第6話 敵性領域

6-1 思索

     ◆


 ヘンリエッタ・マリオン准尉は、発令所で索敵管理官のシートに座り込み、背もたれに体を預け、空間ソナーの反応を確認していた。

 敵雷撃艦がこちらに背後を見せて、進んでいくのは〇・一スペースほど先だ。

 敵がミューターを搭載しているかはわからないけれど、少なくとも感知しづらいのは確かだ。

 不思議な塗料で覆われているらしく、装甲自体は普通のようだがいやにノイズが少なかった。素人の空間ソナーの技能者では見過ごすかもしれない。

 ただし、とヘンリエッタは考えた。

 この雷撃艦は宇宙基地オスロを攻撃したのだ。

 オスロの索敵要員に素人が紛れ込む余地はない。誰も彼も、一流の技能者だ。

 ではなぜ、攻撃を受けたのか。事前に発見できなかった理由とはなんだろう。

 考えてみれば、管理艦隊が敵性組織、独立派勢力を逆に誘い込んではいけない、という決まりはない。

 それならオスロ襲撃は演出された事件だったことになる。

 管理艦隊は独立派勢力の内部に通じているのかもしれない。エイプリル中将、ということはないはずで、リン少将あたりの管轄下かな、とヘンリエッタは言われのないイメージからの推論を、無責任に考えていた。

 司令部が何を考え、何を画策したとしても、ヘンリエッタはチャンドラセカルの索敵管理官であるにすぎないのだ。政治向きのことや、秘密裏のスパイ戦争なんて、彼女には対岸の火事に近い。

 対岸の火事で済まないのは、チャンドラセカルがそれらに利用された時、もしかしたらチャンドラセカルが破滅する、ということがあるかもしれないことによる。

 ややこしいなぁ、と思いながら、頭の中に響く無数の小さな音を整理して、立体像に置き換え、やはり動きのない敵雷撃艦の音を聞き取った。

「准尉、交代の時間です」

 ささやかな音量で部下の伍長の声がした。

「ん、わかった」

 ヘルメットを外すと、若い男性の伍長がそこに立っている。

 幾つかの引き継ぎ事項を確認すると、ヘンリエッタは発令所を出ようとした。ちらっと艦長席を見ると、ヨシノ・カミハラ艦長はイアン中佐と何かのやり取りをしていた。彼女に気づくようでもない。

 発令所を出たところでヘンリエッタが足を止めたのは、そこでオーハイネ少尉がアンナ少尉と何か、話をしているからだ。

 この二人が親しいのは、ヘンリエッタとヨシノ艦長の関係が取りざたされる前の話題の一つで、しかし今では当たり前のことになっている。

 ちらっとアンナ少尉がヘンリエッタに気づき、ひらひらと手を振る。

 意味もなくムッとしながら横を、無重力をいいことに素早くすり抜けようとすると、アンナ少尉がオーハイネ少尉の唇に自分の唇を寄せていくので、慌てて視線を外した。

「元気そうね、ヘンリエッタちゃん」

 後から追いついてきたアンナ少尉に、ヘンリエッタは思わず強い視線を向けていた。

「あまりああいうことはしない方がいいと思うけど」

「あんなことって?」

 言わせないでよ、とヘンリエッタが応じると、ニコニコとアンナ少尉は笑っている。

「敵は見つかりそう?」

 急に仕事の話になったので、もう不愉快な話題からできるだけ遠ざかろうと、ヘンリエッタは正直に、しかしこそこそと小声で答えた。

「チューリングが敵の宇宙基地を一隻、捕捉しているみたい。一応、αと呼称されている」

「宇宙基地?」

「宇宙基地と言っても、かなり旧型で、しかも改造されているらしいですよ。でも、こちらが追跡している雷撃艦がその宇宙基地へ向かっているようでもないから、チャンドラセカルはよその獲物を横取りすることも、横取りされることもない」

 それはよかった、と言ってから、アンナ少尉がヘンリエッタの耳元に口を寄せた。

「そういう話は相手を選びなさい、ヘンリエッタ准尉。どこに敵がいるかわからないわよ」

 思わず床に降りて足を止めるヘンリエッタの前でくるりと身を翻し、ウインクをしてからアンナ少尉が先へ進んでいく。

 まったく、アンナ少尉も冗談が過ぎる。

 でも、さすがに私も油断しているかもしれない。色恋になんて気を取られて、冷静さを失うなんて。

 ヘンリエッタも聞き取りを受けたのだが、それはヨシノ艦長が戻ってくるよりもずっと前、チャンドラセカルが最初の航海を終えて宇宙ドッグに戻ってすぐの事だ。

 どうやら管理艦隊に独立派組織の諜報員が紛れ込んでいるらしい、と推測するしかないが、ヘンリエッタにはそんな素振りの部下も乗組員も思いつかない。

 それでも数人が摘発されたようだった。

 アンナ少尉は前からの乗組員だから、間違いなく背後関係を調べられたはずだ。それでも今も乗っているのだから、シロということだと思うしかない。

 アンナ少尉こそ、下手なことを言うと憲兵に摘発されるだろう、と思わなくもないヘンリエッタである。

 チャンドラセカルでは、憲兵は海兵隊員が兼ねるが、それは形だけで、憲兵の出動が必要になるときには、機関部員の格闘技経験者が駆り出されると決められている。

 シャワーを浴びてから休むことにして、ヘンリエッタは無重力の通路をまた飛び始めた。今は第二戦闘配置だから、四時間は十分に休める。通路の途中でハンドルを掴んで、それに引っ張られていく。

 そういえば、オーハイネ少尉は発令所のすぐ外にいたけど、当直は、ヘンリエッタと交代だったか。

 そのことを考え始めると、急に落ち着かなくなり、ハンドルを掴んでいない手で携帯端末を取り出した。

 もしオーハイネ少尉が内通者なら……。鼓動が早くなるのを感じながら、端末を操作し、当直のスケジュール表を見る。

 あった……。

 スケジュール表では、オーハイネ少尉は、確かに交代だった。

 では、アンナ少尉は?

 表示をなぞると、アンナ少尉もこれから操縦ポッドでの待機になっている。

 二人に謀略的な何かがあるのではなどと思う自分の悲観に落ち込みながら、腰に携帯端末を戻し、ヘンリエッタは重い溜息を吐いた。



(続く)

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