第8話 予想外の攻撃
8-1 攻撃
◆
チャールズ・イアンはいつものように艦長席の背後に控えて、じっとメインモニターを観察していた。
発令所の要員は、全員が揃っている。
たった今、〇・五スペース先を行く、密輸船だろう小型船を追いかけているところだった。
チャンドラセカルは、装甲をシャドーモードにして、推進装置は循環器システムによるスネーク航行を選択していた。
宇宙という広大な空白に潜んでいるわけだ。
「空間ソナーに感があります」
前触れもなくヘンリエッタ軍曹が報告する。詳細に、とヨシノ艦長が促すと、ハキハキと答えがあった。
「距離がややあります、四スペースほどです。準光速航行で、全部で四艦だと思います。進路は三時間ほど後にこちらの前方を通り抜けます。その時、距離は一スペースを割る恐れがあります」
イアンは報告を聞きながら、じっと考えた。
しかし考えてどうなるものでもない。
敵だとしても、今はまだはるかに離れているのだ。攻撃手段はどちらにもない。
「第二種戦闘配置を発令します」
艦長の言葉に、イアンがまず復唱し、全艦にもアナウンスが始まる。
その判断は正しいだろう。警戒は常に必要だ。
チャンドラセカルは特殊な船なのだ。
一時間ほどは何も起きなかった。追跡している密輸船は、速力を変えないまま前方にあり、追跡されていると気づいている雰囲気は微塵もない。
その瞬間はイアンもよく覚えている。
メインモニターの一角で小さな光が瞬いた。瞬いた、と思ったが、ずっと光っている。
「熱反応です!」
ほとんど悲鳴をあげたのはヘンリエッタ軍曹だった。
「距離は一〇スペース、到達まで、四秒です! いえ、これは、すでに到達しています!」
慌てたヘンリエッタ軍曹を誰にも責めることはできない。
それが当たり前だ。
それを受けて即座に判断した艦長こそ、おかしいのだ。
「取り舵いっぱい! 下げ舵、全速で、針路は三九−二六−三一! 装甲のモードをシャドーからミラーへ! 急いで!」
発令所で復唱が行われた時には、メインモニターの一角が真っ白く染まり、それが継続される。
「右舷前方、第十八、二十、二十一ブロックの装甲に超高熱! ミラーモードの性能限界を超過、対応不能です!」
オットー軍曹の報告を受けてヨシノ艦長は次の指示を飛ばす。
「スネークを解除して、エネルギー循環エンジンを起動! フルパワーで離脱して! オーハイネさん、任せます!」
「了解!」
操舵装置を捻るようにしているオーハイネ曹長にならって、艦が急激に姿勢を変える。
オットー軍曹からの報告が続く。
「第十八ブロック、装甲、破れます! 血管を閉鎖します!」
「急いで!」
そうヨシノ艦長が言った瞬間、ガツンと艦が揺れ、危うくイアンは転倒しそうになった。
発令所の明かりが一瞬、消え、次には赤い非常灯が灯った。ヘンリエッタ軍曹が短く悲鳴を上げた気がした。
「オットーさん、損害報告!」
「右舷の一部、装甲板が脱落しています。燃料液が少量ながら破裂しました。艦内への損傷がありますが、すでに気密を確保しています。乗組員の安否は確認中。信号途絶が二つ確認できます」
短い沈黙があった。しかし長い時間ではない、すぐに指示が飛ぶ。まさに今、チャンドラセカルが攻撃を受けているのだ。
「良いでしょう。現座標を高速で離脱します」ヨシノ艦長が端末から受話器を取り出す。「コウドウさん、聞こえますか? 循環器システムを最大出力にしてください。ええ、破断した血管のロスも計算に入れて、そう、全力です。オーハイネさん、艦の機動に影響は?」
オーハイネ曹長が苦しげに答える。
「右舷での血管の破れで、エネルギーバランスの補正が必要です。セイメイは何をしている?」
「セイメイ、エネルギーの流入をコントロールして!」
艦長の言葉に、電子頭脳が不自然なほど淡々と答える。
「艦の損傷の度合いが不明です。全体のエネルギーを落とすしかありません」
くそっ、とオーハイネ曹長が毒付く。
「艦長」イアンは静かに発言した。「私が循環器システムを制御します」
ヨシノ艦長がイアンを見上げ、「それしかありません」と苦々しげに言った。イアンは無表情に頷いた。
「機関室へ向かいます」
「よろしくお願いします、イアンさん」
イアンは一人で発令所を出て、無重力の通路をほとんど飛ぶようにして機関室へ向かった。
建造時から見慣れている機関室では、コウドウ准尉と、他に四人の部下が端末に向かって、激しく怒鳴り合いながら、ほとんど喧嘩腰でやりとりしている。循環器そのものの脈動が激しく、重低音が連続して響いていた。
「コウドウ准尉、代わります」
そう言うと、コウドウ准尉は素早く席を空けた。
端末に向かって、イアンはまず艦の状態を確認した。
右舷前方の一部が破壊され、血管の流れがそこで阻害されている。機関部の兵士たちはセイメイの命令に基づいてだろう、左舷方面から流れてくるエネルギーを、右舷方面と釣り合いを取らせるために、だいぶ絞っていた。
循環器システムには、それ以外にはバランスを取る手段がない。一度、大型バッテリーに全てのエネルギーを流し込む仕組みもある。ただエネルギーのロスが生まれるのは避けられない。今は少しでも力が必要だ。
「循環器の脈拍を加速させる」
イアンが宣言すると、周りにいる兵士が囁き合っていたのが、ピタリと黙った。全員がイアンをまじまじと見ている。
「あんたを信じるよ」
そう言ったのはコウドウ准尉だった。
心強いものでもないな、と思いつつ、イアンは端末を操作してから、席を立って、循環器のコントロール専用の端末に向かった。
現在の脈拍は毎分八十。かなりの高出力状態だ。構わずに上昇させる。部屋に響く重低音が大きく、小刻みになる。
毎分九十九。これが本来の限界値だ。
循環器から送り出される燃料液が、全艦を巡りながら、莫大なエネルギーを生み出す。
端末の横についている受話器を手に取る。
「艦長、こちら機関室、イアンです。これが通常の限界出力です。足りていますか?」
『追跡していた密輸船が反転し追撃してきています。例の準光速航行の小艦隊も近い。こちらの準光速航行は計算完了まで一分三十秒です。現状の推力で逃げ切れるかは微妙です』
「機能制限を解除すれば、あと二割は出せるかと」
『やってください。こちらでは強引な手法を選べるか、検討します』
ヨシノ艦長の返答が即答だったのが、逆にイアンを冷静に、そして大胆にもさせた。
受話器を置いて、イアンは身分証のカードを取り出し、端末に差し込む。画面に、認証したという表示が出る。
彼は素早く循環器そのものの出力を上げた。安全装置が解除されている。
毎秒百五の脈動はあまりに激しく、機関室自体がギシギシと軋んだ。
常に様々な数値を監視し、的確な対処をしないと、このままチャンドラセカルは内側から吹っ飛ぶだろう。
艦内放送が流れる。
準光速航行を緊急起動する、衝撃に備えろ、というものだった。これがヨシノ艦長の強引な手法なのだろう。
次の瞬間、イアンは不意打ちの衝撃で椅子に叩きつけられ、短い時間、気を失っていた。
意識がはっきりすると、循環器は緊急停止しており、周囲は非常灯だけになっていた。どこかで燃料液がうねっている音がした。
のろのろと、椅子から転落して床に倒れていたのを、上体を起こしたイアンの手が端末の受話器に伸びた。
(続く)
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