3-3 個人的な恐怖

     ◆


 トゥルーがノイマンに乗る前に席を持っていた艦は、管理艦隊の小艦隊を構成する艦のうちの一つだった。

 しかし管理艦隊が創設された理由でもあるテロリストとの戦闘、それも散発的なものだったが、間違えようのない本当の実戦において中破し、宇宙ドック行きになった。本来は乗組員は別の艦に振り分けられるか、別の仕事を一時的に与えられるが、トゥルーを待っていたのは、当時は中佐だったクリスティナ・ワイルズだった。

「船が真っ二つにならなかったのは、どうして?」

 宇宙ドックの会議室は、本来なら十人が入っても余裕があるのに今はクリスティナ中佐とトゥルーしかいない。がらんとした空間は、空調が完璧でも、トゥルーに肌寒さを連想させた。

 駆逐艦マクリーンが中破した原因は右舷のど真ん中に魚雷を喰らったことだった。電磁魚雷だったら乗組員は全滅しただろう。

 もっとも、ただの魚雷でも右舷中央が深く抉れて、バラバラになって宇宙に飛び散ってはいた。この段階で死者が二十名ほど出ていた。行方不明者はそれに加えて十三名。

 損傷の度合いは艦を維持する限界に限りなく近く、慣性で自然と二つに折れる可能性が誰にも予見できた。

 そう、トゥルーには誰よりそれがよくわかった。彼女は艦運用管理官の横で、事態を見ていたのだ。

 魚雷が命中した時、発令所は全てが跳ね回り、ベルトを着用していた数人以外は、どこかしらに跳ね飛ばされて無事ではなかった。それはトゥルーの上官の艦運用管理官も例外ではなく、一方のトゥルーは不完全ながら、ベルトを使用していて、無事だった。

 無事でもまったくの無傷ではなく、ベルトの位置が悪かったせいで左足の付け根から先までを激痛が走っていたが、トゥルーは端末に飛びつき、艦の状態を調べ、そして対処を始めた。

 駆逐艦マクリーンの艦中央にある隔壁の全てを閉鎖する。今は少しでも構造的に強くするしかない。そこへ更に、艦の気密が破れた時に使う、亀裂閉鎖用のジェルを流し込んだ。

 これはほとんど賭けで、隔壁で閉じ込められる乗組員もいれば、ジェルの飲まれる乗組員もいる。

 トゥルーは非情な決断を下した。

 船が破壊されて全員が死ぬか、それとも数人か十数人か、あるいは数十人をトゥルーが殺すことで済ませるか、そういう類の選択だ。

 まるで接着剤で固定されるように、駆逐艦マクリーンは転落しかけた破滅への急坂から脱出し、しかし推進装置は機関が完全に停止しているために、機能しない。宇宙を漂流し、もしテロリストがもう少し粘り腰を見せれば、マクリーンに未来はやはりなかった。

 現実では、テロリストは小艦隊の反撃を受けて逃走し、駆逐艦マクリーンはかろうじて生き延びた。

 結局、トゥルーの行動により、余計に十七名の命が失われた。そしてその責任をトゥルーは問われることになったのだが、軍法会議にかけられるまでの住まいである宇宙ドック内の独房から出され、今の会議室にいるということになる。

 美しい金髪の中佐は、黙ってトゥルーの説明を聞いて、何度か頷いた。

「人が死ぬことが怖くないの?」

 中佐の素朴と言ってもいい問いかけに、トゥルーは一秒ほどを使って考えた。

「怖いですよ。でもあのままなら、全員が死にました」

「少数の犠牲は必要だということかしら?」

「もっと根本的で……」

 トゥルーはもう一度、一秒の時間を使って、決意した。

「私自身が死ぬのが、怖かったんだと思います」

「仲間が死んでも、自分は生き残りたかった? それは多数のために少数を犠牲にするより、その、なんていうか、下品じゃないの?」

 下品、という言葉が場違いに感じたが、そういう見方もあるだろう、とトゥルーは黙って受け入れた。

 沈黙が部屋を満たして、自然な動作でクリスティナ中佐が足を組んだ。

「また船に乗りたいと思う?」

 そう言われて、やっとトゥルーは自分が顔を伏せていることに気づき、ゆっくりと顔を上げて目の前の中佐の顔を見た。クリスティナ中佐は真面目な顔で彼女を見ている。

 答えは決まっている。

「また、乗れるなら、乗りたいです」

「船が好きなの?」

「好きです」

 それは嘘偽りのない、彼女の本心だった。

 しばらく視線をぶつけ合った後、良いでしょう、とクリスティナ中佐が立ち上がった。

「今日は独房で過ごしてね、軍曹。明日には、新しい職場が与えられるから、そのつもりで」

「新しい、職場……?」

「刺激的だと思うわよ。また会いましょうね」

 すっと手を差し出されて、握手か、と思い、まだぼんやりとして自分をとりまく事態の全体像がつかめないまま、トゥルーはクリスティナ中佐の手を取った。

 中佐が言った通り、その日は独房に戻され、その次の日には今度こそ解放された。そして管理艦隊司令部の士官の指示で、宇宙ドックの一つに向かうように命じられた。

 宇宙ドックのフラニーで、彼女を待っていたのがミリオン級潜航艦のノイマンであり、それはまだ極秘中の極秘の艦だった。チューリングとチャンドラセカルも存在も知っていたが、この場にはノイマンしかない。まだ運用されていないはずだ、とその時のトゥルーが目の前の鑑をじっと観察したのは、艦運用部門の要員だからだった、という理由と、純粋な好奇心による。

 その宇宙ドックで彼女はクリスティナ中佐と再会し、まだ自分が置かれた状況が飲み込めないトゥルーに、中佐は言ったものだ。

「あなたを私の船の艦運用管理官にするから、そのつもりでいて。優秀な人を今、他にも探しているから」

 時期的には管理艦隊がテロリストと本格的な交戦を積極的に採用して、しかしテロリストの方は穴に隠れるように非支配宙域に逃げ込んだ頃のことである。

 そうして、トゥルーはノイマンに乗り込んだのだった。



(続く)

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