2-4 失敗は許されない

     ◆


 マルケスは見るからに苦戦していた。

「援護するべきです、艦長」

 イアン少佐がヨシノ艦長に助言しているが、ヨシノ艦長は黙っている。

 インストンにもよくわかった。

 チャンドラセカルの存在は厳密に秘密にしておかなければ、任務にならない。

 敵性艦を撃沈するにしろ、生存者はいるだろう。彼らは余計な情報を知るものとして、扱いが難しい。

 しかしインストンは、進言することにした。

「援護すべきです、艦長」

 振り返ってヨシノ艦長を見ると、彼はじっとインストンを見返し、黙っている。

 その表情がふと和らぐと、いくつかの指示が出された。

 想像していた返事とは違う。砲撃戦に直接に加わる、ということではないのだ。

 端末に向き直り、敵艦と友軍艦、自艦の位置を把握する。

 ……なるほど。

 インストンはいくつかの手続きを踏み、自走機雷を四つ、放出する。その四つはインストンが設定した座標、ヨシノ艦長が指示した座標へ向かっていく。完璧な隠蔽モードでも、痕跡は残る。

 しかし敵艦が気づくことはなかった。

 彼らが砲撃戦を続けているために、お互いが被弾する度に、大なり小なりの装甲が剥離し、周囲を漂っている。自走機雷がそれに紛れた形だった。また二隻ともが有利な位置に占位したいので、エネルギーの残滓もひどい。

「オットーさん、私の合図で装甲をシールドモードに切り替えます。同時に推進を循環エンジンに戻します、用意してください」

「所属不明艦にチャンドラセカルが露見します」

「援護はしなくてはいけません。それならこちらの艦の能力を可能な限り隠しておくしかないでしょう。いきなり何もないところから攻撃を受けたのでは、こちらにそれだけの隠蔽能力があると暴露しているようなものです。もちろん、現座標にいきなりチャンドラセカルが現れるのも、不自然ですが。オーハイネさん、これから指示する座標へ向かってください」

 艦長の言葉を受けて、オーハイネ曹長が「アイ・サー!」と返事をするのと同時に、艦の動きが変則的なものになる。

 攻撃を叩きつけあっている二隻の間から少し離れた場所まで、チャンドラセカルは無事に移動した。やはり敵艦には露見していない。

「今です、オットーさん。装甲をシールドモードへ、推進器を循環エンジンへ切り替えて」

「了解」

 艦が震えたのは、停止していたエネルギー循環エンジンが起動したからだろう。もちろん、敵にもこちらの艦が見えているはずだ。

「インストンさん、機雷の座標は覚えていますね? エネルギービーム砲で敵艦を誘導してください。できますか?」

 もちろんです、と答えて、インストンは端末からグリップを引っ張り上げる。

 モニターの中には、所属不明艦と、友軍艦のマルケスがかなり接近してそこにある。

 誤射すれば、味方が死ぬ。

 思わず艦運用管理官のオットー軍曹の方を見そうになった。

 問題ない、とインストンは自分に言い聞かせた。

 この船は、このクルーは、信用できる。

 あとは自分を自分が信じきれるか、だった。

 照準を定める。

 インストンは息を止めて、引き金を引いた。

 粒子ビームが二秒、照射される。

 敵艦にも味方艦にも当たらない。何もない空間を焼き払う。しかも、その粒子ビームはかなり威力を落としていた。

 ただ、これで敵もチャンドラセカルにはっきり気づいた。そして所属不明艦はチャンドラセカルを無視できないだろう。二対一なのだ。おそらく、逃げを打つ。

 逃げを打つのが、誤りなのだ。

「さすがです」

 ヨシノ艦長がそう言ったのは、インストンへの言葉だったかもしれない。

 モニターの中で所属不明艦が自走機雷に接触し、爆発の光が膨れ上がる。

 マルケスが追撃し、一方的に所属不明艦を戦闘不能へ追い込んでいく。

「終わりましたね」

 どこかホッとした艦長の声に発令所にいた人員の視線が集中する。

「初めての戦闘ですが、うまくいってよかった。しかしこれが最後ではありませんよ、気を引き締めていきましょう」

 やがて所属不明艦は拿捕され、マルケスとともに宙域を去っていった。

 チャンドラセカルは通常の状態の隠蔽を施して航行を続け、非支配宙域をめぐる任務に戻った。

 数日が過ぎ、インストンがその日の勤務を終えて、部下に発令所を任せて食堂へ行くと、いつかのようにヘンリエッタ軍曹とオーハイネ曹長の顔があった。二人はすでに半ば食事を終えていて、これから発令所へ行くようだ。

「艦長はいったい、どういう人なんだろうな」

 思わずといった様子でオーハイネ曹長が言うと、別にいいじゃないの、とすぐにヘンリエッタ軍曹がやり返す。

「とりあえず、初めての戦いでは及第点だった。民間採用の艦長だって聞いていたけど、肝も座ってるし、頭もいい。問題なしよ」

「不満があるのか? オルドは」

 インストンが訊ねると、オーハイネ曹長はニヤッと笑う。

「いや、ないね。俺も満足した。インストンにも満足さ」

 俺に? と首を傾げると、オーハイネ曹長が相好を崩す。

「良い腕をしている。これからも期待しているよ」

 二人が去って行って、一人で食事を終えると、インストンは自室に戻った。

 下士官のための一人部屋で、狭苦しいが、ベッドさえあれば問題ない。

 ベッドに横になり、フゥっと息を吐いた。

 今でも、あの艦砲を操るグリップを握ると、緊張する。先日の戦闘から何日かが過ぎてもまだどこか、手が、腕が強張っている気がした。

 しかし俺は仕事をしたんだ、とインストンは心の中で繰り返した。

 これから先、まだまだあのグリップを握る場面はあるだろう。

 そしてその時は、絶対に失敗は許されない。

 二度と、許されないのだ。

 緊張の中で、深く息を吸い、細く長く吐いた。

 戦いはまだ、始まったばかりだ。



(第二部 了)

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