3-6 小休止
◆
あっという間に二週間は過ぎた。
その間に推進装置はもちろん、他の部分にも乱れはなく、ミューターも正常に作動した。それ以外に、トゥルーはリコ軍曹と協力して新装備の出力モニターの試験も行い、こちらも無事に機能しているのを確認できた。
出力モニターは、空間ソナーが宇宙空間を行き交う物体やそれが残すエネルギーの残滓を感じ取るのに対し、純粋にエネルギー反応を掌握することを目的とした装置だ。
これがあれば、仮に姿を何らかの方法で隠していても、機関部や推進装置を直接的に把握できるわけで、画期的な索敵が可能になる。
もっとも、これはミューターの登場に対する対抗処置に近い。科学技術の粋が惜しげも無く投入される、技術競争が起こりつつあることがトゥルーには目に見えるようだった。
チェン技術大佐がいうところでは、出力モニターでも完璧な状態のノイマンを察知するのは不可能らしいから、この新装備も万能の装置ではない。あるいはノイマンの性能、ノイマンの装備が異質なのだろう。
いつかのケーニッヒ少佐の知り合い、というよりおそらくは工作員か諜報員だろうが、その筋からの通信はやはりない。現場に着いてわかるという賭けが、これでなし崩し的に決行されることになった。
準光速航行を離脱するときは全ての管理官が席に着き、万全の態勢で待ち構えた。
トゥルーがカウントダウンを行い、さすがに緊張したが、まさか待ってくれるわけではない。
今を宣言し、合わせてエルザ曹長がレバーを手前に倒す。瞬間、艦が微かに揺れた。
「推進装置、停止」クリスティナ艦長からの指示。「艦の状態をチェックして」
復唱して、トゥルーはアリス少尉に推進装置の停止を伝える。アリス少尉からはすでに船外活動に待機している部下を外へ出す、という返事だった。
「リコ軍曹、周囲に感は?」
間をおかずにクリスティナ艦長に質問されたリコ軍曹は、淀みなく返事をした。
「至近に民間らしい船があります。大きさは輸送船の範囲です。いえ、今、信号を受信しました。予定通りの輸送船です」
「スケジュールの通りね。物資の積み込みの準備をして。ドッグ少尉、いつでも攻撃可能な態勢をとって」
「ミサイル発射管を開放します。粒子ビーム砲、発射可能な状態で待機しています」
ドッグ少尉がはっきりと宣言し、クリスティナ艦長が頷いているのを背中で感じつつ、トゥルーは推進装置の状態を詳細に確認している。
とりあえずはデータの上では問題はない。きっと機関部員の目視による確認でも、問題は発見されないだろう。
「ケーニッヒ少佐に通信です」
リコ軍曹の宣言に、反射的にドッグ少尉以外の管理官が副長を振り返ったのも、無理のないことだ。まさか、という思いが半分、残り半分は不可解さからくるものだ。
ここまでピタリと時間を合わせることは、神業に見える。
「どこからかな?」
平然とケーニッヒ少佐が訊ねるのに、リコ軍曹が端末を操作する。
「これは、小さな、通信装置が何もない座標に浮いています」
この言葉には、空気が一瞬で張り詰めた。誰かしらがノイマンが通常航行に戻るタイミングを知っていることになる。その情報が漏れていれば、途端にノイマンは危険にさらされ、任務に支障が生じかねない。
「受信できるかな、その通信を」
やはり動じた様子のない少佐に、トゥルーは思わず睨みつけるような視線を向けていたが、これはエルザ曹長もだし、クリスティナ艦長でさえ、怒りを滲ませていた。
「暗号化されていませんが、よろしいですか、艦長?」
確認するリコ軍曹に、クリスティナ艦長はケーニッヒ少佐をより強い視線で見据え、当のケーニッヒ少佐もクリスティナ艦長を見ている。
折れたのは艦長の方だった。
「副長を信じましょう。受信して、軍曹」
その言葉を受けてリコ軍曹が通信を受信し、メインモニターに表示した。サイズの小さいテキストデータだ。
「何かしら、これは」
そうクリスティナ艦長が呟いたのは、その場の全員の言葉を代弁していた。
メインモニターに映っている文字列は、アルファベットと数字がランダムに並んでいるようにしか見えない。暗号だ、とトゥルーは気づくけれど、どうやって解読するのかはわからない。電子頭脳だろうか。
沈黙の後、オーケー、とケーニッヒ少佐が呟く。
「リコ軍曹、トゥルー曹長、今から言う座標からのサーチウェーブに注意してくれ。あと三十分ほどで探ってくるはずだ。聞き間違えないでくれよ」
そう前置きをして、ケーニッヒ少佐が座標を四つ、口にした。トゥルーと短く視線を交わしたリコ軍曹が、遠いですね、と呟く。
「三つは高出力で、一つは微弱だ。その微弱な方が本命だよ」
「何の話しているのか、説明しなさい、少佐」
苛立ちを隠せないクリスティナ艦長の言葉に、飄々と少佐が応じる。
「火星に駐屯している連邦軍から、管理艦隊への反発分子が、我々を探ろうという動きがある、と連絡がありました。四つのサーチウェーブはその表れです」
「反発分子?」
「どこの軍にも、知りたがりはいるものです。彼らは敵ではありませんが、こちらのことを知られるわけにはいかないでしょう?」
「あなたのご友人が、それを探り出したの?」
詰問そのもののクリスティナ艦長に、いい友人が大勢いるのです、などとケーニッヒ少佐は軽い調子で応じている。
どんな関係かははっきりとは言わないまま、躱す事に徹しているようだ。クリスティナ艦長も「後で聞きます」と話を切り上げた。ここで話をしてる暇はない。
輸送船がすぐそばまで来て、艦長の指示で搬入口が解放され、輸送船とノイマンがアームで固定され、ワイヤーに沿ってコンテナが運び込まれていく。
アリス少尉の指示を受けていた機関部員は、推進装置に微小な破損を見つけていた。ひと抱えの部品の交換で済むが、一時間は必要だと報告があった。
その時には、ケーニッヒ少佐が言った通りに、サーチウェーブがやってきた。確かに四回だ。これは高出力のミューターによる欺瞞で、輸送船も含めての痕跡を消す手段が取られた。
緊張の一時間が過ぎ、輸送船はノイマンから離れ、推進装置の整備も終わった。ノイマンを民間船に偽装した仮の装甲は切り離され、それを輸送船は回収していった。
どうやら無事に切り抜けられたようだと、安堵の空気が発令所に漂った。
「予定の座標から地球へ向かいます。推進装置、起動して」
クリスティナ艦長の指示をトゥルーは復唱し、端末で推進装置の起動を機関管理官に指示した。すぐに起動した循環器を掌握し、機関出力を高め、燃料液が血管を巡り、エネルギーが生み出されていく。
エルザ曹長が操舵装置を操作し、ゆっくりとノイマンは進み始めた。
(続く)
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