1-2 宇宙に起きる独立の気運の危機

     ◆


 外縁宇宙攻性管理艦隊、というのが俺の赴任先で、この管理艦隊と呼ばれる軍事力が必要な背景は、あまり周知されていない。

 準光速航行システムの確立により、人間の活動範囲は極端に広がった。月はあっという間に開発され、火星の開発、木星の開発、そして土星の開発と続いた。

 火星は地表の一部が地球化されたが、木星はまだ地球化の段階には至ってない。先鞭をつける形で人造衛星が複数、建造され、今では十億人近い人間がそこで生活していた。

 それでは土星はどうなったのか、といえば、同様に人造衛星が無数に建造されたが、その中で独立分子が力を持ち、ここに人類史上初めての、惑星規模の独立運動が始まった。

 地球を中心にする地球連邦の国力を前にすれば、土星などちっぽけなもの、のはずだった。

 だが、この独立運動は別の側面も持っていた。

 つまり、土星より太陽に近い範囲こそ地球連邦の管理下にあるが、反対側、土星より向こうは、未開発なのだ。

 それはそのまま、独立派がもしかしたら地球連邦をしのぐかもしれない、という可能性を孕んでいた。

 地球連邦は土星の独立運動をどうにかこうにかなだめすかして、バランスを取っているが、太陽系の土星より外周は、完全に地球連邦の管理下を離れているのは、日を見るより明らかだった。

 その上、一部の民間企業が海王星に設定していた試験的な植民用人造衛星からの通信が途絶えたという報道もあり、土星勢力は否定しているが、こうなれば、誰もがこの土星の向こうが無法地帯だと、認めざるをえない。

 地球連邦は秘密裏に、その無法地帯を再掌握すべく、新しい艦隊を新設した。

 それが外縁宇宙攻性管理艦隊、なのだが、驚くべきことに、艦隊を構成する艦船の数は、三十隻にも満たない。

 これは土星陣営を刺激しないため、という側面もあるのだが、地球連邦議会の一部の小会議では、弱腰だなどと批判された。もちろん、最大与党が黙殺したが。

 というわけで、大衆が知っていることは、土星で独立運動があり、地球連邦はそれに苦慮していて、形だけの軍備を進めている、という程度のレベルになる。半ばオカルト、半ば都市伝説だ。

 俺がこの件に詳しいのは、仕事柄でもあるが、木星の宇宙空港に着くまでの長すぎる時間で、徹底的に資料を当たったからだ。それは局長が寄越した事前学習の資料、様々な報道会社や学者からの情報で、退屈を紛らわすのに最適だった。

 というわけで、俺はヨシノくんとの別れもそこそこに宇宙空港で、管理艦隊の職員が用意してくれたチケットで、連邦宇宙軍のシャトルに乗り換え、先へ進んだ。

 準光速航行でほんの数時間で、そこにたどり着いた。

 管理艦隊のための活動拠点である「カイロ」という名の宇宙基地だ。

 この基地には三十隻の艦船が接舷するポートが用意されているが、そこには今、六隻ほどが見えた。

 そのうちの一隻に強烈に視線が吸い寄せられたのは、明らかに異質な輪郭をしているからだ。

 シャトルの窓に張り付きつつ、あれか、と思わず声が漏れた。

 頭に入れてある宇宙軍の艦船の外見、その形状の中にはない、まったく新しいデザインの艦。

 大きさは平凡だが、全体的に流線型をしており、シャープな印象。

 宇宙船でありながら、どことなく魚を連想させる。それもサメのような攻撃的な印象だ。

 シャトルからはすぐに見えなくなり、シャトルそのものがポートの一つに接続された。

 降りてから身分を確認され、俺は会社で受け取ったパスでゲートを通過する。

 するとそこで初老の男性が待ち構えていた。連邦宇宙軍の制服。階級章は、少佐だ。

「ライアン・シーザーさんですね?」男がこちらに手を差し出す。「チャールズ・イアン少佐です。ようこそ、管理艦隊へ」

「どうも、イアン少佐。お世話になりますよ」

 握手をして、二人で無重力の通路を、レールを走るハンドルを握って進む。

「契約では」俺は先を行くイアン少佐に声をかける。「この宇宙基地に到着したら、すぐに取材を始めていい、ということですが、始めていいですか?」

「どうぞ」

 振り返り、イアン少佐が少しだけ微笑む。

 俺は片手でカバンの中から小さな取材装置を取り出し、自分の襟に付けた。この小さな箱、まるでアクセサリにしか見えない箱には、高精細カメラと高感度マイクが組み込まれている。もちろん大容量の記録装置も。

「宇宙暦一二七年、十月五日、俺はライアン・シーザー」

 声に出すと、先を行くイアン少佐が小さく笑い声をあげる。構わずに記録を続ける。

「宇宙基地カイロに到着した。これから新造艦に乗り込む様子。まだ情報を受け取っていない」

 通路を曲がり、ドアの前でハンドルが停止。勢いを器用に殺しつつ、俺とイアン少佐がドアの前に立つ。

 イアン少佐がドアの横の端末に手を置いて、生体認証でドアを開けた。ドアの表札には何も書かれていない。

 中に入ると人工重力があり、足がピタリと床を踏む。室内は飾り気がなく、人の気配も希薄だ。誰の部屋だ?

「少々、お待ち下さい」

「どういうことです? 何があるのですか?」

 思わずイアン少佐に訊ねると、彼は眉をハの字にしてこちらを見る。

「これから責任者が来ます」

 責任者?

 さっき入ってきたばかりの扉が、急に開いた。

「お待たせしました、ライアンさん」

 そこにいるのは、ヨシノ・カミハラだった。

 しかし服装が例のシャトルの時とは違う。

 連邦宇宙軍の制服。襟章は、大佐だ。

「僕が新造艦、チャンドラセカルの艦長、ヨシノ・カミハラです」

 俺は目の前に立つ青年を、ただ見るしかできなかった。

 冗談、ではないな、どうも……。



(続く)

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