9-2 撃破

     ◆


 繋がりました、とヘンリエッタ准尉から報告があり、ヨシノは語りかけた。 

「ノイマン、無事ですね?」

 かすかに発令所の雰囲気が伝わってくる。チャンドラセカルの戦いに、気を取られていたのだろう。

「チャンドラセカルはもう一隻の方へ向かいますが、あなた方は基地へ帰投するべきです。損傷が酷い」

 返事が返せないようなので、もしかしたら無駄話が嫌いかもしれないと思い、締めくくることにした。ふさわしい言葉を選ぶのに、それほどの苦労はなかった。

「また会いましょう」

 ヨシノは頷くことでヘンリエッタ准尉に通信を切らせた。

「ヘンリエッタさん、もう一隻の超大型戦艦の様子はどうなっていますか? 千里眼システムで、探ってください」

「はい、お待ち下さい」

 副長が身をかがめて、ヨシノに耳打ちしてくるのに、ヨシノはわずかに頭を傾げて耳を近づけた。

「もう一隻が管理艦隊を振り切るとお思いですか?」

「全くありえないことではありません。他の脱走したらしい艦隊がうまく動くと、そうなるかもしれません。ただ、チャンドラセカルだけで超大型戦艦の相手をできたので、悲観するほどではないとも思います。正面からぶつかり合って勝てる相手ではないでしょうけど」

「あの追加装備は、今回きりということですね」

 理解の早いイアン中佐に、ヨシノは思わず口元をほころばせた。

「すべてがいたちごっこなんですよ、今の状況は」

 チャンドラセカルが追加装備として持ってきた高出力粒子ビーム砲による攻撃は、今回の戦闘では超大型艦の防御を崩す一手にはなった。しかし次には相手も、それに対処してくる。今度はそのより厚くなった防御を、管理艦隊なりミリオン級が突破するしかない。

「艦長、千里眼システムからの映像を整理して、メインスクリーンに出します」

 そのヘンリエッタ准尉の言葉に、出してくださいと答えると、彼女が素早く立体映像を出した。

 位置関係を確認すると、ホールデン級宇宙基地のウラジオストックと、ストリックランド級宇宙基地のリマが近いが、何もないような空間だ。

 どうやらノイマンが追尾し、チャンドラセカルが仕留めた超大型戦艦はもう一隻を先に進ませるための囮になる作戦だったようだ。

 そこで管理艦隊の艦隊が超大型戦艦に食い下がっている。

 管理艦隊の艦船の数は確認できるだけで八隻。つまり二個の分艦隊が参加していることになる。全戦力ではないが、他の分艦隊は別の航路を封鎖していたのだろう。

「第五分艦隊と第六分艦隊です」ヘンリエッタ准尉からの報告。「第六分艦隊の打撃艦ガーファンクルが撃沈されたようです」

 実際、映像の中では第六分艦隊の中の打撃艦アルドリッチが救助作業をしているようで、超大型戦艦からは離れている。

「現場は遠すぎますね」

 ヨシノが座標を確認し、頭の中の星海図と照らし合わせ、移動に必要な時間を確認する。一週間はゆうに必要で、超大型戦艦は一週間はもとより、それどころかほんの半日もあそこにはいないだろう。

「管理艦隊司令部から通達です」

 繋いでください、と応じると、ヘンリエッタ准尉が音声通信の回路を開く。

「無事か? チャンドラセカル。こちら司令部のキッシンジャー准将だ」

「こちらチャンドラセカル、ヨシノ艦長です。艦の能力は問題ありません」

「超大型戦艦の残骸はこちらで回収する」

 視線でヘンリエッタ准尉を見ると、身振りで報告しておいたと伝えられた。優秀な部下じゃないか。ヨシノは笑みを返す。

「君たちには宇宙ドックのジョーカーへ向かってもらう。仮の第五次改修を受け次第、超大型戦艦の追跡任務が与えられるだろう。管理艦隊は敵を過小評価したようだ。あの戦艦を抑えることはできない」

「追跡可能なのですか?」

「チューリングが現場に急行している。あの艦の索敵能力なら、見失うこともあるまい」

 それなら安心だろう。しかしチューリングはいつ戻ってきたのか。いや、管理艦隊もなりふり構わず、全戦力を投入する気になっているのだ。

 いくつかのスケジュールを確認して、通信は切れた。

「聞こえていましたね、オーハイネさん。宇宙ドックジョーカーへ針路を取ってください。座標は今から指示します」

 管理艦隊からの暗号化されたテキストを解読し、そこに表示された座標をオーハイネ少尉に伝えると、すぐに返事がある。

 オットー准尉からトライセイルを非活性化させ、折り畳む許可の確認がある。トライセイルを使って準光速航行は使えない。

 折り畳む指示をして、ふとヨシノは不安になった。

 誰かがこの光景を見ているのではないか。

 チャンドラセカルに、ミリオン級に似た何かが、潜んでいるかもしれない。

「どうかしましたか、艦長」

 不思議そうに声をかけてくるイアン中佐に、何でもありません、と応じる。考えすぎは良くないのだろうか。警戒しすぎて、臆病にとらわれ、必要な時に踏み込めないかもしれない。

 しかしそれで無警戒に崖から落ちるのも馬鹿げている。

「艦長?」

 行きましょう、とそれだけの言葉で、ヨシノは迷いを振り切った。

 チャンドラセカルは準光速航行で現場を離脱した。その最中にもヨシノは超大型戦艦を撃破した座標を確認していた。

 すれ違った管理艦隊の分艦隊がそちらへ行くようだ。ノイマンはと思うと、向こうも準光航行で移動中で、向かう先は宇宙ドックのフラニーに見える。

 とりあえずは戦いは終わったが、仕切り直しに近い。

 第二種戦闘配置に切り替え、交代で休息をとることになる。ヨシノも艦長室へ戻った。

 壁から折り畳みベッドを出し、横になって、考えた。

 あの超大型戦艦のようなものがあれば、全くの新天地へ行けるのではないか。

 あれはいわば、独立派勢力の箱舟か。

 じゃあ、僕は何をしている?

 ヨシノが目を閉じると、その闇の中で超大型戦艦が潰れていく光景が浮かび上がってきた。



(続く)

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