2-3 危機的状況
◆
管理艦隊の何がそれほど重要視されるのか、ということをまずケーニッヒは考えた。
地球連邦が一枚岩ではないことは、彼は知りすぎるほど知っている。いくつかの国家は発言権を強化するために、弱小国家の抱き込みに動いてもいる。ただ、これは昔からだ。
地球連邦議会の中でも最高の意思決定機関は、最高議会と呼ばれる二十一の国家からなる委員会になる。最高議会に与えられた権限のうちに、連邦軍の総司令部の人事権すらある。
この程度の政争は、古今東西であったことであるから、ケーニッヒは特に危惧は抱いていない。いないが、管理艦隊という辺境と言ってもいい場所が担当宙域である艦隊に、恣意的な力を加える意図には、ややキナ臭いものがあるのも確かだ。
管理艦隊とは、独立勢力への対処が目的で、現時点で八つの小艦隊が稼働している。艦船は大小を合わせても全部で六十隻と少ないが、質自体はそれほど他の艦隊と遜色ない。数に関しては地球を守備する近衛艦隊とも呼ばれる第一艦隊は、それだけでも二十隻を超えるので、管理艦隊の質は数と相対すれば強みは消えてしまうだろう。
情報をそれとなく当たっているうちに、ケーニッヒが気づいたのは、管理艦隊は明らかに戦力不足である、ということになる。非支配宙域と呼ばれている範囲は広大で、独立勢力が比較的自由に出入りしている。
一部の軍人が「被支配宙域」と呼んでいるのも頷けるというものだ。
それでも敵は管理艦隊の動向を把握して、より安全に、非支配宙域を運用したいのだろう。そのための管理艦隊への工作が、最もありそうだった。
エイプリル中将はケーニッヒに資金を渡し始め、ケーニッヒはスパイマスターとして、秘密裏に協力者を作り始めた。半年という期限の中で、すでに一ヶ月は過ぎていた。それでもケーニッヒにはまだ余裕があった。五ヶ月も残っている。
内通者は様々な分野に渡り、艦船に乗り込む軍人もいれば、ホールデン級宇宙基地のカイロ、ウラジオストク、カルタゴの運営のために雇われている、軍と契約した民間出身者もいる。管理艦隊と取引している輸送会社や物資を商う商社マンにまで及んでいるのは、ケーニッヒだけが知っていることだ。
工作員との連絡は軍が運用している通信システムではなく、古典的で、データ化されない手段が選択されていた。そのためにケーニッヒの元へ情報を集める下士官が二人いた。その二人も、新任の大尉の命令で走り回されていると思っているだけで、自分たちが情報の回収を行っているとは気づけない。
与えられた私室でケーニッヒは様々な書類やデータカードなどに偽装された、協力者からの情報を精査し、組み上げていくのに夜を費やした。
分かってきたことは、管理艦隊が極秘裏に運用しているミリオン級潜航艦の存在だ。それが管理艦隊の虎の子であるのと同時に、独立勢力はこの艦に目をつけ、脅威として認識すると同時に、宝箱とでも思っているらしい。
ミリオン級潜航艦は、地球にいた時にケーニッヒも噂では聞いていた。しかし実際の性能までは知らなかった。管理艦隊に赴任して初めて知ったのだが、この艦に搭載されている様々な機器の性能は、諸刃の剣だとケーニッヒには思えた。
もし独立勢力がミリオン級の性能を解明したり模倣すれば、その宇宙船は事実上、発見不可能になる。移動も自由になれば、攻撃も自由だ。
ありえないことだとは思うが、姿の見えない艦が地球に忍び寄り、至近から地上を攻撃する、などという想像もできる。
どちらにせよ、敵の工作員はミリオン級について探り回っている。そしてある程度の情報がすでに漏れている可能性が高い。
泳がせるべきか、それとも一網打尽にできる機会を意図的に作るべきか。
明け方と言ってもいい時間に、ケーニッヒは結論を出し、エイプリル中将を呼び出した。本来なら副官を通して中将と話をしてもらわなければいけないが、管理艦隊の通信システムは信用できない。ケーニッヒは秘密裏にエイプリル中将に手渡した通信機を使った。
映像など映らないシンプルな作りだが、音質はクリアだ。
短い呼び出しの後、明け方という時間帯の割に相手はすぐに応じた。
「私だ、大尉。何があった?」
すぐに答えないのは、声紋判定で本当に相手がエイプリル中将か確認しているからだ。合成音声を見破る高性能なプログラムをケーニッヒは使っていた。しかも独自に改良している。なのでどこかで技術が漏れて、本来の解析プログラムに対応可能な合成音声が作られていても、ケーニッヒには見破れる。
声紋が一致したという表示を見て、ケーニッヒは結論を告げた。
「分かる限りで、摘発するしかありません。情報の漏洩はすでに危機的状態です」
そう切り出して、わかっていることを整理して伝えた。エイプリル中将は黙って聞いている。
報告が終わり、エイプリル中将は何かを考えたようだが、わかった、と返事があった。あまりに落ち着きすぎていて、ケーニッヒの方が不安になった。
「ミリオン級に危険について知らせるべきではないですか?」
「通信は基本的に行わない。ただ、今、航海の最中なのは一隻だけだ」
「その一隻にですよ、中将閣下。非常に危険です」
「きみにはきみの仕事がある。決断が私の仕事だよ。引き続き、内通者を探ってくれ。こちらが動けば、また状況も変わるだろう」
了解、と応じて、ケーニッヒは通信装置を机に置き、その机に広げられていたあれやこれやを片付けた。全てが頭に入っているので、焼き捨てることになる。彼の記憶力こそが、士官学校からの引き抜きの一つの要素でもあったと、ケーニッヒは師であるロードに教えられた。
それにしても、とケーニッヒはタバコを取り出して、手元でくるくると回しつつ、考えた。
こいつはいったい、統合本部にはどう報告すればいい?
(続く)
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