第58話 失態

 騎士8人が『オーク』の拠点と思われる遺跡へと侵入した。古びた、苔や蔦がびっしりと纏わる入口を潜り抜けた前2人の足取りは中々軽い。肝が座っているのか、それとも早く終わらせたい一心なのか。もう少し躊躇いを持った方が良いと思う。多分戦力的には上の俺ですら迷いなく進むことは出来ないのに。いや、俺がビビりな訳では無い筈だ。彼らが持ち合わせている蛮勇が凄まじいだけ。


 潤沢な魔力をいい事に、俺は幾つかスキルを重ねがけしながら騎士たちの後ろを歩く。これだけのスキルを使用していればバレる事無く追跡出来るだろう。ほんと、気付かなさ過ぎて怪しんじゃうくらいだ。


 会話を聞いていれば──《言語理解》の効果であろう、こちらの世界の言葉は日本語では無いのだが、意味として頭に入ってくる──騎士の内1人が探知系のスキルを所持しているらしい。なんかプライバシー的に《鑑定》していないから確かではないけれど、ほぼ間違いなく、その系統のスキルを所持している。彼を中心に魔力の波みたいのが放たれ、その反射で把握しているのかな。それは俺が以前に開発した魔力波探知に似ていた。アレとは違い薄い魔力であるため他の魔物──『オーク』しか居ないけど──には気付かれていないようだ。


 また、何気に初めて魔法を見た。詠唱自体は小声で聞き取れなかったが、何やら意味のある言葉と魔力で魔法を行使するらしい。ちょっと興奮した。その興奮を失せさせたのが煩い野郎の命令だった。もう少し声を落とせよ、馬鹿野郎。


 臆すことなく進んでいく姿は勇猛果敢と言えるか。それでもトラップみたいなものは無いのかな。俺はそういう所を気にしちゃうから人が踏んだ所しか歩けない。流石に古びた遺跡にそんなものないか。あったら住居としては無能だろうし。...いや、防犯としては使えるのか。


 さて、暫く歩くと《気配察知》で前方に一体『オーク』を見つけた。そいつとの戦闘で力量が測れるだろう。期待しながら見ていこう。


 接敵。素早く動いた2人が『オーク』の目と腹を斬る。2人とも中々の速度で動いていた。訓練された騎士、まさにその姿である。あれを対処出来るか脳内でイメージ。うん、躱せそうだ。なんなら《硬化》で耐えられそう。速度に於いては俺の方が上だし、襲われても対応は可能かな。


 人間の強さがこれくらいなのかな。前世でなら見切れる事も出来ないだろうし、腕力だって並の人間を凌駕している。身体能力が強化されていることに疑いはない。が、魔物と闘うには少々力不足だと思う。技術で補うには補えると思うが、限界がある筈だ。せいぜい、『オークリーダー』くらいしか倒せないのではないか。


 人間の強みは技術と連携、なのかな。魔物は基本的に単独行動──と、俺は勝手に思っている──だが、人間なら徒党を組んでチームとして狩りに行ける。それを強みとするにしても、ヒーラーやタンク、ダメージディーラーなどの役割を作った方がいいのではないか。ここが狭いからなのか、戦闘は毎回前方にいる2人。今はまだ余裕そうだが連戦はキツイのでは?戦術なんざ知らないけど、ただ真っ直ぐに闘うのは魔物がする事だ。もう少し、考えてみてもいいのじゃないだろうか。




 ※ ※ ※




 暫く戦闘、移動、戦闘を繰り返す。どれも安定した勝利であった。流石に疲労があるのか入れ替わり等で体力を繋ぎ、どうにか無傷で済んでいる。元人間としてピンチになったら助けようかと思っていたが、杞憂に終わったらしい。


 順調に進んでいると思ったのはかんちがいだったようだ。潜入から小一時間して、行き止まりにぶち当たった。《夜目》の効果で騎士達よりも早くそれに気づき、こっそりとため息を吐いていたり。


 部屋のようなものならまだ進展があるのだが、ここは本当にただの行き止まり。埋め立てられた感じじゃなくて、そういう造りらしい。ビシッと壁で塞がれていた。何処かに隠しスイッチがあるのかも、と思ってしまうのはファンタジーに夢見すぎかな?


 別れ道が何ヶ所かある事から入り組んだ構造のようだ。これは、厄介だな。誰かマッピングとかしてないの?してないよなぁ。迷ったら抜け出すのも大変だぞ。俺だったら壁や床を溶かして進むけど、普通ならそんな恐ろしいことしないだろう。倒壊したらどうすんの、だよな。俺は分体だから生き埋めにされても、まぁいっか、で済ませられるから...。


 なーんてことを考えながら、引き返すのかと待っていた。が、どうやら此処で休憩をするらしい。そりゃ魔物と違って人間には休息が必要だもんな。この1ヶ月で随分と感覚が魔物のそれになってきていた。基本的に飲まず、食わず、休まず、寝ずに行動出来るから。精神的には辛いけれど肉体的には余裕なのだ。


 まぁ、ちょっと人間離れしていても仕方ないよな。人間じゃねーし。と自分を説得してから、俺も休ませてもらうことにした。と言っても、本体の警備の為に起きてなきゃいかん。分体の活動を停止させるだけだ。


 分体を壁際に潜ませようとした矢先、不穏な言葉が聞こえてきた。え、魔除け魔道具?何それ、魔除け魔除け......魔物除け?......俺じゃん!?


 思わず声が出てしまったけどバレはしなかった。凄いぞ隠密系スキル。不審に思った人も居たが、気の所為かと無視された。良かった。けど、魔除けってどうなるんだろうか。


 少しドキドキしながら、その魔除けの魔道具が発動される時を待つ。そして、何やらカンテラがぶら下がった棒、のようなものを地面に打ち込んだ。それが魔除けの魔道具なのだろうか。カンテラ部分から仄かに灯りが漏れ出ているが、俺には何ら影響は無い。なんだ?ありゃ違うのか?


 そんな俺の疑問を加速させるかのように、次は直方体の青い箱を取り出し地面に設置した。なんじゃそれは。えいやぁ、《鑑定》しちゃる。




『魔道具:清浄』

 魔力を消費して一定範囲の空気を生物が活動出来るものに変える。

 小魔石3つで約1時間使用可能。




 ...マジで出来た。って、今ピロリンとなったって事は、レベルが上がったってことか!?条件なんだよ!?魔道具を見ることかよ!?


 と、少しの事で騒いでしまうのは寝不足のせい。俺は悪くない。悪いのは全て『オーク』共だ。


 気を落ち着けてからまた注視する。同じ情報が浮かび上がった。なになに、空気清浄機、とな。あれか、毒や瘴気対策、ってことか。確かに何があるか分からんもんなー、こんな古びた遺跡ってさ。俺は感じないけど空気が悪かったのかもね。


 と思っていたら、焚き火を始めるではないか。なるほど。そういう為か...。いや、そりゃ重要だけど、あまりに現実的過ぎてガッカリだ。てっきり酸素無くても生きていけると思っていたよ、この世界の人間は。


 食事の準備を始めていた騎士達から、あのカンテラへと目線を移す。そして《鑑定》。




『魔道具:魔除け』

 魔力を消費して一定範囲に結界を張る。

 下位の魔物を寄り付かせなくする。

 中位の魔物を寄りにくくし、範囲内では能力を低下させる。

 小魔石5つで約1時間使用可能。




 なるほど。こっちが魔除けだったのか。俺は中位の魔物判定だから、寄りにくく能力は低下するという事なのか。確かに体が重いような......いや、気の所為だ。


 設置した騎士がコロコロと入れていたもの、あれが小魔石なのだろう。『オーク』のものより2回り程小さく、放たれる魔力もかなり弱い。確か『角兎ホーラ』もあのサイズだったな。


 そうして魔道具の《鑑定》を一先ず終え、ある欲求に駆られる。



 人間を《鑑定》してみたい。



 さっきは魔道具でレベルが上がった。なら人間を見ることでレベルが上がるかもしれない。確証は無いが、無いことも無い。条件なんて分からないから。それに、騎士達のステータスは見ておいて損は無い筈。最近分かったんだけど、格下ならステータスを覗ける。同格では魔力を消費して無理やり見ることも出来た。


 あー見たい。見たいなぁ。ちょっとでいいんだよォ、ちょっとでさぁ。......変態か。



 そう。俺はこの時油断していた。他人のステータスを見たい、けどそれは人としてどうか、いや人じゃねぇ、でもさぁ、と。完全に油断していたのだ。ちょっとずつ寄って行ったのも間違いだった。よく会話が聞こえる位置に居たかったから。



 だから、突然「スライムを食べたい」みたいな発言聞いたら吹いてしまっても仕方ないだろう。



「......ふむ。気の所為か。それはそうだよな。にしてものなど居ないよな」



 それからそんな言葉を聞けば、動揺してしまうのも仕方ないだろう。



 俺が居る場所目掛けて鞘付きの剣が振り下ろされる。うわぁ、速い。何がって?俺に気付いてから抜き、振り下ろすまでの思考速度がだよ!


咄嗟に影の中へと潜り込み剣から逃れる。だがもう駄目だ。確実に気付かれた。気づかれないだろと油断し過ぎていた!ありゃフラグだった!



「貴様の存在には気付いた。姿を現せ!現さなければ敵と見なし、攻撃を開始する」



 ははは、やべー、バレちまった。


 俺は影の中で泣いた。

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