第60話 失態 3

「ふぅ、中々良い毛皮モフモフだった」

『そ、そりゃどうも...』



 あれから十数分間、俺はアリエルさんに弄ばれ続けた。腹、背中、耳、尻尾。体の至る所あらゆる所へと魔の手は伸びた。初めのうちは多少の抵抗感があったので、4本立ちで堂々たる構えをしていた。それがいつの間にかされるがままに揉みくちゃにされ、気付けば何故か俺も楽しんでしまっていた...。その時には腹を見せるように地に転がっており、慌てて佇まいを整えたのだが時すでに遅し。凶暴な魔物とは思われないだろうが威厳は無くなった。


 ち、ちくしょう!昂ったテンションを抑えられなかったんだよ!元人間としてのプライドがズタボロにされた瞬間だ!悔しさの余りに闇の中へ逃避してしまいたいよ...。


 真に恐ろしいのは俺をその気させたあのモフテク。背や腹部分は激しく豪快に、耳や尻尾と言ったデリケートな部分は優しくソフトタッチに。コチラが嫌がる事は一切せず、どんどんと心地よさに呑まれて言った。アレはやばい。確実にプロの技だ。モフモフを落とす為に培われた秘伝の技に違いない!じゃないと形を取っているだけの似非モフたる俺が、あれ程になる訳が無い。形が崩れなかった事だけが救いかな。


 そんな風に考えながら、そろそろと悪魔アリエルさんから距離をとる。今の俺にとって『オークリーダー』よりも難敵と言えよう。中々やるではないか、この世界の人間め!


 すると、先の光景を呆然と見ていた騎士達から、何やら柔らかい目線を送られる。なんか、凄く微笑ましいものを見ていたような、そんな穏やかな目線だ。


 な、何故だ!?先程までは警戒に染っていただろう!?嫌われるのは勘弁だけど、その目線もなんか嫌だ!こ、こら!「俺も撫でていいかな」って聞くんじゃない!男は絶対にダメ!遠慮なく反撃するぞ!


 と唸ってみたものも、何故か皆の気は緩んでしまったようだ。ちょいと前の下手な動きを見せたら即攻撃、みたいな雰囲気は完全に霧散。今や俺も俺もと手を挙げて迫ってきている。



『やめろ!来るな!絶対に、絶対に触らせないからな!?ヤーメローーッ!!』




 全世界のモフモフ達へ。貴方達の苦労を初めて知りました。私が男だという理由もありそうですが、中々に屈強な男達に囲まれてモフられるのは精神的に辛いですね。まだ女性の手なら許せるのですが、男の手というのはどうにも受け付け難いものを感じます。それでも、何故か。逃げることの出来ない目の奥にある鋭い光を見た気がします。あれを向けられると避け難いですよね。ステータス的に圧倒出来るのですが、危害を加えればその後に問題がありそうですし、逃げるしか道はないんです。その道はとても簡単。なんせ影に潜れますからね。ですが、迫り来る恐怖に狼狽し、私は為す術なくもみくちゃにされました。トラウマです。トラウマになりました。飼われるなら女主人が良いな、という気持ちが強くなった瞬間です。

 最後に、似非モフとは言えモフモフの枠組みに入ることの出来た私ですが、皆に優しい癒し系モフモフには成れないと理解しました。先輩方への畏敬の念を抱いております。



「シャウル殿大丈夫か?目が死んでいるぞ」



 そのアリエルさんの言葉に目を覚ます。はっ!俺は確か男共に襲われて......!気付けばアリエルさんの膝に頭を乗せさせられ、優しく撫でられていた。あぁ、気持ちいい。心が落ち着くなぁ。...はっ!また術中に嵌っていた!?く、くぅっ!今はまんまと嵌っておいてやろう...!



「いや、悪かった。彼らも悪気は無いんだ。ただ、ここ3週間近く癒しが無かったからな。歯止めが効かなかったようだ」

『え、あぁ、そうだったんですね』

「ん?敬語なんて必要無いだろう。そもそも魔物が敬語を使うのか...」



 いや、敬語を使いたくなるさ。だって、目を開けたらアリエルさんの周りには男の屍(死んでない)が3つ、それぞれ地に伏していたんだから。恐らく俺へと手を伸ばしたこの人達を、アリエルさんが成敗してくれたのだ。女性なのに腕っ節が強いなんて頼れる存在だぁ。俺の中でアリエルさんの信用度を上げておく。周りに倒れる3人のは言わずもがな下げておく。



「それにしても、シャウルさん、本当に魔物らしくないっすよね。副隊長の手つきは熟練者のそれっすけど、野生の魔物にゃ流石に抵抗されるでしょうし」

「あぁ。ある程度の知能が有れば危険性は薄くなるのかもな」



 と、気絶させられていなかった騎士さん──確か探知系のスキルを使っていた人──が口を開いた。彼は襲ってこなかったらしい。未だ俺を警戒しているからなのか、様子見をしているらしい。



「彼はエリック。犬の獣人、だったよな?」

「えぇ、そうっすよ。よろしくっすね、シャウルさん」



 あぁ、なるほど。彼は頭に着けていたバンダナをするりと解いた。すると、そこから茶色い動物の耳が現れた。それは獣人の特徴らしく、外見的に彼は犬の獣人という事だ。獣人ならモフモフに反応しないのも納得だ。



『よろしくな。...ところで幾つか話をしたいのだが、良いかな?』

「話を、か。私達も丁度話をしたかったのだ。まだ目的しか聞いていなかったからな」



 いや、それはアリエルさんが俺に襲いかかってきたからで──



「それは副隊長が暴れたからでしょ?」



 そう!そうだよ、エリックくん。俺もそれを言いたかった。怖くて言えなかったけど、代弁してくれてありがとう。君の評価を上げておこう!



「いや、あれは必要な儀式だ。あのおかげでシャウル殿の無害を示せただろう?」



 た、確かに...!そうだったのか。アリエルさんは俺の事を考えていてくれたのか!そうだよなぁ、魔物である俺がそう簡単に馴染める分けないもんな。ああして普通の動物チックな行動と、反撃しない姿を見せれば伝わるってもんだ。その証拠に皆の警戒の目は薄くなった。少しは気を許してくれたって事だ。私利私欲の為にモフってきたと思っていた俺が愚かだった...!



「いや、シャウルさん。騙されちゃダメっすよ......って聞いてないし。ま、いいか」



 何処からかため息が聞こえた気がしたけど、俺はアリエルさんへの評価上げ、及び印象の訂正に夢中で気づかなかった。

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