第59話 失態 2

 油断大敵。



 その言葉を存分に味わった、浴びせられた。接近しても気付かれなかった為に緊張感を無くし、バレないだろうと高を括った。己の力に慢心してしまった。普段なら気を弛めいていたとしても、ここまで注意散漫になる事は無い。それは命の危機にあるだとか、弱肉強食の自然界に居るからだとか、そういう理由に近いだろう。ただ言葉を話す人間が近くに居る、その事が前世の平和な雰囲気を作り出していた。勿論彼等はこの世界で魔物達と闘う騎士であり、前世の平和な世界では基本的に見かけない類の人達だ。しかし、長らく人と接していなかった俺にとって、人間というのはその存在だけで温もりを感じる。なんとも言えないが落ち着けるのだ。...前世では人付き合いが良かった訳じゃないのにさ。俺って人間好き過ぎじゃない?


 これは俺が悪い。人間と接する機会を自ら断ったのだ。本当ならピンチの時に颯爽と駆け付けて、えいやぁと救う事で無害を示したかった。しかし現実は巧妙に隠れてストーキングする変態モンスターだ。それもバレてしまって糞ダサい。俺なら信用出来ないね。こっそり後を尾けている時点で信用度ゼロです。


 影から這い出てから、俺に気づき剣を振った騎士──わぁ、よく見てなかったけど金髪赤眼の美女じゃん──と数回会話をする。出来るだけ明るく、人畜無害な雰囲気で。


 ......いや、待てよ。人語を話す魔物って、それだけで怖くね?人面犬みたいな感じでバケモン感あるじゃん。幾ら取り繕っても危険生物のレッテルは貼られるじゃん。タダでさえストーキングしていた変態、というレッテル貼られたのに!明白な害的要素を知らせちゃったよ!


 人間との初コンタクトは大失敗に終わったな。その事を悔やみ落ち込む。先の女騎士──くっ殺見たいなぁという気持ちを抑える──は仲間達と輪になって話し合いを始めてしまい、俺はポツンと懺悔中。警備中の2人に警戒されながらの為、凄く居た堪れない。あーあ、そんなに見つめなくても良いじゃん。なんならスライムになった方が......余計に怪しまれそうだから却下だな。


 話し合いが終わったのか、女騎士が俺の前に戻って来る。目的を聞かれたので正直に答えた。ここにも害は無いよ?ホントだよ?という意を込める。込めまくる。今更無駄な足掻きだろうけど辞めるわけにゃいかないよ。


 その返事を聞き終えた後、後ろの騎士達とアイコンタクトを取った。ふむふむわからん。ただ、信用されていないだろうという事だけは分かった。何か「そんな奴に近づいちゃ駄目だ」みたいな視線を送っている。表情からも不安が見受けられる。残念だがこれは現実だ。この世界で俺は受け入れ難い存在なんだろう。僅かに魔物スライムへの転生を嘆く。


 女騎士さんはまた俺の方に振り返り、意を決したように一言呟いた。



「私達の目的も『オーク』の大量発生を調べる事だ。良ければ協力していただけないだろうか?」



 え、協力しよう?聞き間違えかな?そんな事ない。身体能力が上がった恩恵か、聴力も優れたものになっている。つまり聞き間違えなんてある訳ない。1文字の狂いも無く、彼女の口から出てきた言葉だ。


 え、マジで?マジで!?やらかしまくったから、同行すら絶対に有り得ないと思っていたのに。なんで、どうして。その疑問が頭を埋め尽くす。


 しかし、この機を逃す馬鹿はしない。焦り混乱する頭を無理やり動かし、相手に合わせて名を名乗る。


 俺の、拒絶を受ける覚悟を決めようとする心意気を整える気持ちになろうと考えようかなという思いを胸に抱こうと自分自身に提案する必要性は、無くなったのだ。その事に安心感を覚え────何故こうなった。



 何故なのだろう。俺は今、騎士達の副隊長たるアリエルさん──くっ殺が似合いそうな女騎士さん──にモフられている。 抱き着かれるようにモフられている。モフモフのモフにモフられている。



 ............え?目をまん丸に開けたまま暫くフリーズしてしまった。名乗り終え、よろしく頼むよ的な事を言った後だ。いきなり両手を広げた所までは見ていた。仕方ない、信頼の証明という攻撃なら甘んじて受け入れよう、と目を瞑った。唇を噛み、俺が逆に『くっ、殺せ!』とでも言っているかのような構えだ。いや、協力しようと提案してきたんだし、殺す事はないだろう。言ってみたかっただけだよ。


 近づく気配。目を開けずとも気配だけで位置が分かってしまう己の能力に感服する傍らで、そうら来たぞと身に力を込める。しかし襲ってきたのは想定していた何らかの武力による洗礼──ではなく、力強くそれでいて優しさのあるハグだった。もしゃもしゃと体を触わり撫でられるとは、予想だにしない攻撃だった。


 いや、ね。そりゃ、今の私ゃモッフモフの影狼シャウルですよ。敵意もないと言いましたし、争う気もありません。そちらに私の意図が伝わったのなら結構です。撫でたくなるのは分からなくもないでしょう。ですが、それは普通の動物にしてください。人間に対して害意が無いとは言えこれでも魔物ですから、無用意に撫でたりしないで──あれっ、なにこれ、結構気持ちいいじゃないか。感覚なんて無いと思ってたのに、何だこれっ!?久々の人肌を感じるぞーっ!スライムなのに、スライムなのにぃっ!気持ちぃぃっっ!!



 悲しい事に理性は飛んでいた。

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