9-2 実行
◆
準光速航行を抜け、所定の座標についた。
すでに発令所は全員が臨戦態勢で、艦にも第一種戦闘配置が発令されていた。
「ハウンド二機、発進させてください」
ヨシノの指令にオットー軍曹が答え、メインモニターに小さな窓が二つ出来上がる。
ハウンドとはチャンドラセカルに搭載されている戦闘機の名称で、遠隔操縦される無人機だ。
発令所にアンナ軍曹とユーリ軍曹からの通信が入り、二機が艦を離れる。
「ヘンリエッタさん、艦を捉えましたか?」
「はい、詳細な座標がわかりました。全部で四隻です。記録と照合すると、一隻が一致します。先日の小艦隊のうちの一隻かと」
「わかりました。オットーさん、エネルギー循環エンジンの出力を八十に設定してください。オーハイネさん、進むべき座標は今から言います」
そうしてヨシノは座標を口にしたが、ちらりとオーハイネがこちらを振り向く。
にっこりと笑みを見せておいた。ちらりと、彼も笑った。面白いじゃないか、と言いたげな顔だ。
チャンドラセカルがゆっくりと回頭し、所属不明の小艦隊から離れていく。もちろん、装甲はシャドーモードではないし、スネーク航行も使っていない。
メインモニターの端に後方を映す画面が開く。
二機の戦闘機が小艦隊へ向かっていく。
小さな閃光が瞬く。攻撃開始だ。
小艦隊のうちの一隻、高速艦らしいものがこちらを追跡してくる。しかし速力ではチャンドラセカルも負けてはいない。それでも、もし高速艦が全速を出したら、追いつかれたかもしれない。
だが、高速艦はいつまでも追いついてこなかった。
「通信が始まりました。暗号が複雑で、即座には解明できません。発信方向は特定されました」
オットーが報告。ヨシノは頷いた。
「セイメイ、作戦通りです」
了解しました、と柔らかく自然な電子音声が答える。
メインモニターにまた一つ、窓が開き、一本のバーが表示された。徐々に色が赤から青へ変わっていく。
「敵艦αから妨害電波です! 到達まで五秒!」
ヘンリエッタ軍曹の声にもヨシノは落ち着いていた。
「オットーさん、対電磁フィールドを展開」
「了解です。フィールド、展開完了」
何事もないまま、十秒が過ぎた。メインモニターの中の二つの窓が、唐突に真っ暗になった。戦闘機からの映像の窓。予定通りだな、とヨシノはそれを見て、二人の操縦士に通信をつなぐ。
「アンナさん、ユーリさん、敵の妨害電波による遠隔操縦機への攻撃です。再接続が可能なようなら、努力してください」
ラフな調子で女性二人が返事をする。
例の色の変わっていくバーは、まだ半分ほどだ。
「そろそろです、艦長」
イアン少佐の言葉に、はい、とヨシノは応じた。
「装甲をシャドーモードに変えてください。エネルギー循環エンジンは待機モードへ。推進をスネーク航行に変更します」
返事があり、下士官たちが動き始める。
結局、二機の戦闘機は再接続が不能で、信号も途絶えたという報告が発令所に届く。漂流しているところを撃墜されたのだろう。
この程度の損失は、損失に入らない。人命は失われていないのだ。
「スネーク航行、完全に起動しました」
オットー軍曹からの報告。
「良いでしょう。オーハイネさん、もう一度、今から指示する座標へ艦を移動させてください」
返事と共に、オーハイネ曹長が操舵装置のハンドルを捻る。
ヨシノは受話器を取り、機関部に連絡を取った。すぐにコウドウ准尉が出る。
『なんです? こちらは問題ありませんぜ』
「スネーク航行の限界を試す時が来ました。循環器システムの最大出力、設計限界ギリギリの出力が必要です」
そいつは、と言ったきり、コウドウ准尉が黙り込む。
「お願いします、やってください」
懇願めいたことは言いたくなかったが、今はそんなことに拘っている場合ではない。
横目でメインモニターを確認、バーは八割ほどが色を変えている。
「コウドウさん」
『良いでしょう。しかし、助手がいる』
「イアンさんですね」
『そうです。彼の方が俺よりも優秀だ』
行かせます、と言ってからヨシノは受話器を端末に戻し、すぐ横のイアン少佐を振り向いた。
「機関部に行ってください」
「聞いていましたから、知っています。くれぐれも無茶をなさいませんように」
珍しくそんなことを言ってから、イアン少佐は発令所を出て行った。
艦は所定の座標に到着しつつあった。
「ソナーに感があります!」ヘンリエッタ軍曹が叫ぶ。「レーザー砲台です。かなり離れていますが、すでに集光中と思われます」
「距離は?」
「十、いえ、九スペースです。やはりこちらが準光速航行の間に位置を変えています」
ここまで来て、チャンドラセカルが狙われない、なんてことはない。
九スペース、レーザー攻撃なら発射から命中まであっという間の距離だが、問題はその性質だ。
最も威力を発揮する超高温が浴びせられる前段階、つまり焦点を結ぶ前にも、高い熱は艦を焼くだろう。それも生半可な熱ではない。
もう一度、メインモニターのバーを確認。
ちょうど、全部が染まる。バーが消え、「完了」の文字が点滅する。
ただ、一方でモニターの一角で光が滲み出し、みるみる明るくなっていく。
やや切迫したオットー軍曹からの報告。
「装甲温度、上昇中です、艦長。レーザーが照射されています」
決断する間もなかった。ほとんどそれは反射だった。
ヨシノは自分の端末で、艦のいくつかの制限装置を、艦長権限で解除した。
「オーハイネさん、全速です、いえ、速力一二五で、進路〇四ー六二ー〇一」
明らかに設計を超えた速力を指示されても、オーハイネ曹長は即座に返事をして、艦を走らせ始めた。
瞬間、背筋の凍るような音が発令所にも響き渡った。
艦自体が軋んでいるのだ。照明が消え、非常灯に変わる。メインモニターにも警告が無数に表示され、警告音が重なり合う。
ヨシノはもう一度、受話器を取った。機関部につなぐ。電話に出たのはイアン少佐だった。
『こちらは今にも循環器が破裂しそうです』
彼流のジョークだろう。思わずヨシノは笑いそうになった。
「こちらは、今にも艦が蒸し焼きにされるところです」
『お互い、危うい場面ですな』
「いえ」
ヨシノは真剣に答えた。
「こちらの勝ちです」
(続く)
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