1-8 反体制

     ◆


 クリスティナはクラウン少将を見て、しばし言葉を探し、「説明していただきたいのですが」とどうにか口にした。

「理由の第一は年齢だ。彼は六十歳を超えようとしている。これは連邦宇宙軍の規定においては申告しなければ退官になる。もう一つは次の任務に関わる」

 申請!

 クリスティナは何故、ヤスユキ少佐が軍役の延長を申請しなかったのか、わからなかった。

 彼は艦運用管理官としていくつもの作戦に従事し、その経験には大きなものがある。

 もちろん、退官後にも働く気があるなら軍に関する仕事に就くだろう。どこかの大学か、養成学校のようなあたりが思い浮かぶが、それでもクリスティナはヤスユキ少佐の技能を必要としていた。

「副長を交代する必要のある任務とはなんですか?」

 もう申請をしていないことはどうしようもない。クリスティナは理由のその二を確認した。

「次の任務では地球に行ってもらう。そして副長には、地球に詳しいものを当てる」

「地球……」

 どう答えるか迷ったのは、任務の内容が想像できなかったからだった。

 そのクリスティナに、クラウン少将が眼を細める。

「次の任務は地球における反体制国家の監視と調査だ」

「反体制国家……!」

 血の気が引くのがクリスティナはわかった。

「自航式のレーザー砲台は知っているな? 大佐。例のチャンドラセカルの件だ」

「ええ、それは……」

「建設資材はそう簡単には用意できない。企業であってもだ。そうなれば、国家規模の反乱が企図されていると考えるしかない」

 ヤスユキ少佐が咳払いをして、発言した。

「レーザー砲台は破壊されたと聞いています。何かの痕跡が見つかったのですか?」

「何も見つかっていないよ、少佐。わかっているのは、昔ながらのテロリストが自爆用の対戦車ロケット弾を手に入れるのとは次元が違う、ということだ」

「そうなれば、たしかに私より適任者がいるでしょう」

 そう言って、ヤスユキ少佐は何かに満足したようだった。

「地球を見張るということですか?」

 確認しようとするクリスティナにクラウン少将はわずかに顎を引いた。

「これは統合本部からの密命で、ほぼ孤立無援で、ノイマンには地球の至近に隠れ潜んでもらう。同時に千里眼システムと全ての能力を使って、地球周辺の艦船の行き来、物資のやりとりを綿密に調べ上げる。場合によっては、追跡行動も必要になる」

 いくつかの問題点があります、とヤスユキ少佐が発言。まるでクリスティナの動揺を知って、そのやや混乱した思考を正そうとするようだった。実際、クリスティナはヤスユキ少佐の言葉に、わずかずつ冷静さを取り戻していた。

「まずノイマンには千里眼システムを完璧に使いこなせる技術者がいない。第二に、連邦宇宙軍に公式に知られていないとなると、我々と敵性勢力、反連邦国家の区別がつかず、友軍であるはずの連邦宇宙軍に攻撃される可能性がある。第三は、我々には政治向きのことはわかりません」

「一つずつ、片付けよう。千里眼システムは心配ない。新装備が開発され、より簡便に使えるように技術者たちが仕組みを構築している。問題なく、地球全域を把握できるだろう」

 それはすごい、と思わずといったようにヤスユキ少佐が呟く。

「第二の問題も、技術的に解決するしか今は不可能だ。性能変化装甲の技術は進歩している。ミューターもだ。非常に際どい事態だが、ノイマンは何者にも気づかれずに任務を実行し、継続する性能をあたえられるだろう」

「敵と勘違いされたら?」

 やっとクリスティナが発言したが、クラウン少将は苦笑いでそれに答えた。

「連邦宇宙軍には、ノイマンは敵として映るだろうな。そしてノイマンは任務の性質上、事情を説明するようなことは許されない」

「見つかるな、見つかったら逃げろ、そういうことですね?」

「まさしくそれだ。技術者たちは決して露見しないと太鼓判を押しているが、私もそこまでは安心できない。大佐、くれぐれも注意するように」

 注意してどうなるものでもない、と言い返したかったが、クリスティナはぐっと言葉を飲み込んだ。

 クラウン少将が続ける。

「第三の政治の話だが、我々が政治屋ではないことを忘れないように。今回の任務は、いわば敵と味方を区別する任務だ。誰が敵かわかれば後は軍の上層部か、政治家たちが対処するだろう。今は何も証拠がない。証拠さえあれば、問題は消える」

「見切り発車、ではないのですか?」

「管理艦隊はおおよその展開を幅広く予測している。つまりは事実確認だよ、大佐。ミリオン級の本来のコンセプトにも合致する。密かに忍び寄り、観察し、戻ってくる。違うかね?」

 それをまさか地球に対して行うとは、最初にミリオン級の計画を立てた誰かは、考えもしなかっただろう。

 しかしクリスティナとしては、おおよその問題は解決した。

 後はヤスユキ少佐を問い詰めるだけだが、それはここでやることじゃない。

 質問はあるか? というクラウン少将の言葉に、「いずれ詳細な命令書と、任務に必要な情報を回してください」とクリスティナは答えた。クラウン少将は頷いている。

「明日には決定されるだろう。規模は小さいが、重要な任務だ。抜かりのないように」

 クリスティナとヤスユキ少佐は敬礼をして、部屋を出た。

 通路に立ち、クリスティナはヤスユキ少佐を見る。

「話したいことがあるのだけど? 少佐」

「私もです、大佐」

 こうして二人は、カルタゴの中にある士官用の酒場にまっすぐ向かったのだった。



(続く)

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