2-5 勝利と敗北

     ◆


 艦内時間では深夜だったが、ユキムラは索敵管理室の予備ブースを借りて、独立派と管理艦隊の艦隊戦の局面の一つを確認していた。

 ユキムラが気付くのと同時に、チャンドラセカルも敵潜航艦の存在に気づいている。

 しかしそこからの反応の機敏さは、背筋が寒くなるほど、躊躇いがなく、そして的確だった。

 その段階ではユキムラにも敵の潜航艦の本当の正確な位置はわかっていない。

 にも関わらず、チャンドラセカルは体当たりという手段で、その不利を覆した。その上、最後の一撃は瀕死のノイマンが行ったのだ。

 チャンドラセカルの艦長に何が見えていたのか、それをユキムラは知りたかった。

 神がかっている。

 未来が見えるように、全てが一点に収束した感じだった。

「またそれを見ているのか?」

 背後に人がやってきたので、ユキムラはカメラをそちらへ向けた。

 ザックス曹長がそこにいて、片手には何かのボトルを持っている。カメラがズームになり、それがアルコールだとわかった。

 連邦宇宙軍ではアルコールは厳密には禁じられていない。少量だが配給がある一方、アルコール分解薬が普及して、度を越さなければ任務に支障はないという理屈もあるが、それでも任務や作業の前には飲んではいけないことにもなっている。

 今は深夜だったか、とユキムラは考え、しかし友人の行動には目を瞑ることにした。管理室のブースにいる他の索敵管理官たちは気にもしていない。空間ソナーに沈むのが好きな人間、そういう人種が索敵要員には多いことをユキムラも経験している。

「鮮やかな勝ち方だったな。ただし、チャンドラセカルの指揮官は、狙ったわけじゃないだろう。あれ以外、なかったのさ」

「苦肉の策、ってことですか?」

「戦闘なんて、みんながみんな、苦肉の策さ」

 アルコールのボトルを傾け、フゥっとザックス曹長が細く息を吐く。ユキムラのカプセルに組み込まれている擬似嗅覚がアルコールの匂いを嗅ぎ取るけれど、指摘する気になれなかった。

 ユキムラ自身、アルコールが飲めるなら、飲みたい気分だった。それが気を晴らす、精神を弛緩させる作用があるならば、だが。

「うまく勝とうとする奴は、あっさりと勝機を逃す」

「泥臭いほうがいい、ということでしょうか」

「肉を切らせて、骨も断たせて、命が消えるかどうかのギリギリで、しかし相手の方が先に倒れる。そういうことだ」

 この火器管制管理官が、ただのアマチュアなら、ユキムラも笑うことで受け流したかもしれない。

 しかし彼ほど百戦錬磨の火器管制管理官もいないのが歴然とした事実だった。

「ただ、体当たりとは、思いもよらなかった」

 席のすぐ横へ来て、ザックス曹長がブースの端末に寄りかかる。

「できるかできないかといえば、できる。できるが、やろうとは思わんな」

「しかも一瞬の決断でした」

「その通り。それが勝機を引き寄せたかもしれん」

 ぐっとアルコールを煽る曹長に、さすがにユキムラは不安になった。

「飲み過ぎは良くないですよ。仕事に支障が出る」

「任務は当分ない。艦があれじゃあな。他の仕事はデスクワークが大半だ。酒臭くても、誰も気にしないさ」

「部下もいるんですから」

「ユキムラも堅苦しくなったものだ」

 ニヤニヤと笑って義手の方の手で彼がユキムラの機械の腕を叩くので、不自然に硬さの混ざった音が鳴った。

 その義手の男の表情が真面目なものに、がらりと変わる。

 本当にしたい話を始めるのだとユキムラは内心、身構えた。

「カードの奴は、もうダメかもしれん」

 急な話題の転換、内容の変化に、ユキムラもチャンドラセカルの戦法から身近な戦友のことに思考を即座に切り替えた。

「ダメというのは、どういうことですか?」

「さっき、そこで会った。眠れないらしい」

 精神的に参っている、ということか。

 それならザックス曹長にも不安を感じないわけにはいかない。彼がここまでアルコールを口にする場面をユキムラは見たことがなかった。そして今日が初めて、という雰囲気でもない。

 あの、誰もが生死の境界に立つことになった一度だけの戦闘で、想像以上の大勢が何か調子を狂わされている。

 ユキムラ自身も、自分がどこかで何かが、決定的に変わっているような気がした。

「ハンター艦長には相談しましたか?」

「まさか。俺とお前で、カードの奴を救いたいのが本音だ」

 ザックス曹長の言葉に、わかりました、とユキムラは返事をした。

「ザックスさんも、アルコールを程々にしてください」

 口うるさい奴だ、と言ってから、彼はもう一口、これ見よがしにボトルを煽った。

「俺も、酔っている時が一番楽なのさ。戦闘っていう奴には、慣れていたはずなんだがな」

 どこか、何かに落胆した様子でそう言ってから、本心を覆い隠すような笑顔を浮かべ、「根を詰めるなよ」と手を振るとザックス曹長は部屋を出て行った。

 カメラでそれを見送ってから、ユキムラは端末に向き直った。

 勝つこと、生き残ること。

 それが勝利だと思っていたけれど、チューリングの乗組員のように、勝ったとしても現実では犠牲になるものはいるし、有形無形の傷を負うものなのだ。

 もう一回、チャンドラセカルの動きを検証しようとして、やめた。

 今はそれよりも、友人たちのことを考えるべきだ。

 索敵管理室を出て、通路を進みながらユキムラは自分が口にするべき言葉を探し、思い描き、組み立てて行った。

 しかしどうしても、自分の言葉に自信を持てなかった。言葉を発する自分に、自信が持てなかった。

 ユキムラは、完膚なきまでに負けた。

 生きていても、負けたのだ。

 そう考えると暗澹した気持ちになる自分に気づき、改めて、ユキムラはまた言葉を探す作業を再開した。

 どこかに、本当の言葉が隠れている。そう思ったが、見えてくるものは、ぼんやりしていた。



(第2話 了)

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