7-4 密かな任務

     ◆


 定期検診のために医務室へ向かうと、先客がいた。

「こんにちは、ダンストンさん」

 ヨシノ艦長の言葉に、ちょっと毒気を抜かれつつ、ダンストンはその場にいるルイズを見た。彼女も微笑んでいる。

「大佐殿も体調に問題でも?」

「違います。世間話と、あなたの様子を見に来ました」

「発令所を放り出して?」

「まさか。今は非番です。次に発令所に行くのは六時間と十二分後」

 そうですか、とダンストンは部屋に入り、寝台に座った。六時間とは少し、休む時間にしては短すぎる。

 服を脱ぎ始めると、ルイズがすぐに立ち上がり測定機器を用意し始める。

 静かにヨシノ艦長が語り始めた。

「この艦で暴動が起こるというのは、あり得るケースの一つでしたが、今のところ、そういった事態は起こっていません。ダンストンさんを無理して乗艦させた理由もそこでしたが、肩透かしで、すみません」

「いいことじゃないですか」ダンストンは寝台に横になった。「乗組員にはそんな反発心を起こそうと思えない、強い存在が見えているんですよ」

 暗にヨシノ艦長のことを言っているのを、彼自身も理解したようだった。

「僕にどれだけのことができるかは、わかりませんが、努力します。艦長としての責務です」

「あまり無理をなさらないように」

「もう一つのあなたの役目も、おそらく現実にはならないでしょう」

 それが良い、と伝える為にダンストンは無言で頷いてみせた。

 ダンストンたちが乗り込んでいる理由は、その言葉にできない任務こそが重要なのは、一部の乗組員が知っている。

 それは、機密を守る、情報を守る、ということだった。

 露骨に言えば、チャンドラセカルの全て、まさしく全てを宇宙の塵に変えるまでの、時間稼ぎでもある。例えば、敵性の戦闘員に乗り込まれた時に。決して艦をそのままでも、一部でも奪われないために。

 ルイズが測定器をダンストンの体に当て始める。

「あと半年、もしくは一年、辛抱してください」

 静かな口調で、ヨシノ艦長が言った。思わず首をひねって、ダンストンは視界にヨシノ艦長を取り込んだ。

 慈愛さえも伴う微笑みで、ヨシノ艦長がダンストンを見ている。

「半年や一年などと、具体的に計画を打ち明けてもよろしいのですか?」

「おかしな話ですが、任務が終われば全員が知っていることです。それに、あなたには少し安心してもらわないと、不安ですから」

「何が不安ですか?」

「このままここで死ぬかもしれない、なんて思ってほしくない。むしろ、あと半年、頑張ろう、そう思って欲しいのです」

 やっぱりこの青年は民間人だな、とダンストンは可笑しかった。

「軍人は常に死を覚悟するものですよ、大佐殿。どの戦場に立っても死を覚悟します。中には、俺は絶対に死なない、死ぬわけがない、と確信を持てる兵士もいるようですが、俺は違います。俺はいつも死を覚悟して、戦います」

「この艦に乗っていても、あなたが出て行く戦いはありません」

 少しだけ瞳に感情を覗かせて、ヨシノ艦長が言う。その感情、たぶん憤りはすぐに消えた。そう、ここにはルイズがいる。

 さりげなく、ヨシノ艦長は表情の質を変えた。

「あなたはただ飼い殺しにされている。それに不満はありませんか?」

「ないですね。平穏が一番です。俺は元からそれほど血の気が多くない」

「経歴からはそうとも思えませんが」

 ダンストンとヨシノ艦長が同時に笑みを見せる。

 二人が黙り、ルイズの手元の測定器が一定のリズムで発する電子音だけが部屋に響いた。

 そのうちに検査が終わり、「今日は問題ありません」とルイズが宣言し、やっとダンストンは起き上がった。

「なんでも合コンをやったとか」

 服を着ているダンストンに、黙ってその場にいたヨシノ艦長がニコニコ笑いながら、話を向けてくる。

「あれは合コンじゃなかったですね、ただの会合でした」

 正直に話すと、本当はそう聞いていました、と応じるヨシノ艦長。

「オーハイネさんがそんなようなことを話していました。ダンストンさんの思い出話に勝てる話題を持っている人は、チャンドラセカルの中には一人もいない、とか」

「まぁ、そうでしょう。いるとすれば、イアン少佐、コウドウ准尉、ってなもんです」

「私もいますよ」

 いきなりそう言って部屋の奥から顔を出したのは、ルイズの部下である医務官助手のマルコ・ドガだった。

 いきなり現れた初老の冴えない男にぎょっとするダンストンを無視して、わかっています、とヨシノ艦長が応じる。ドガが肩を持ち上げる動作。

「しかし私は年を取りすぎている。ただの語り部ですな」

 そんな言葉を残して、どこか陰気な気配をまとうドガは部屋の奥へ下がっていった。

 これはどうも、医務室でも余計な話はできないな、とダンストンは気を引き締めた。ルイズを口説くつもりはないが、常にドガがいることを意識しなくては、赤っ恥だ。

 もっともそのことを他の男たちに教えるつもりもないが。せいぜい、恥をかいてもらうとしよう。

 きっちりと制服を着込んで、ダンストンが立ち上がると、ヨシノ艦長も立ち上がった。

「ルイズさん、ダンストンさんのことをよろしくお願いします」

 ヨシノ艦長の言葉に、「了解しました」と聖母のような笑みを見せてルイズが答える。

 男二人で通路に出て、同じブロックにある士官用の私室へ並んで歩く。

「この航海の意味は何なのですか? 大佐殿」

 沈黙のせいもあったか、思わずダンストンは口にしていた。

 ヨシノ艦長は前を見たまま、静かに答えた。

「ミリオン級の実戦能力と運用手法の確立、長期間の航行での乗組員への影響、そして敵性組織の探索、ですね」

「四つ目は、つまり土星勢力のことですか?」

「そう推定されますが、何が潜んでいるかは、はっきりしません。それに……」

 少し言い淀んでから、それでもヨシノ艦長ははっきりと発音した。

「ミリオン級を狙っているものがいます。あるいは僕たちは、敵の網の中へ突き進んでいるのかもしれません。それも、かなり深く」

 ダンストンはどう答えることもできず、歩き続けた。

 部屋の前でダンストンはヨシノ艦長に敬礼し、自室に入ると、制服を脱いで寝台に横になった。

 あと半年か、一年。

 何事もなければいいのだが、と思いつつ、壁にかかっているクラシックなデジタルカレンダーを眺めた。



(第七部 了) 

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