第1話 新しい艦

1-1 木星へ

     ◆


 その話を聞いた時、面白いな、と感じた。

「管理艦隊、ですか。そこで何をすれば良いんです?」

 ユリシーズ通信の火星支局、その中でも、宇宙軍局と呼称される、連邦宇宙軍を取り扱う部署の局長が、俺を呼び出していた。

 初老の局長が、その執務室で頷く。

「言ってしまえば、新しい艦のドキュメンタリーだよ、ライアン」

 俺、ライアン・シーザーは「ドキュメンタリー」とただ鸚鵡返しに口にしていた。

 局長が重々しくもう一度、頷く。

「新造艦が新しい任務に就く。それも秘密任務だ。それを一から取材する。秘密任務だから、公に公開されるのは当分、先だろう。何にせよ、従軍記者にお前が抜擢された」

 そうですか、と応じつつ、頭の中では、新造艦のことを考えていた。

 実はつい二ヶ月前まで、俺は地球上にある、とある企業を取材していた。その企業が新造艦の建造に関わっていることも知っているし、噂では革新的な艦らしい、というのも知っている。

「管理艦隊っていうと、土星の件ですか?」

「おそらくな。まずは木星の近くの基地に向かえ」

 木星までは、準光速航行システムの船で、二ヶ月ほどか。

 詳細な情報はデータを端末で受け取り、各種の保険やら何やらの手続き、重要だろう複数枚の宣誓書と誓約書にサインして、俺はその三日後には火星を後にしていた。

 地球から木星への準光速シャトルに、衛星軌道上の宇宙空港で乗り込んだ。火星は地表の一部が地球化されていて、それが空港からはよく見えた。

 シャトルは小型で、乗客は五十人ほどが乗れるが、空席が目立つ。

 指定された席に座ろうとすると、すぐ隣の席に少年が座っている。彼を見て思わず俺が目を見開くと、彼も気配に気づいてこちらを見て、やはり目を丸くした。

「ライアン・シーザーさん? お久しぶりです」

 少年がにっこりと笑う。ものすごく美形で、少女じみた顔の作りをしているので、笑うとまるで天使だ。

「お久しぶり、ヨシノくん」

 彼、ヨシノ・カミハラとは、まさに地球での取材中に何度も顔を合わせた。

 見た目は高校生になりたてに見えるが、実際の年齢は十九歳。しかし学歴はえげつないことに、飛び級の連続ですでに大学も大学院も卒業し、そのままギニア宇宙科学社という大企業が運営する、特別なエンジニア育成学校に入学していた。もちろん最年少だ。

 俺が取材したのがそのギニア社で、一応、話題になるだろうということで、ヨシノくんの話も聞いたのだ。天才、神童などと呼ばれながら、彼自身は気さくで、寮の部屋を見せてもらったりしたものだ。専門書の中にアイドルの写真集があったりして、それが印象に残っている。

 席についた俺に、「お仕事ですか?」とヨシノくんが声をかけてくる。

「管理艦隊の取材だよ。新造艦のね。きみは何をしている?」

「僕も管理艦隊に用事があるんです。もしかして、ライアンさんは潜航艦の密着取材では?」

 また俺は驚いていた。

 事実、その通りだった。それに彼が潜航艦というワードを口にする以上、彼自身、かなり深く知っていることを意味する。

「どうしてわかった? 新造の潜航艦に乗り込んで、その様子をつぶさに記録する、っていうのが今度の俺の仕事だ。どこで聞いたわけ? ギニア社でかな?」

「それは着いてみればわかります」

 クスクスとヨシノくんが笑う。

 からかわれているのは明白で、ちょっとムッとしつつ、彼の手元にある本を見ると、芸能雑誌だった。

「やっぱり紙の本にこだわっているんだな」

「ええ、やっぱり紙の方が信用できますから」

「船乗りには多いっていうよな。電子データはすぐ消えるとか、迷信だと思うが」

 わかりませんよ、とヨシノくんはニコニコと笑っている。この笑顔を見ると、不快さがどこかに消えてしまう。

 それからしばらく、地球、その中でもアイドルのメッカである日本の東京で活動している、アイドルグループについて二人で話していた。

 客室に、準光速航行に入るというアナウンスがあり、しかし特に違和感もなく、準光速航行に入った。今度は、船内で自由に行動していい、というアナウンスがある。

 ここから先は木星の宇宙空港まで無補給で飛ぶことになるので、閉鎖空間が苦手なものには相当な苦行になる。俺は別に嫌いじゃない。

 俺もヨシノくんも、どちらからともなく会話が終わり、俺はクラシックなアイマスクを装着して、眠りに落ちた。

 目が覚めて、まず腕時計で時間を確認。八時間ほどは眠れたようだ。しかしただの八時間だ。二ヶ月も船の中で過ごすとなれば、時間的猶予は余るほどある。

 隣の席にヨシノくんはいなかった。食事か、運動だろう。

 俺は着替えを手に席を離れ、トレーニング室に向かった。

 三人ほどの乗客がエアロバイクを漕いでいる。ヨシノくんはいない。

 運動着に着替えて、空いているエアロバイクにまたがり、漕ぎ始める。足が疲れたら、今度は上半身を鍛える器具を使う。二時間ほどがそれで潰れた。

 狭いシャワーで汗を流し、食堂へ。ヨシノくんがいた。席の一つで本を読んでいる。

 離れた席に座り、俺は自分の食事を素早くかき込み、客室に戻った。

 疲労感と満腹感を感じつつ、席でしばらく取材目的と取材方針を確認した。

 新造艦による非支配宙域への探査任務の記録を取る。艦内ではおおよそ自由で、特別な立ち入り禁止区域以外は、どこへでも入れる特殊な待遇が与えられる。

 俺が一番、感動しているのは、発令所への立ち入りさえ場合によっては許されるという一文があるところだ。

 そんな経験、できるものの方が少ない。最高機密、口にした瞬間に破滅するような情報に接するわけで、軍は俺を信用したんだろうが、仕事に当たる前に、複数の誓約書にサインが必要だったのもこのためだ。

 新造艦に関するデータは現地で受け取る、となっている。まだ公にはできないということらしい。

 任務自体も秘密任務のままで、俺が今、知っていることは、俺が新造艦に乗り込む、という程度だった。活動する範囲も期間も、現地で通知される。

 何度目かわからない書類を眺めながら、やっぱりこいつは面白いぞ、と考えていると、ヨシノくんが戻ってきた。

「嬉しそうですね」

「まあね」

 俺は端末の機能を切り替え、映画チャンネルを起動させる。イヤホンを耳に突っ込む。

 早く現地に到着してほしいが、この棺桶で二ヶ月はお預けだ。

 ヨシノくんも自分の席で、ほとんどベットのように背もたれを倒して、パラパラと芸能雑誌を見ている。

 退屈な映画が、俺の端末で再生され始めた。



(続く)

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