3-7 保険

     ◆


 火星を後に地球へ向かう準光速航行に入るや否や、管理官を集めた会議があった。

「ケーニッヒ少佐、火星は安全じゃない、ってことでいいのかしら」

 開口一番、クリスティナ艦長がそう言ったので、これは公開処刑か、とトゥルーはやや身構えた。しかし問われたケーニッヒ少佐は余裕たっぷりだった。

「こちらを知りたがっている奴がいる、という程度ですよ、艦長。それは管理艦隊にいても同じです。だからこそ、エイプリル中将はノイマンを秘密の宇宙ドッグで改修したわけです」

「誰が知りたがっているか、逆に知りたいわね」

「火星であり、地球でしょう。ミリオン級の行動は注目の的です。艦長自身も知っているでしょうが、地球が最も恐れるのは、自分たちの安全が脅かされることです。この恐怖が、我々の任務の根っこではありますが」

 クリスティナ艦長は怒りを隠しもせず、ぐっと机に乗り出しケーニッヒ少佐に詰め寄る。

「あなたはその情報をどうやって手に入れたの? 何を差し出したわけ?」

「今は何も、差し出しちゃいませんね。明らかな後払いです」

「……もしかして」

 クリスティナ艦長が気づいたことに、他の管理官も気づいた。

 後払いする、という言葉が、全てが済んだ後で何かを払うという意味そのままなら、まだ納得できる。しかし、別の意味で取れば……、後になったらいくらでも支払えるものとするなら……。

「あなた、ノイマンを売ったわけ? ノイマンの情報や性能を?」

 艦長の言葉に、しんと会議室が静まり返る。

「ノイマンに関すること以外に、俺が売れる情報はありませんよ。しかし任務が無事に終わった時に、という約束です。この程度の約束は我々の間ではよくあることです。ご心配なく」

 誰もが声こそあげないが、心中の驚きを隠せず、ケーニッヒ少佐を見ていた。

 この少佐は、任務の性質をどう解釈しているのだ? 元は情報部局の人間だと知ってはいても、今は管理艦隊の一員で、ノイマンの副長なのだ。仕事を間違えているのか?

 さすがに視線の集中に耐えきれなかったのか、ケーニッヒ少佐は全員を素早く見回した。

「そんな神経質にならなくてもいいと思うけどな。任務が終わった時、彼らは一つのカードが手に入る。そのカードは、我々が破滅するという形で任務が終わった時にも、意味を持つかもしれない。いわば俺は彼らに切り札を渡しながら、保険を作ったわけです」

「破滅……?」

 会議室で唯一、表情の変化がなかったドッグ少尉が繰り返すと、そう、とケーニッヒ少佐は笑う。顔の作りがいいので、爽やかすぎる笑い方だ。

「ノイマンが敵に撃破された時、今のままだと我々は闇の中から闇の中に移動するだけでしょう。いないはずの存在がいなくなっても、問題は何もない。しかし俺が用意したカードが、俺たちが消えた瞬間に意味を持つ。消えたということを、闇の中から光のもとへと引っ張り上げることができる。そうなれば、管理艦隊なりが、大義名分を得ることにもなる。ノイマンも我々も、無駄じゃなくなる」

 ドッグ少尉の反応は、無言で頷くだけだった。

 また会議室が沈黙に包まれるが、性質は先ほどとは変わっていた。

 ケーニッヒ少佐の知り合いとやらを信じるしかないのは不安だが、その存在は、ノイマンが忘れ去られる可能性、抹消を避ける保険になり、それはそのまま、自分たちの任務が何かしらの意味を獲得することでもある。

「任務に成功すれば、まぁ、ちょっとしたスクープ、って感じですね」

 ふざけている副長の言葉に対し、大げさにクリスティナ艦長がため息を吐いて、この話題は終わりになった。

 地球まではほんの十日で、火星の件は既にどうしようもない。今は次の動きを考えるべきだった。

 アリス少尉から推進装置の修繕についての報告があり、想像よりも劣化が進んでいるが、地球での活動には支障がない、と彼女は請け負った。管理艦隊へ帰還する前には補修が必要だと、暗に言っているわけだが、その可能性は管理艦隊でも検討されていた。補修用の部品が用意され、場合によっては護衛艦隊を派遣して、火星なりで保護する計画なのだった。

 さすがに地球で保護などすれば、ノイマンの任務が露見するので、火星までは移動せよという指示が事前にあったわけだが、現時点の状況では、何かしらの策を講じる必要はある。

 トゥルーは性能特化装甲の機能には目立った問題がないことと、ミューターにも何の問題がないことを報告する。クリスティナ艦長は無言で頷いた。

 続けてドッグ少尉から、そしてリコ軍曹からもそれぞれの領域で、不備がないことの報告があった。

「任務に向けて、各自、万全の態勢でいるように」

 そうクリスティナ艦長が言って、立ち上がって敬礼したのに、管理官たちが起立して敬礼を返す。真っ先にクリスティナ艦長が部屋を出て行く。ケーニッヒ少佐がそれに続くが、どこか脱力した歩き方だ。

「お茶でも飲まない? トゥルー曹長」

 部屋を出ようとしたトゥルーを、そう言ってエルザ曹長が呼び止めたのは、全くの予想外だった。訝しげなトゥルーに、エルザ曹長が笑いかける。

「ちょっとくらいは、さらに親しくなっても良くない?」

 どうかしらね、という冗談は口に出さず、トゥルーは頷いていた。今は少しでも、意見交換がしたい気分だった。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る