第1話 チューリングの危機

1-1 死神の鎌が首筋に触れる時

     ◆


 出力ソナーに。

 そうユキムラ・アーツ准尉が口にしたので、ハンター・ウィッソンは視線を彼の方へ向けようとした。

 メインスクリーンに映る目の前の空間には、巨大な構造物があるが、動いていない。

 超大型戦艦と呼称されている、独立派の巨大な艦で、もう三十時間ほど動きを見せていなかった。

 補修のためにも見えるが、そうではないのでは、とハンターは副長のレイナ・ミューラー少佐と話している最中だった。

 実際、超大型戦艦の周囲に少しずつ艦船が集まっている。どれも古びた旧式の船で、おそらく非支配宙域の独立派の艦船が集合しつつあるのだろう。

 それでどうなるのか、そして管理艦隊はどうするのか、とハンターは話していたのだった。

「ミサイルです! 超高速! 弾頭の開放を確認! 着弾まであと五秒です!」

 ユキムラ准尉に言葉は、全くの想定外だった。

 ハンターは即座に声を発した。

「装甲をルークモードにしろ! 総員、衝撃に備えろ!」

 艦長席の端末にある警報ボタンの一つを押し込んだ時、本当の衝撃がやってきた。

 シェイクなどというものではない、天地がひっくり返って、またひっくり返り、さらにひっくり返ったようなものだった。

 艦長席から投げ出され、額をしたたかに床に打ち付け、何かが上から降ってきた。後頭部にぶつかり、次に右肩にぶつかったのが、不思議とよく理解できた。

 目の奥で火花が散ったのも一瞬、反射的に起き上がろうとして、しかし右腕が動かない。

 そちらを見る余地もなく、ハンターはメインスクリーンを仰ぎ見るように確認した。

 非常モードの表示で、ミリオン級潜航艦一番艦チューリングが、重大な危機にあることがわかった。

 循環器は緊急停止。

 多弾頭ミサイルの子機が艦の右舷前方を中心に徹底的に破壊している。

「状況を」

 報告しろ、と言いかけて口をつぐんだのは、その報告をするはずの艦運用管理官のロイド・エルロ中尉が倒れて動かないからだ。

 その頭を中心に、赤い染みが床に広がっていく。

 そのロイド中尉の横を腰をかがめてすり抜けたのはレイナ少佐で、そうか、彼女は元は艦運用管理官だ、とハンターは頭の隅で考え、思考のほとんどはすでに全く別のことを考えていた。

 敵はどこから来た?

 いや、まずは逃げるべきだ。

 しかし、何から? どこへ?

「全隔壁を閉鎖しろ、少佐」

 ハンターがそう言った時には、レイナ少佐はすでにその操作を始めている。そうだ、破損箇所、そこへ気密確保のための硬化ジェルを流し込まなくては。

 巻き込まれる乗組員がいるだろう。

 乗組員の犠牲を減らすための犠牲さえ、起こりつつある。

 そんなこと、今はどうでもいい。

 考える余地はない。

「カード曹長、非常事態の六番目だ」

 そう言ったハンターに、すでに立ち上がっているカード・ブルータス曹長は「六番ですね」と平然と応じて、操舵装置をひねる。いやに冷静だが、海賊稼業でこういう場面もあったのだろうか。

 もう一人の海賊出身であるザックス・オーグレイン曹長はチューリングの火器を再起動しようとしているが、エネルギーが途絶しているのが、メインスクリーンの表示でわかる。

「ユキムラ准尉、敵はどこだ?」

 ハンターは不自由な片腕に苦労して起き上がり、索敵管理官の方を見て、身体障害者のその管理官の入ったカプセルが横倒しになっているのに驚いた。初めて見る光景だ。

 しかし声だけは、はっきりしている。

「見えません。出力モニターの揺らぎがいくつかあるので、そのうちの一つのはずです」

 落ち着いている彼のスピーカー越しの声に安堵しながら、ハンターは艦長席に座り、動く左腕で機関室に連絡を取った。

「さっきのはなんです?」

 受話器が震えそうな声で、いきなり機関管理官のウォルター・ウォリアムズ大尉が食ってかかるように言った。

「敵襲だ。循環器は?」

「再起動したいところでが、血管の破断がひどい。すぐには無理です」

 わかった、と受話器を置いて、艦運用管理官の席にいるレイナ少佐に指示を飛ばす。

「装甲はルークモードで固定しろ。バッテリーのエネルギーを推進装置に全部回せ。カード曹長、現座標は?」

「準光速航行の起動座標まで、おおよそ四十秒の座標です」

 メインスクリーンに表示される宇宙空間の一角で、光が瞬く。

 粒子ビーム攻撃。

 今のチューリングにはそれを防ぐ余地すらもない。

「反撃はできるか、ザックス曹長?」

「艦砲は軒並み死んでますね。ただアイディアはあります」

 言え、と答えながら、ハンターはそのザックス曹長を見ている余地もやはりない。

 粒子ビームの当たりどころが悪ければ、チューリングはその艦自体に張り巡らされた血管を流れる燃料液が誘爆し、巨大な花火に変わってしまう。

「燃料液を少し、放出して、爆破させるのはどうです?」

 考えている暇はない。

「レイナ少佐、準光速航行の継続に必要なエネルギーを確保する分を残して、燃料液を放出しろ」

「放出量の計算が間に合いません」

 電子頭脳はまだ混乱している。人間の計算力で割合を即座に導き出すのは、不可能だ。

「少佐、君に任せる」

 勝手なことを、とぼそっとレイナ少佐が呟く。

 粒子ビームがどこかに命中、艦が不規則に揺れる。

 その次に、やや大きい衝撃が艦を襲った。

 これで死ぬかもしれないな、とハンターは思ったが、しかしチューリングが粉砕されることはなかった。

「座標まで、二十秒」

 淡々とした声でカード曹長が口にする。

 艦がもう一度、揺れる。

「第四スラスター、第六スラスター、機能停止」

 レイナ少佐の声は、強張りを隠せていない。そこへカード曹長が低い声で言う。

「第八スラスターを停止させてくれ、少佐。そちらへ回すエネルギーを推進装置に振り向けろ」

「推進装置が過負荷で破損します」

「死ぬよりかはマシさ」

 議論をしている場合ではない、とさすがに覚悟を決めたらしいレイナ少佐が、第八スラスターからエネルギーを推進装置に向ける。

 艦の揺れはより一層、ひどくなる。

「あと十秒」

 ガツン、とさらに揺れが来る。何かが破断するような音も聞こえた気がした。

「五秒」

 ハンターはじっとメインスクリーンを見た。

 チューリングはボロボロだった。

 循環器はまだ復旧しない。バッテリーの容量も際どい。

「行きます」

 ぐっとカード曹長がレバーを倒し、メインスクリーンに映っていた映像のウインドウが、真っ暗になり、続けて、そこには準光速航行が始まった旨の表示が出る。

 ハンターは艦長席に背中を預け、息を吐いた。

 レイナ少佐が座り込み、カード曹長が倒れこんだ。ザックス曹長も座り込みたいだろうが、彼は今も動かないロイド中尉の様子を確認し始めた。

 その光景を見ながら、やっとハンターは息を吸うことができた。

 今まで、息を止めていたのが不意に理解できた。

 焦げ臭さと生臭さが、発令所には満ちている。



(続く)

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