1-9 未来の宇宙

     ◆


 気づくとクリスティナは見知らぬ部屋にいた。一人部屋で、独房のように狭いが宇宙船では当たり前の空間だ。

 ここはどこだったか……、そう、カルタゴだ。

 起き上がると激しい頭痛とめまいがする。その中で徐々に記憶が蘇ってきた。

 昨夜、クラウン少将の部屋を辞した後、ヤスユキ少佐の事情を聞きだしながら、だいぶ酒を飲んだのだ。ヤスユキ少佐が止めるのも聞かず、クリスティナがクダを巻いた記憶が、彼女自身にもはっきり残っていた。飲んでも記憶を失わないのは、彼女の一応の特技である。こうなっては特技と言っていいかは微妙だな、と思わなくもないが。

 聞きだしたところでは、ヤスユキ少佐は火星に残している家族の元へ帰りたいようだ。

 なんでも自分の両親はすでに亡くなっているが、義理の両親の面倒をみる必要がある上に、一人息子が病気になったという。

 このご時世に介護と看病で仕事を投げ出すのか、とクリスティナに詰め寄られたヤスユキ少佐は珍しい表情、呆気にとられるというしかない表情で彼女を見た。

「大佐、本気ですか?」

 そう言われて、瞬間的にクリスティナの頭は冷却されたが、苛立ちは根こそぎにはならなかった。

「重要な任務を家庭の事情で抜けるなんて、信じられない」

「それが人間というものです、大佐」

「それが人間なら、私は決して誰とも結婚しないでしょうね」

 そう言い返して、クリスティナはグラスを煽った。

 彼女自身の両親はまだ健在で、どちらもすでに仕事はやめて年金で自由に生活している。クリスティナが気を回して仕送りしているが、おそらく使っていないだろう。その程度の蓄えはある。

 クリスティナはヤスユキ少佐に翻意を迫ることはせず、ただ酒を飲み続けた。最後にはほとんど意識が朦朧とした状態で、細身なのに意外に力のあるヤスユキ少佐に抱えられて、この部屋に入ったところまで、きっちり記憶があった。

 ノイマンが寄港している間だけの仮住まい。

 そう、少佐が部屋を出るとき、何かを残していったっけ。

 部屋に備え付けの机の上を見ると、小さなボトルがある。栄養ドリンクのように見えるが、アルコール分解薬である。

 気の利いたこと、と思いながら手を伸ばし、それを掴むとさっさと中身を飲み干した。

 シャワーを浴びようと立ち上がると、もう不快感は消えていた。やれやれ。

 用意をして共用のシャワーを浴び、部屋に戻り、クリーニング済みの制服に着替えた。男性用の連邦宇宙軍の制服だ。クリスティナは常に男装で、実際の規則としては制服は選べるのだが、女性の士官で男装をするものは少ない。

 何か食べようと食堂へ向かう途中で、そうか、ここはノイマンじゃないから、士官用の食堂に行かないと他の兵士が困るか、と思い直し、通路を戻り、今度こそ士官用食堂に足を踏み入れた。

 新鮮で手の込んだ料理を手に、空いている席に腰を落ち着け、食事を始める。

 周囲からは探るような視線を感じる。昨夜の醜態だけではなく、きっと彼女がノイマンの艦長だと推測されているのだろう。クリスティナはその性根にうんざりしたが、ノイマンは、ミリオン級は注目を集めるものだ。

「この席をよろしいですか?」

 顔を上げると、そこにはきっちりと制服を着たヤスユキ少佐が立っている。どうぞ、と示すと、静かな動作でヤスユキ少佐が向かいの席に座る。彼の料理はクリスティナよりも少なめだった。

「さすがに大佐はお若い。私はそんなに食べられません」

「そういう年寄りくさいことを言うから、年をとるんじゃないかしら?」

 これは手厳しい、と笑うヤスユキ少佐はいつもと変わりないように見えた。

 それから二人は食事をしながら、地球連邦の内部事情に関して忌憚のない意見の交換を行ったけれど、クリスティナに何かしらの天啓を与えるような発言は、さすがのヤスユキ少佐も口にしなかった。

 一般的には地球連邦は盤石で、反発はあるにしても、未だ議論の段階で収まっているとされている。

 それが昨日のクラウン少将の様子では、まるで武装蜂起が目前という印象だった。

 武装蜂起などは無謀なはずだが、しかし、管理艦隊にいるものの誰もが感じる、不気味な要素が蜂起の可能性と結びつくと、あながち妄想や意識過剰とは思えない。

 それは、管理艦隊の駐留する座標より外部は、誰もその支配権を確立していない、言ってみれば未開拓地であるということによる。しかもその空間は太陽系を超えて、はるかに広がっているのだった。

 もし地球連邦を離脱し、その未開拓地で自分たちのやりたいように生活していきたい、文明を築きたい、という主張が公になれば、地球連邦はどうするのだろう?

 この疑問をクリスティナはヤスユキ少佐にぶつけてみた。

「地球連邦がそれを許しては、結局は連邦という形が崩れます。それはそのまま分裂を意味します。なので許すことはできないのですが、現実的に考えれば、どこかでタガを緩めないと、破滅的な破綻が起こるかもしれません」

「宇宙を舞台に群雄割拠の時代が来るとか?」

「一対一の対立以上に複雑にはなりそうだと思います」

 それを防ぐ目的が、次のノイマンの任務に課されるのだろうが、それほど単純でもないのだろう。

 すでに食事は二人ともが終えていて、話に熱中していたが、二人の携帯端末が同時に呼び出し音を立てた。それぞれに確認し、視線を交わす。

 クラウン少将からの呼び出しだ。

 ついに任務の詳細がわかるのだろう。ヤスユキ少佐も呼び出すのは、まだ彼には存在意義があり、意見やアイディアを求められるからだと思われる。

「まだ気が早いですが、ご武運をお祈りしています」

 立ち上がりながら、ヤスユキ少佐が言った。

「気楽でいいわよね」

 クリスティナはため息混じりに応じて、食器を返しに行くヤスユキ少佐の後に続いた。



(第一話 了)

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