2-2 計画立案
◆
民間人として到着した火星の宇宙空港で、ケーニッヒは管理艦隊所属の小型船に乗り換えた。
出迎えてくれたのは目立たない男で、しかし制服を着ていた。連邦宇宙軍のそれだが、襟章が管理艦隊のものなので、やや目立つ。そういうのはやめてくれよ、と思ったが、ケーニッヒは黙っていた。
それでも軍用のゲートを抜けてから、小声で文句を言ったが、相手はまったく反応しなかった。そういう無表情を訓練されているような無反応である。
ただの迎えじゃないらしい。そう判断して、口を閉じずに探りを入れたが、だんまり。
案内された小型船は見た目こそ特別ではないが、空港を離れた時に推力が底上げされているのが感覚的にわかった。地球にいたことが多いケーニッヒでもわかるほど、チューンナップされているようだ。
準光速航行でも数ヶ月を要する旅、それも話し相手にもならない案内役との旅の後、ケーニッヒはやっと狭い空間から解放され、ホールデン級宇宙基地カイロに到着した。思わず深呼吸していたほど、息の詰まる旅だった。
出迎えは誰もない。それもそうだ、宇宙基地なのだ。観光地とは違う。
彼をここまで引率した無反応が取り柄の軍人が、低い声で「ご案内します」と言ったので、ケーニッヒはもう黙って彼に従った。
ただし服装は、船の中で管理艦隊の儀礼用制服に着替えていた。連邦宇宙軍の制服ではないのは、何故かサイズが合わなかったからで、儀礼用制服のサイズはピッタリである。
どこへ連れて行かれるかと思うと、管理艦隊司令官であるエイプリル中将の執務室だった。
「ようこそ、大尉。窮屈な旅を強いてしまったな」
ひび割れた声には威厳があるし、表情にも迫力がある。細身だが長身で、全体的に刃物のようなものを連想させる。
「人生で一番長い宇宙旅行になりました。子供ができたら、寝る前によく話して聞かせることになりそうです」
「そうかい。統合本部から密命を受けているな?」
突然の単刀直入な質問に、ケーニッヒはしかし動じることはなかった。
「所属は統合本部の情報局ですから、指示は受けますよ」
「管理艦隊の大掃除を君に手伝ってもらいたい」
「どこを掃除するんです?」
飄々とやりとりするケーニッヒにエイプリル中将は好感を持ったらしい。嬉しげな笑みを見せると、「全部だ」と答えた。
全部? これには、さすがにケーニッヒも困惑した。
自分が何のために、誰の意図で木星くんだりまでやってきたか、わからなくなってきた。
「中将閣下のおっしゃる意味が、よくわからないのですが。私は何のためにここに?」
利害の一致だよ、とエイプリル中将が答える。
「管理艦隊には独立勢力に通じる内通者がいるが、姿がよく見えない。だから、その手の仕事に熟練しているものが欲しいのだが、自分たちでは調達できなくてね。それで、統合本部から君を回してもらった。代わりに統合本部は好きに管理艦隊に協力者でもなんでも作ればいい。我々には統合本部と敵対する意志はないし、それがより明確に伝わるだろう」
参ったな、とケーニッヒは呟くように答えて思わず頭に手をやった。
儀礼用制服に付属したベレー帽を脱いで、乱暴に髪の毛をかき回しながら、ケーニッヒの思考は目まぐるしく回転し、しかしほとんど空転していた。
自分は統合本部の所属のまま、管理艦隊の手助けをするとして、しかし統合本部の利になる行為は、管理艦隊がお膳立てしたものになる。
管理艦隊が実は野心を抱いているとすると、そのお膳立てされた成果は、当然、管理艦隊に都合のいい、見た目と味がいいだけの汚物かもしれない。それを掴まされた統合本部は無能とされるだろう。
ただ、ケーニッヒの努力で、管理艦隊の本質は理解できるかもしれない。
押し付けられた形の任務になる、管理艦隊内部の内通者や工作員を暴く作業がそのまま管理艦隊の内情を知る機会でもある。
乗ってみるか。
「管理艦隊の人材が気になりますね」
やっと帽子を元に戻し、姿勢も整えてそう返事をしたケーニッヒにエイプロル中将が頷き、書類を差し出してくる。そっと受け取り、六枚の書類に素早く目を通す。どうやら管理艦隊での諜報部隊の面々らしい。階級は下士官が多い。
出身国、学歴、政治思想、宗教観、経済状況、親類縁者の犯罪歴その他、そんな諸々の経歴がクリアなのは共通している点だ。絶対に必要な要素である。
「その六人を自由に使っていい」
「その必要はないようですね」
疑惑の目でこちらを見る中将に書類と同時に笑みを向け、ケーニッヒは手でマネーを示す動きをする。
「資金を回してください。自分で都合のいい部下を用意します」
「おいおい、君は管理艦隊については何も知らないんだぞ」
「これから知っていきますよ。期限がありますか?」
エイプリル中将は神妙な顔になり、僅かな沈黙の後、半年だ、と低い声で答えた。
半年か。それだけあれば十分だろう。
「では、私に管理艦隊の情報部の士官として籍を用意しておいてください。それと怪しまれないように活動資金をもらえれば、それで十分でしょう。報告の頻度は?」
さすがに諦めたようで、エイプリル中将は「任せる」と口した。ケーニッヒが計画を描き始めたところへ、ただし、と素早く言葉を続けたが。
「信用には信用をもって応えてくれ、大尉」
「当たり前です。諜報員は信頼が通貨みたいなものですから」
買うこともあれば売ることもある、とはさすがにケーニッヒも胸の中で唱えるに留めた。
その翌日にはケーニッヒの姿は管理艦隊司令部に付属する情報部のオフィスにあり、直属の上官である中佐に説教されながら、書類整理に半日を費やした。他の情報部員は、なぜこんなやる気のない男がいきなりやって来て、どうしてここにいるのか、不審がりながらも、重大な任務である工作員の割り出しを進めていた。
その手ぬるい、成果の上がりそうのない手法を駆使する様子を横目に、ケーニッヒの計画は、頭の中で細部まで組み立てられていった。
(続く)
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