

    ◆


 結局、アリーシャ軍曹はその日の訓練では技能を十分に発揮できないようだった。

 休止を命じた後、発令所でヴェルベット艦長がユキムラを呼び、何かをコンコンと言い始めたので、ロイドはそちらにさりげなく集中した。

 自分が特別だということを忘れろ。

 普通の索敵管理官だと認識し、自分の技能の高さをひけらかすな。

 何ならまたベッドに戻るか。

 そういう辛辣な言葉が聞こえてきて、ロイドは心がざわつくのを感じた。

 差別的な、威圧だけの言葉だ。

 たとえ艦長でも許されるわけがない。

 気になったのはレイナ少佐のことだった。ロイドは彼女のことをよく知っている。こんな言動を放っておくわけがないはずだ。それが上官でも。

 しかし、レイナ少佐は何も言わなかった。見てはいないが、身じろぎもしていないだろう。

 ロイドのそばの火器管制管理官の端末では、何かの操作をするでもなく、アリーシャ軍曹が立ち尽くしている。

 自分のせいでユキムラ准尉が叱責されている、そう考えているのだろう。

 軍隊にはなぜかこういう、不思議な作法がある。間違いを犯したものよりも、そのそばにいた別のものを徹底的に叩く。そうすることで、おそらく恐怖だろうものや、罪悪感か何かで、結束を高める手法らしい。

 ただロイドは否定的だったし、ハンターもそういうことはしなかった。

 ヴェルベット艦長がそういう古典的な人物だと思ったことはなかったが、これは現実だ。

「他人の助けを受けなければ生きられないものが、大きな顔をするな」

 その言葉が耳に飛び込んだ時、思わずロイドは振り返っていた。

「艦長、言葉が過ぎるのではないですか」

 冷ややかな視線のヴェルベット艦長に、真っ向からロイドは視線をぶつけていった。

 こういう攻撃的なやりとりは得意ではないが、今は躊躇う時ではない。

「艦長、ユキムラ准尉は優れた技能を持っています。それはチューリングの武器の一つです」

「たとえそうだろうと、この准尉は、自分のこともできないでいる」

 なぜ、ここまでユキムラを攻撃するのか。

 それを強引に探ろうとした時、レイナ少佐がかすかに顎を引いたように見えた。

 視線が刹那だけ、交錯した。

「……失礼しました」

 ロイドの方から頭を下げる。レイナ少佐がそうしろと言っているように思えたからだ。

 その後、ヴェルベット艦長はユキムラを叱責する気が失せたらしく、索敵の精度を上げて火器管制管理官をサポートするように指示して、発令所を出て行った。

 ロイドは思い切ってレイナ少佐に意見を聞きたかったが、それより先にレイナ少佐がユキムラ准尉の横に進み出て、何かを話している。ユキムラ准尉は無言だった。

 訓練そのものが終わったわけではないので、抜き打ちで何かが起こることもある。そして配置も第二種戦闘配置である。

 部下に艦の状態をそれぞれの持ち場で確認させ、問題がないとわかると、取り決めているシフトで発令所に詰めることになる。

 中年男性の兵長がやってきて、ロイドの仕事を引き継いだ。

 発令所を出ると、先に出ていたユキムラ准尉が通路で待っている。

「先ほどは、ありがとうございました」

 人工音声に、ロイドはじっと目の前のカメラを見た。

「腹が立たないのか?」

「立ちませんよ。事情がありますから」

 どう解釈するべきか、わかりづらい言葉だった。

 ユキムラ自身のことを事情と表現したのか、それとも何か、別の事情、まさに事情が存在するのか。

「僕でよければ、何か、話は聞くよ、ユキムラ准尉」

「ええ、ありがとうございます、ロイド大尉。まず一つ、聞いてもいいですか?」

「何だい?」

 すっとユキムラ准尉が近づき、小さな音で人工音声を向けてくる。

「レイナ少佐が好きな色って、何ですか?」

 面食らって、カメラを見つめてしまった。

「レイナの好きな色? さあ、何だったかな……」

 急な話題の展開に、ロイドの思考は混乱したが、過去の一場面が思い浮かんだ。

 高校を卒業する時、最後にダンスパーティがあった。あの時、レイナは薄い緑色のドレスを着ていて、この色、素敵でしょ、とロイドに言ったのだ。

 はるか昔と思える、過去のことだった。

「ライトグリーンっていうのかな。そういうドレスを着ていたよ、だいぶ前にね」

 ユキムラ准尉には表情がない。しかし長く一緒にいると、感情の機微は感じ取れる。

 今、彼は笑っただろう。

 礼を言って索敵管理官はカプセルをお辞儀させると、そのまま離れていった。

 まったく、不思議な男だな、彼も。

 食堂へ行くと、エルメス准尉が食事の最中だったので、ロイドは彼女の向かいの席に座った。

「訓練は失敗続きみたいね」

 無表情でも、メガネの向こうの瞳には労わる色がある。

「まだ連携がうまくいかない。こうなると、ザックス、カード、ユキムラ、という組み合わせはまるでロイヤルストレートフラッシュみたいなものだったのかもね」

 自分で言っておきながら、なるほど、などと思ってしまうロイドだった。

 あの組み合わせは、めったに現れないのだ。

 今は今ある手札で、手を作っていくしかない。

 それからしばらく、エルメス准尉から無人戦闘機を使った訓練での手応えを聞いた。エルメス准尉は人工知能との対話やその教育に時間を割かれるが、この訓練ではどちらかといえば、実戦の任務を想定しているというより、訓練全体の解析に偏っているようだ。

 無人戦闘機の人工知能が訓練の意味を繰り返し確認してきて困ると、と彼女が憮然とするので、思わずロイドは笑っていた。

 訓練は訓練で、それ以上の意味はない。

 ただ、訓練でダメな艦が、戦果を上げることはない。

 ただ、宇宙のゴミになる。

 早く終わらないかな、とエルメス准尉がぼやくのに、ロイドは本心から頷いていた。

 しかし、今のところ、終わりがくる未来は見えない。



(続く)

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