3-2 スケジュール
◆
ずずずっとパックの飲み物を飲みながら、ケーニッヒ・ネイル少佐がトゥルーの方を見るのが雰囲気で分かった。
「まだなかなか慣れないな。艦運用管理官というのもハードな仕事だ」
ケーニッヒ少佐の言葉に、それはどうも、と応じてトゥルーは端末から顔を上げた。
場所は食堂の一角で、端末の中ではテストプログラムでノイマンに搭載されている性能特化装甲とミューターの使用を再現していたのだ。
ケーニッヒ少佐の方からトゥルーを捕まえて、ノイマンのことを知りたい、と言ってきたのだ。トゥルーとしてはそれほど乗り気ではなかったが、その少佐こそが彼女が密かに尊敬していたヤスユキ少佐の後任であり、今の実力を知りたい面もあった。
実際的なケーニッヒ少佐の力量は、ヤスユキ少佐と比べるべくもない。まるで少しだけ優秀な士官学校の生徒のようだ。民間人よりは習熟しているが、専門家には程遠い。
それでも宇宙基地カイロにおいて、トゥルーはケーニッヒ少佐のことを認めてもいるのだ。
彼が冗談めかして言うには、元は統合本部に所属する工作員だったらしいが、それがいきなり宇宙船の知識を覚え直しているのであるから、ケーニッヒ少佐の上達速度は並ではない。もっとも、本当に統合本部の工作員ならその程度の能力はあるかもしれない。
誰にせよ、ノイマンのような高性能艦をいきなり完全に把握するのは無理というもので、数か月の訓練で仮想の駆逐艦の艦運用管理官を務められる能力を発揮するだけで、シミュレーターの中とはいえ、特筆に値する。
ミリオン級潜航艦の装甲と循環器システム、さらにはミューターは、熟練の船乗りでも本来的には接することがない。性能特化装甲とミューターは搭載されていないし、循環器システムは機関管理官の領域で、それでもミリオン級潜航艦ほど繊細な操作を必要としない。
「楽しそうね、トゥルー曹長」
端末の中のテストプログラムで、実際的な課題を検討しようとしているところへ、声をかけてきた女性がいる。エリザ・スターライト曹長、操舵管理官である。
「少佐殿の訓練よ」
「それはまた、勤勉じゃないの、ケーニッヒ少佐」
からかわれている当の少佐は、これでもまだルーキーだよ、と応じて、パックの中身を飲み干した。
エリザ曹長がトゥルーの横に座り、食事を始める。
「推進装置が不安でね、トゥルー曹長」
藪から棒にそんなことを言う操舵管理官を、トゥルーとケーニッヒ少佐が見やる。彼女は食事を続けながら、説明した。
「カタログデータで見たけど、ミリオン級には超長距離の、長時間に及ぶ準光速航行は想定されていないようなの。二人は知っている?」
「クリスティナ艦長が話していたよ」
軽い調子でケーニッヒ少佐が言うので、今度は彼が二人の視線を集めることになった。
「カタログデータは推進装置のそのままのスペックなんだとさ。今はチューニングされていて、問題なく現場に着く、ということらしい。それでも火星までだが」
火星で一度、通常航行に戻ることは通達されている。
その理由は単純に補給を受けるためで、その必要から今のノイマンは商船に偽装する追加装甲が取り付けられている。装甲というよりは、ハリボテのパネルに近いが。
「推進器を休ませる必要があるんじゃないか、と思うけど、どう思う? 二人は」
ケーニッヒ少佐は「素人にはわからん」と即座に応じた。トゥルーはそこまで跳ね返すこともできず、思案した。
ミリオン級の管理官たちは、非合理的なほど管理する領域が重なっている。
推進装置は操舵管理官と機関管理官と艦運用管理官が重なっている、ややこしい要素の最たるものの一つだ。
「火星での補給の時に、休ませられるんじゃない?」
「できれば整備させて欲しいけど、そんな余裕はないわよねぇ」
そもそも補給のために輸送船に偽装するのは、ミリオン級が軍の宇宙基地に寄港するのを避けるためで、整備するといっても、どこかに寄港できるわけではない。宇宙空間で整備することもままあることだが、万全というわけにはいかない。
「機関部員に任せることになるが」ケーニッヒ少佐が人の良さそうな笑みを浮かべる。「艦長にその必要性を進言しておくよ。もちろん、エリザ曹長からの意見ではなく、俺からの意見になるが。聞いてくれない可能性もあるよ」
エリザ曹長が口元を緩ませる。
「頼りにしていますよ、副長」
頼りになるかはわからんがね、とケーニッヒ少佐は席を立った。
「後で詳しく話すとしよう、エリザ曹長。トゥルー曹長、次のシミュレーションは予定通りに」
二人を残して長身の少佐は颯爽と食堂を出て行った。自然、それを見送ったトゥルーとエリザ曹長が視線をぶつける。
「シミュレーションの予定を立てているわけ?」
そう言われて、トゥルーは顔をしかめて見せた。
「特にやることもないし、不規則な事態もないし、時間を大切にするためにね。あなたこそ、後、っていうのはいつのこと?」
冗談で返しつつ、したたかな反撃を受けた形になって今度はエリザ曹長が顔をしかめる。トゥルーとしてはやや溜飲が下がった。
「今日の夕方、会う約束をしている」
「何のために会うわけ?」
「お茶会ね。交流も兼ねた。何を想像しているか知らないけど、五人ばかりが集まるお茶会だからね」
健全だこと、と危うく言いかけて、トゥルーは口を閉じた。下手なことを言うと、エリザ曹長につけこまれそうだ。エリザ曹長はトゥルーがヤスユキ少佐に向けていた感情を、やや曲解していた時期があった。
ただの尊敬であり、憧れとは少し違う。
その話を持ち出されるとややこしいので、短い会話の後、トゥルーも席を立った。
ひらひらと満面の笑みで、エリザ曹長が手を振っていた。
(続く)
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