第9話 決死の逆襲

9-1 策略

     ◆


 ヨシノ・カミハラは発令所に入り、ヘンリエッタ軍曹のブースに近づいた。

「聞こえましたか?」

「かすかです。十二スペースも彼方で、もしかしたらノイズかも」

 その言葉に、少しだけヨシノは考えた。

 例のマーキングチップの有効範囲は八スペース。それ以上は確実性が低い。それも四スペースも離れていては、ノイズの可能性を疑わない方がおかしい。

 しかしこれにヨシノは賭けることにした。

「現場に向かいます、座標を割り出してください。おおよそでいい、と言っても、おおよそにしかわからないと思いますが」

 了解、と返事をしたヘンリエッタ軍曹から、オットー軍曹、オーハイネ曹長を見る。

「準光速航行の準備をしてください。計算を待たずに、通常航行でも最大戦速で、推定座標へ向かいます。バッテリーにエネルギーは充填されていますね?」

「了解しました。最大戦速。準光速航行、準備します」

 オーハイネ曹長がまず答える。次にオットー軍曹が続ける。

「バッテリーは問題ありません。ありとあらゆるパターンに対応できるはずです」

 良いでしょうと応じて、ヨシノは艦長席に戻る。

「どこに敵がいるか、わかりません」

 イアン少佐が助言してくるのに、ヨシノは笑みを見せて、知っています、と応じる。イアン少佐はそれ以上は何も言わなかった。この男性とはどこか深く理解し合えている。

 イアン少佐の経歴も非常に波乱万象で、根っからの宇宙軍の兵士で士官にまで上り詰めた。それが五十五歳で、軍の上層部の意向で退官して民間企業に籍を移す。オリオン重工という大企業で、彼はそこで短い期間を経て循環器システムのプロフェッショナルになった。

 それが定年を迎えるかという時、再び軍に戻った。

 彼はもう軍人としても定年間近で、このチャンドラセカルの航海がもしくは最後になるかもしれない。

 軍には優秀なものは申請すれば退官時期を先延ばしにできる仕組みがある。

 どうやらその申し込みをしていないことも、ヨシノは知っていた。

 何か思うところがあるのだろうが、こればかりは判然としなかった。

 気持ちを切り替えよう、とヨシノはメインモニターの全部を把握した。

 ヘンリエッタ軍曹が割り出した座標は、だいぶ幅を持たされているが、許容範囲内である。

「準光速航行、準備完了です、艦長」

「始めてください」

 オットー軍曹が装甲が通常モードに切り替わることを宣言、機関出力が最大になり、エネルギー循環エンジンの出力も跳ね上がる。特殊な場が形成され、それがチャンドラセカルを包み込む。

「準光速航行に入ります」

 オーハイネ曹長の宣言の直後、艦が一度、ぶるりと震え、メインモニターが真っ暗になる。

 その真ん中に目的座標までの到達時間が表示される。

 一スペースは通常の準光速航行での一時間で消化する距離で、この単位は距離でありながら、スピードでもある。

 今のチャンドラセカルは、一・四スペースの速度で飛んでいる。十二スペースの距離を八時間と少しで飛ぶことができる。

 発令所の要員に交代で休憩を取らせることにし、その指示をしてから、ヨシノはイアン少佐と、インストン軍曹を発令所の隣にある作戦室と呼ばれる個室へ連れて入った。

 大きなテーブルの上に、星海図を広げる。

 それから三人で、敵性艦と接触した時の対処法を議論した。

 相手の艦船が何隻あるかわからないことを前提にして、さらに言えばその宙域は連邦宇宙軍の支配域から外れている。

 インストン軍曹は、偵察に徹して、情報収集を行って離脱するべき、と提案した。

「私もそれに賛成です、艦長」

 イアン少佐も同意する。

 そうでしょうね、と応じて、ヨシノは状況を吟味した。

 本当の目的は、所属不明艦ではない、というのはこの場の三人ともが理解している。

 本当に対処するべきは、先日のレーザー砲台だ。

 どうしたらレーザー砲台の位置を把握できるだろうか。

 現在位置が不明な砲台を、探り出すには……。

 一つの発想がヨシノの頭に浮かんだが、しかし、これは現状よりもさらに危険だった。

「もう一度、撃たせるという手もあります」

 危険な考えを、ヨシノは口にしていた。インストン軍曹が、まさか、と口走り、それきり黙り込んだ。イアン少佐は、どうやってですか? と、より強く疑念を示した。

 敵にはこちらのエネルギー循環エンジンの痕跡を追尾する力があります、とヨシノは前提を口にする。

 今のまま、敵艦と思われる艦船に攻撃を仕掛け、暴れまわり、堂々と離脱する。一時的に、装甲をシャドーモードにして、スネーク航行を使って姿を消す。

 敵は躍起になって反撃を狙う。

 そしてある地点で、チャンドラセカルが再び姿を見せる。

 ならそこを、レーザー砲台で狙い撃つだろう。離れていては通常兵器では攻撃できない、という理由もある。

「二つの困難がありますね」

 インストン軍曹が素早く反論した。

「まず、レーザー砲台に狙われたとして、相手のレーザー照射を完全に回避する手段が、チャンドラセカルにはない。次に、相手、レーザー砲台の位置がわかっても、こちらから攻撃する手段がない。遠すぎる」

 腹案があるにはある。しかし、うまくいくかは、ヨシノにはわからなかった。

「通信を、傍受します」

「敵性艦と、レーザー砲台のですか?」イアン少佐が顔をしかめる。「傍受して、レーザー砲台の位置を割り出す?」

「もっと積極的に働きかけることができます」

 誰にですか? とインストン軍曹が険しい顔で言う。

 ヨシノは意識的に、笑みを見せた。いつも通りの、穏やかな笑みのつもりだ。

「この艦に搭載されている、最先端の電子頭脳に、僕は賭けてみようと思います」

 その一言に、なんてこった、と言いつつインストン軍曹は額を押さえ、イアン少佐は天を仰いだ。

 短い沈黙の後、ヨシノは二人をもう一度、確認した。

 その時にはもう、それぞれが真剣な顔で、テーブルの上の星海図を見ていた。



(続く)

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