第9話 撃破

9-1 衝突

     ◆


 非常にクリアな音声で返答があった。

「情報収集でフォローします」

 その音声の後、ヘンリエッタ准尉が何かをやり取りする間に、ヨシノの指示でチャンドラセカルは超大型戦艦の懐へ飛び込んでいる。しかし猛烈な対空防御が始まっていた。

「ノイマンとの通信回線のリンク、成立しました。情報、入りました」

 メインスクリーン上に超大型戦艦の三次元映像が映り、そこにセイメイが事前の設計計画書との違いを表示していく。

 ヨシノはこの時、手元の操作パネルから簡易キーボードを展開し、それを高速で操作していた。

「艦長、とてもチャンドラセカルの機動性能では近づけません!」

 オーハイネ少尉が悲鳴をあげても、ヨシノは冷静だった。

「セイメイ、対空防御兵器の位置とその効果範囲を割り出して、抜け道を分析して」

「ワーキングスペースを十、割譲してください」

 セイメイの返答にちらっとオットー准尉がヨシノの方を見た。

 電子頭脳のセイメイは、その演算能力を同時に百の課題に向けることができる。これは百のワーキングスペースを持つことを意味する。

 オットー准尉が反応したのは、セイメイのワーキングスペースを誰が使っているか、反射的に考えたわけで、今もキーボードを叩いているヨシノのことに気づいたのだ。

 実際、ヨシノはセイメイのワーキングスペースの七十を自分で使っていた。残りの三十のうちの二十が、実際の超大型戦艦の設計計画との違いを今も検証している。

「こちらから、二十、割譲します。オットーさん、トライセイルを待機モードに」

 これにはオットー准尉がさすがに振り返った。

「トライセイルを使うのですか?」

「そうです。オーハイネさんに推力と機動性が必要です。トライセイルを、最初からシャドーモードで展開、起動してください」

「スネーク航行とトライセイルの同時使用は仕様書にはなかったはずですが」

「今、そのためのプログラムを作っています、大雑把なものですが」

 とんでも無いことだ、とオットー准尉は言いたかっただろうが、こうなっては彼もまごついていられないと悟ったようで、端末をいじり始める。

 ヨシノは最後の入力を終え、セイメイが超高速で検証、稼働可能と判断し、インストールする。必要な時間は、十秒。

「オットーさん、こちらは終わりました」

「トライセイルは展開準備段階ですでにシャドーモードですが、やや発熱しています。解放すれば消えるはずです」

「セイメイ、対空防御を解析しましたね?」

「あと十秒必要とします、艦長」

 冷静な電子頭脳の返答に、いいでしょう、とヨシノは応じて、手元のモニターを見る。

 簡易的なトライセイルとスネーク航行を同期させるプログラムのインストールが完了。立ち上げまで、五秒、四、三、二、一、起動。

 少し息を吐いて、指示を出した。

「トライセイル、展開してください」

「了解。トライセイル一番、二番、三番、展開します」

 チャンドラセカルの発令所にいては目立った変化はない。

 見えない翼が広げられただけのこと。

「トライセイル、三基ともの出力を戦闘出力に。オーハイネさん、操縦可能ですね?」

「ありがたいですよ、だいぶ楽になりました。オットー准尉、装甲の様子は?」

「かろうじて耐えている、というところです。急ハンドルはやめて欲しいですね」

「ここからが対空防御の隙間を抜ける五連続ヘアピンだぞ」

 気楽で無意味な会話の間にもチャンドラセカルは超大型戦艦の砲火をくぐり抜けている。あまりにも緊張が高まりすぎて、こうなってはふざけたり笑い話でもしないといられないのだ。

「インストンさん、一撃で仕留めるしかありません。できますね?」

 ヨシノの問いかけに、これだけ近ければ余裕ですよ、とインストン准尉も気楽に応じる。メインスクリーンではチャンドラセカルの粒子ビーム砲、打撃砲の他に一番と二番の魚雷発射管、一番から四番のミサイル発射管の全てがスタンバイしている。

「目隠ししても当たりそうなほど近いし、標的は大きすぎる」

「なら目隠しをするかね」

 その一言に、ぎょっとしたのはヨシノだけで、管理官たちの平然とした様子は逆に不思議なほどだった。

 場違いなジョークを発したイアン中佐は平然としている。どうやらヨシノが地球に行っている間に、管理官たちとこの初老の副長の間には、ある種の信頼関係が成立していたらしい。

 頼もしいことだと理解して、ヨシノはインストン准尉に攻撃開始を告げた。

「全火器で一斉攻撃です。敵の力場発生装置を破壊しなさい。タイミングは任せます」

「了解。ミサイル全弾、魚雷一番、二番、発射します!」

 今度はモニターにもはっきりと魚雷とミサイル、それぞれの航跡が見えた。ほぼ直線に高速で突き進むのが二本の魚雷、発射から少しの間の後に二十近い多弾頭に分裂したのが四本のミサイルだ。

 さらに粒子ビーム砲の光の筋と、かすかな影を残して一瞬で消える打撃砲の実体弾も超大型戦艦に向かっていく。

 わずかな間の後、爆発が連続して起こる。

 それでも超大型戦艦の対空防御は弱まらない。

 倒せないのか、という思いがヨシノの中に生まれたが、しかしすぐに目の前の光景に変化があった。

 攻撃を受けていない箇所の装甲が歪み、曲がっていく。それはそのまま艦そのものが折れ曲がっていくという、衝撃的な光景へと発展した。

 しかも二つに折れるのではなく、今では珍しいが飲料の入った缶が踏み潰されるように、折り重なるように輪郭が崩れ、ひしゃげていく。

「終わりましたね」

 オーハイネ少尉がチャンドラセカルに距離を取らせる。すでに対空砲火は消え、そもそもそこには超大型戦艦ではなく、ただのスクラップの塊、ただのと言っても巨大すぎるが、もはや戦力は少しもない物体が、浮かんでいるだけだ。

 オットー准尉がトライセイルが順調に稼動していること、シャドーモードの装甲に大きな不具合はないことを報告する。

「よろしい。ヘンリエッタさん、ノイマンに通信を」

 ヨシノはメインスクリーンに映る、傷ついたミリオン級を見やった。



(続く)

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