3-3 お決まりのパターン

     ◆


 索敵管理官であるヘンリエッタの下には通信担当を除いて、二人の伍長が部下としてついて、三人のうちの一人が常に発令所にいる。

 その関係で、偶然にもヘンリエッタはシェリー伍長と食堂で顔を合わせた。

 ヘンリエッタは一人ではなく、三人の女性と一緒で、二人は無人戦闘機の操縦士、一人は医務官である女性だ。

 話題はチャンドラセカルで誰が一番のイケメンか、という使い古された話題で、ヘンリエッタはヨシノ艦長、操縦士の一人であるユーリ・キックス軍曹はオットー軍曹、もう一人の操縦士のアンナ・ウジャド軍曹はイアン少佐、とすでに言葉にしていた。

 なので今、三人がかりで医務官であるルイズ・クリステア女史の意中の人を探り出している真っ最中なのだ。

 遠慮がちにやってきたシャリー伍長を隣に座らせる。

 いざ、誰が好みか、ルイズを除いた三人が食ってかかろうとする寸前に、シェリー伍長が先に口を開いた。

「どうしてマリオン軍曹はこの船に?」

「私?」

 目を丸くするヘンリエッタの周りで、二人の女性は興が削がれた、という顔になっている。その横ではルイズ女史は変化せずにニコニコしている。

 ヘンリエッタは少し考え、真実を話すことにした。

「私がこの船に乗るまで、どこにいたか、知っている?」

「いえ、何も」

「地球の周りに無数にある人造衛星の一つで、書類整理よ」

「書類整理、ですか?」

 さすがにシェリー伍長も不審がっている。それがヘンリエッタには可笑しかった。

「その前は、戦艦の一つで、索敵管理官の上官について仕事をしていて、つまり、今のあなたと同じポジションだったわね」

 それほど昔のことじゃない、よく思い出せた。

 数は少ないが存在する宇宙海賊の拠点を制圧する任務だった。派遣されたのは全部で五隻からなる小規模な艦隊で、その中の旗艦が、ヘンリエッタの乗る戦艦グェンだった。はっきり言って老朽艦の一つで、そろそろ廃棄処分になるはずの艦だった。

 ヘンリエッタの上官にあたる曹長が索敵管理官で、ヘンリエッタと同格の兵士が一人いた。この三人で、交代制で二十四時間、艦の周囲に聞き耳を立てていたわけだ。

 それは艦内時間で明け方が近い頃で、ヘンリエッタが席について七時間が経過していた。

 遠くで何かの音がする、と不意に気づいた。距離を測ってみると、それほど遠くではない。

 いつもの手順で、相手の推進装置の残滓が音に変換されるのを、注意深く聞いた。

 音が、しない。

 相手は艦と言ってもいい大きさだが、推進装置の稼働が全く感じ取れなかった。

 どういう可能性があるか、即座に考えた。その間にも手元の端末には星海図を表示させている。

 どこかの船が燃料切れで漂流しているのか、もしくは無人の観測衛星か何かが迷子になって漂っているだけか。

 それにしても大きさが大きさだ。大きさのノイズだけは、確信が持てた。

 星海図のその影のある地点には、何もない。ただの虚無しかない場所だ。

 ヘンリエッタは思考を続けつつ、とりあえずは上官の曹長を呼び出した。十分ほどしてから、全く整っていない服装で彼がやってきて、不機嫌なのを丸出しにしてヘンリエッタに詰め寄った。

「何が問題なんだ? 推進装置の残滓がないなら、何かの漂流物だろう」

 奪い取るようにヘルメットを手に取ると、彼女の装備を勝手に使ったその曹長は短く目を閉じた。すぐにまぶたが上がり、ヘンリエッタを睨みつける。

「俺の耳でも推進器の残滓が聞き取れない。あれは宇宙ゴミだ。交代は時間になってからだぞ、伍長」

 さっさと曹長は席を離れ、発令所を出て行った。

 その時、艦長は自室に戻っていて、発令所には副長が詰めていた。初老の男で、彼がヘンリエッタに肩をすくめて見せた。どういう気持ちを表したのか、ヘンリエッタには今もわからない。

 交代時間までの残り二時間、ヘンリエッタはじっと耳を澄まして、例の漂流物を捕捉し続けた。

 唐突に、小さな音が耳に届いた。

 あれは、姿勢制御のためのスラスターの噴射音?

 ハッとしたヘンリエッタは、その音が例の漂流物から発せられたものだと、理解した。やはり、漂流物ではない。

「副長」背後を振り返る。「接近してくる物体に注意する必要があります」

「注意?」

 副長が端末のすぐそばに来た。ヘンリエッタは先ほどの音が聞こえた瞬間のデータを参照し、正体不明の漂流物が、何かしらの意図を持っている可能性を提示した。

「しかし推進器もなしに、何をしている?」

「推進器を停止させて、こちらに忍び寄っているのでは?」

 ふむ、と副長は頷き、「ご苦労。あとは、索敵管理官に任せよう」

 発令所のドアが開き、まず艦長が入ってきて、次に例の索敵管理官の曹長がやってきた。今度はきっちりと制服を着ていた。

 先ほどと同じ説明を曹長にしたが、反応は無関心そのものだった。

「疲れているんだよ、伍長。早く休め」

 そう言われて、ヘンリエッタは発令所を出た。

「ま、そういう感じよ」

 そう言って、ヘンリエッタは昔話を終わりにしようとした。

「え? どういう結末ですか?」

 それを言わせるかなぁ、と思いつつ、しぶしぶ、ヘンリエッタは結びを口にした。

「漂流物は、海賊の船で、まんまと近づかれて、こちらは大慌て。例の曹長の判断が批判されるはずが、お決まりのパターンで、例の曹長は軍の高官の倅で、つまり、無敵だった。私が正確な報告をしなかったという判断で、私は現場から放り出された」

 お気の毒、とアンナ軍曹が呟き、グラスを掲げる。ユーリ軍曹もだ。

 シェリー伍長だけがぽかんとしている。

「それで、左遷されていたんですか?」

「そういうことよ。まぁ、あなたも正しいと思ったことを、貫きたければ貫けばいいわ。どこかの誰かの権力で、書類に埋もれる生活をするかもしれないけど」

 アンナ軍曹も、ユーリ軍曹も、ルイズ女史さえも笑っていた。



(続く)

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