5-3 新造艦を作り上げろ
◆
火星の人造衛星で、コウドウはその艦と対面した。
まだフレームしかないような状態だ。組み上がっている部分が、まだバラバラになっている。作業員が作業しているが、少数だった。
「情報管理のために、人を大勢は雇えないのです」
申し訳なさそうなヨシノに、そこは機械を使えばいいさ、とコウドウは応じておいた。
循環器そのものも最新型で、しかしこの循環器が、艦全体に張り巡らされた血管に燃料液を巡らせた時、まったく新しい現象を生み出すことになる。
それからヨシノ、イアン、コウドウで、スネーク航行の実際に関して、徹底的な議論と、徹底的なシミュレーション、細かな仕様変更や、実際に模型を作っての実験と、休みのない日々が続いた。
いつの間にかコウドウは酒を飲む頻度が減り、食堂や酒場に行くよりも、日が経つごとに形になっていくミリオン級潜航艦があるドックか、計算室にいることが多くなった。
人造衛星に到着して四ヶ月後、やっと新型装甲の試作品が送られてきた。
「こいつはまずいな」
新型装甲のスペックを見て、思わずコウドウが呟くと、そうですね、とヨシノが困ったように笑った。
「こちらの要求が伝わってないのか?」
「これが限界ですよ」
ヨシノの言葉に、コウドウは唸るしかない。
ここまで三人で、スネーク航行の実際を詰めていて、それに合わせて循環器の設定と、血管の経路や密度も計算していた。当然、新型装甲も重要な要素なので、設計段階でのデータを加味して、艦全体のバランスを頭に置いて、発注していた。
しかし実際に装甲が来てみると、こいつがとんでもなくエネルギーを食う。
三つのモードを持つという特殊装甲で、画期的ではある。
中でもシャドーモードと呼ばれる、艦を隠蔽させる状態の装甲は、潜航艦というものの概念を変えるような、画期的な仕組みだ。
ただ、シャドーモードはあまりにエネルギーを食う、食うどころか食いすぎて、食い尽くしそうだ。
「全体を見直しましょうか」
ヨシノの一言で、仕事はおおよそやり直しになった。
循環器そのものはすでに試作機が出来上がっている。大きさも出力も、限界まで研ぎ澄ませてある。これを積み替える選択はない。
なら、燃料液を流す血管を増やすしかない。
三人で設計を見直しつつ、新型装甲がどれくらいのエネルギーを要求するのか、その総量も改めて計算し直していく。
循環器システムは血管を伸ばせば伸ばすほど、その血管を液体燃料が流れることで生じるエネルギーが増える。
一方で、そのエネルギーが大きければ大きいほど、管理が難しくなり、悲惨な事故を起こす。
コウドウは繰り返し、艦が被弾した時の可能性を主張した。ヨシノはミリオン級潜航艦が発見されることはない、と主張しつつ、流石に絶対に見つからないと確信するほどの大間抜けでもない。ヨシノは的確に、コウドウの意見を艦に反映した。
血管の配置や長さ、安全装置とエネルギーの管理装置等の設計と計算が終わった頃、やっと新型装甲の完成品が届いた。
ミリオン級潜航艦は、すでに骨格のおおよそが出来上がっている。まるで不思議な生物の骸骨だが、八割はできていた。
そこでコウドウはシュン・オットー軍曹と引き合わされた。
「彼には艦運用管理官をやってもらう予定です」
そうヨシノが言うと、若者は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
コウドウは「こっちこそ」と応じただけにした。このオットーという若者は、見るからに才気が滲んでいる、というのがコウドウの見立てだった。いい仕事をするだろう。愛想は悪そうだが、ホストクラブではない。
二ヶ月後、ミリオン級潜航艦は急ピッチで、形だけは完成した。
まだ誰も踏み込んでいない発令所に、ヨシノを先頭に、イアン、オットー、そしてコウドウが入った。
ヨシノが艦長席の横の端末で、一つのボタンを押す。
「セイメイ、聞こえますか?」
メインモニターが灯り、「聞こえています、用件をどうぞ」という表示があった。音声はまだ登録されていない。
艦の運用に積極的に関与する電子頭脳のことは、コウドウはよく知っていた。これまで、この場にいる四人で、この電子頭脳に様々なことを教えたのだ。
ヨシノがセイメイに艦の状態をモニタリングさせ、何も問題ない、という返事があった。まだ音声出力ソフトを入れていないので、文字で表示してくるが、男の声がイメージできた。
艦を降りて、四人で出来上がったばかりのその巨体を見上げた。
「乗組員はどうするんだ?」
コウドウが尋ねると、イアンが頷いて返事をする。
「連邦宇宙軍の中でも、優れた技能の持ち主が選ばれている。ただ今、選考の最中です」
「そりゃそうだわな、これだけの艦だ、経験不足には任せられん。しかし何にこんな艦を使う? 誰から身を隠すんだ?」
イアンがヨシノを見て、ヨシノが頷いてから、コウドウを見た。
「この艦は、非支配宙域へ潜入することになります」
その言葉を聞いて、コウドウは「そうか」とだけ答えた。ありそうなことだ。
地球連邦からの独立運動が、土星を中心に加熱しているのは知っていた。そして土星の向こう側はすでに地球連邦の管理下を離れている。
そこを武力で制圧するのは不可能だろう。いや、いずれは可能かもしれないが、その過程で筆舌に尽くしがたい悲惨なことになるのは目に見えている。
そんな事態はまだ先だと、コウドウは見ていた。
今はまず、調査だろう。それも秘密裏にだ。
それにはこの艦はうってつけといえる。かくれんぼと忍足が得なのだから。
「試験航行に同行されますか?」
ヨシノに問いかけられ、コウドウは「誰が機関の面倒を見る?」と言い返した。
(続く)
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