10-5 撃沈

     ◆


 チャンドラセカルが急加速してもノイマンとの間にはまだやや距離が残されていた。

「ノイマンからサーチウェーブが打たれています。一度、いえ、二度です」

 敵を探している?

 そう、まさにこれは索敵行動だ。ノイマンは敵を探してるのだ、この段階でも。

 ヨシノは瞬間的に、ノイマンに攻撃の意思、チャンドラセカルの攻撃を助ける意図があることがわかった。

 技術的にはノイマンもチューリングの強力な索敵能力を共有しているはず。たった今も。

 ただ、ノイマンが相手を捉えている可能性は低い。さらに言えば、仮に感知できても、瞬間的に照準可能というのは奇跡に見える。なにせノイマンの損傷は重度で、万全の機動力は発揮できそうもない。

 ヨシノの視点では、攻撃や索敵どころかノイマンの方こそ敵潜航艦に対して無防備になり、このままでは撃沈は免れないだろう、ということがはっきりしている。これは揺るがない事実。

 そしてこの時、チャンドラセカルもその危機から姉妹艦を救うのにあと一歩、出遅れている印象だった。

「敵艦を捕捉! 魚雷が発射されました! 二本です!」

 ヘンリエッタ准尉の声に、発令所に緊張が走る。

 何も見えない空間から飛び出した魚雷が推進装置を稼働させ、一直線に飛ぶ。高速魚雷。

 目標はノイマン。

 その時、何かがチャンドラセカルを追い抜き、一方ではインストン准尉が「近接レーザー使用許可を!」と叫んでいる。

 ヨシノが「許可します」という声を発するのと同時に、チャンドラセカルを追い抜いた無人戦闘機が粒子ビームを乱射し、魚雷の一つを撃ち落とす。

 爆発の光と魚雷そのものの破片が一瞬で拡散した。

 直後のインストン准尉の近接レーザーはわずかに狙いがそれる。短い罵りが漏れる。

 無人戦闘機が撃破した魚雷の、その爆発でもう一発の魚雷がぶれているのだ。それでも魚雷は軌道を修正し、ノイマンへ向かうが、二発目のレーザー光線が直撃、こちらも爆発。

 やっとのことでチャンドラセカルは、敵艦とノイマンの間に飛び込めるかもしれない位置まで近づいていた。

 このままなら割り込めるか、どうか。

 オットー准尉が必死に端末と格闘し、チャンドラセカルのシャドーモードの装甲のフォローを行うのと並行して、トライセイルも管理する。

 ヘンリエッタ准尉は空間ソナー、ミューター、出力モニターを管理し、集中の中に沈没し、報告の時にだけ浮上してくる。

 オーハイネ少尉は操舵装置を握りしめて、たった今も艦を操っている。

 機関室ではコウドウ中尉が循環器をなだめすかしているだろう。脈拍はすでに一五〇に近く、しかもそれが長時間に渡ってている。

 チャンドラセカルの前方で、粒子ビーム砲が発砲され、ノイマンの後部を貫く。敵は魚雷攻撃を諦めたか。

 この攻撃でノイマンは推進器が完全に死んだだろうが、爆発は小規模。おそらくすでに待機モードにしておいたか、燃料液に安定薬を注入していたのだろう。

 これでノイマンの運動能力はほぼ皆無になった。そして、チャンドラセカルは敵艦の位置こそ分かれど、狙い撃つ余地はない。

 照準が定まるはずがない。相手は見えないのだ。

 そもそも狙ってるうちに、敵艦の本命の粒子ビームがノイマンに引導を渡すのは間違いない。

 決断は瞬間だ。

「オーハイネさん! 座標は一六-四三-九九! 速力いっぱい! 出せる限りの全速で突っ込んで! オットーさん、装甲をルークに変えて!」

 一瞬のためらいもなくオーハイネ少尉は「何かにつかまってください!」と叫ぶと、操舵装置を目一杯に倒し、その脇の五つのハンドルを一つ残らず、勢いよく回した。

 ぐっと発令所でも人工重力を超える圧迫が感じられた。

 メインスクリーンには何も見えないが、誰もが理解した。

 チャンドラセカルの火砲、粒子ビーム砲、打撃砲、魚雷、ミサイル、それら全てでは、あまりにも敵艦に対して小さすぎる。

 その上、まだ的はよく見えていない。先程の粒子ビーム攻撃で、曖昧に捉えているだけだった。

 これでは、ノイマンどころか、チャンドラセカルの照準も完全には程遠い。

 ここに至っても敵艦の隠蔽能力にほつれはないのだった。

 なら最も巨大なものを、敵がいる場所にぶつけるよりないだろう。

 ヨシノの意図がまさにそれだった。

「衝撃に備えて!」

 ヨシノが手元の受話器を取って全艦に叫んだ次には、突き上げる衝撃に、ヨシノは艦長席から放り出されていた。

 交通事故などすでに稀な事態だが、実際にそれが起これば、この時のチャンドラセカルのような事態になったはずだ。

 被弾する時とは段違いの、まるで艦そのものが、猛獣がくびきを逃れようとするかのように暴れ、激しすぎるシェイクが起こった。

 ヨシノは床に叩きつけられ、浮かび上がり、また叩きつけられる。

 口の中が一瞬で鉄の匂いに満たされ、しかし意識はクリアで、不思議と冷静に声が出た。

「ノイマンは!」

 メインスクリーンを見ると、半分が黒く染まったままで、無事らしいパネルも激しく明滅している。

 その小さな画面で、やっと現在の光景が見えた。

 艦の横っ腹が激しく壊れている見知らぬ艦、つまり敵の潜航艦に、ノイマンが艦首を向けている。

 ノイマンは強かだった。最後の一瞬まで諦めず、艦尾に粒子ビーム攻撃を受けた衝撃をも利用して、急回頭していたのだ。

 あるいはノイマンの艦長は、未来でも見えたのか。

 何にしろ、見事だな、とヨシノは思った。

 敵艦はその照準を回避する余地はない。あまりに至近で、そして敵艦はチャンドラセカルの体当たりからまだ立ち直っていない。

 そしてノイマンの火器管制管理官は、優れた腕を持っていたようだ。冷静で、ブレがない。

 高速魚雷、二発が発射される。

 ノイマンの火器管制管理官が魚雷による誤爆を避ける安全装置を切ったことを、ヨシノは今はむしろ褒めたかった。

 魚雷がチャンドラセカルの目と鼻の先を抜け、敵潜航艦に衝突し、炸裂する。

 強力な魚雷の爆発力が敵艦の装甲を食い破り、そこへ魚雷の芯の徹甲弾が突き立つ。

 徹甲弾とともに吹き込んだ灼熱が敵艦を内側から膨張させる。

 その間も徹甲弾は艦内部を突き進んだはずだ。

 敵艦の動きが刹那、なくなり、一部で爆発が起きると、それが短時間だけ連鎖し、そうして敵の潜航艦は幾多にも引き裂かれ、ほとんど原型を失った状態になった。バラバラになった構造物が漂流を始める。

「オットーさん、損害報告を」

 やっと起き上がったヨシノは、艦運用管理官に声をかけた。しわがれた声だった。その上、どうしてか、うまく声が出ないのを、無理やりに吐き出す。

 呻きながら端末の間に立ったオットー准尉を見て、やっとヨシノは発令所の管理官たちの安否を確認する必要に気づいた。

 幸い、誰もが意識を持っているが、イアン中佐は額のあたりから血を流し、左手が添えられた右腕が動かないようだ。

 オーハイネ少尉は咳き込んでいる。胸を痛めたかもしれない。オットー准尉も足元がおぼつかないようでよろめいていた。

 席についていたヘンリエッタ准尉が無事なのは、艦にとっても、ヨシノにとっても僥倖だった。

「チャンドラセカルは、艦首から左舷にかけて重度の損傷があります。フレームに警告表示が二十八ヶ所、血管の破断の反応も無数にありますが、すでに当該部の血管は閉鎖され、安定薬が投入されています。第〇番から第十一番、第二十番を中心に三十八枚の装甲が機能停止して、通常モードです。シャドーモードら同期が不完全で、セイメイがフォローしていますが、セイメイ自体が混乱しています。部分的には使えます」

「いいでしょう」

 何度か咳き込む。声を絞り出す。

「シャドーモードを強制起動して、可能な限り、姿を消してください」

「艦長、今の状態ではほとんど隠蔽が無意味です」

「構いません、気休めです。推力は?」

 オットー准尉が打ち付けたらしい額をこすりながら、応じる。

「推進装置に問題はありません、スラスターも生きています。トライセイルも問題ないようです」

「わかりました」

 ヨシノは少し考え、胸にある物理的な違和感を押し込め、宣言した。

「これからやることは僕が決めたことです。いいですね?」

「艦長……?」

 イアン中佐が確認しようとしたが、ヨシノは無視した。

 責任を負うのは、自分だけでいい。

「オーハイネさん、針路を五五-三二-八一へ。超大型戦艦の至近に行く必要があります」

 オーハイネ少尉がヨシノを振り返るが、彼はすぐに操舵装置に向き直った。

「了解です」

「ヘンリエッタさん、管理艦隊司令部に通信を結んでください。極指向性通信で、音声のみで構いません。エイプリル中将を呼び出して」

 わかりました、とヘンリエッタ准尉が答えた時には、チャンドラセカルは転針し、いまだ続く、艦隊戦を迂回していった。

 たった今も激しい戦闘の最中の超大型戦艦が、近づいてくる。

 敵は切り札を失った。もはやここに踏み留まる理由はないはずだ。

 彼らにはもう、選択肢がない。道は閉ざされつつある。

 ただし、こちらから道を作ることは、できる。



(続く)

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