第57話 そうだ、オークの拠点へ行こう 5


「俺は......戦いたくないっすね」

「そうか、私も反対だったんだ」



 エリックが俯き気味に答える。気配を読む事の出来るエリックは気付いていた。私も勘だけは良いからな。勝てない敵というのは、直感で分かるものだ。それが僅差というのならまだ闘う意志を持てただろう。しかし、彼我の差は歴然であった。シャウル殿には、私達が逆立ちしても敵わないだろう。



「副隊長が言うってことは...」

「あぁ、あの『シャドウウルフ』を討伐するなら、私達では役不足だ。元々、知能を持つ魔物と闘う時、ランクを二段階上げて考えるのが通例だろう」



 今回ならD+の『シャドウウルフ』だが、ランクを上げてCクラスの魔物と思って闘うべき、という話だ。知能があると言うのはそれだけで厄介なもの。そこに戦える力があれば非常に危険だ。


 さて、あの『シャドウウルフ』を見てみよう。あれが知能のある魔物、とそんな低い括りに入るものか。少なくとも人並みの知能を有しており、また戦闘能力自体も中々良い。嫌な予感だが、固有スキル──稀に発現する希少なスキル。大抵が強力な能力で100万分の1という確率らしい──を保持している。私達では到底及ばない格の魔物となっているのだ。


 そう説明すると、何処か不満気な表情を作られた。『シャドウウルフ』如きに警戒し過ぎでは、尚更此処で仕留めるべき、被害が出る前に潰すべきだ、と。



「無理っすよ。知能がなくても......いや、知能があるからこそ俺たちゃ生かされてんすよ。あのシャウルと名乗った狼が持つ魔力、なんで気付かなかったんだと思うくらい膨大なものです。アレを相手するなら『オーク』100体と殺りあったほうがマシだと提言するっす」



 私の説得に根拠を加えるよう、エリックはいつにも増して真剣な声質で訴えた。その言葉を黙って聞いていたが、ようやくあの者へと抱く警戒心を高めたようだ。疑心もあるだろう。エリックの発言は信じるに難しい内容だ。私とて、この勘が無ければ信じられない話である。何せ所詮は『シャドウウルフ』。群れを成してその連携プレーが厄介なだけの魔物である。単体ではそれ程厄介な魔物でない。そんな『シャドウウルフ』、シャウル殿に恐れを抱けなんて、受け入れ難い話であった。



「そうだな。とりあえず、シャウル殿の目的を聞いてみようと思う。それから対策を考えるべきでは無いか?」



 まだ迷う仲間達に、シャウル殿への敵意を無くして欲しい。私とて魔物を信じる気持ちにはなれない。だが、直感が訴えているのだ。この先に待っている嫌な予感。それを打破する為にはシャウル殿の存在が不可欠だ、と。私は長年付き合ったこの直感を信じている。


 私1人でシャウル殿に向き直す。剣は腰に戻し、なるべく害は無いよう振る舞う。シャウル殿からは魔物特有の敵意は感じられない。どうやらシャウル殿の方が冷静に私たちを見ているようだった。



「すまなかった、シャウル殿。こちらの話は纏まった」

『ん?そうか』

「だが、我々は貴方への接し方が分からない。だから、一先ず目的を教えて欲しい」



 シャウル殿の目を見て、真っ直ぐに質問をした。こちらを見返す吸い込まれるような銀色の瞳に、私は思わず後ろに下がりかけた。『シャドウウルフ』は黒い体毛に赤い瞳が特徴だったはず。やはり希少種か何かなのだろうか。


 そんな疑問を抱く私には気付かず、シャウル殿が言葉を返す。



『目的か?それは、『オーク』が俺の住居を荒らしてくれやがってね。ちょっと辞めて欲しいなぁ、と訴えに来たんだ。無理だったら力ずくにでも止めるつもりだけど』



 それを聞いて安心した。私達と最終目的は同じだ。どうやらシャウル殿としては穏便な解決を望んでいるらしい。が、魔物がそんな話に乗る訳が無い事は知っている。確実に交渉は決裂。戦闘へと発展する。


 いや、魔物同士が討ち合えば良いと思っている訳では無い。ただ魔物は人間より圧倒的に強いのだ。私達は人間の中では強い分類に入るだろう。騎士として戦う術を学び、日々研鑽を続けている。しかし、それでも魔物達の中では下位もしくは中位の分類となってしまう。根本的な能力が違い、保有するスキルが違うのだから。


 もし、シャウル殿のような魔物が人間と敵対していた場合、その一体の力で一国が滅びかねない。シャウル殿の特技は隠密だと考えているが、少なくない攻撃力も持ち合わせているはずだ。そんなものが野に放たれ、人間に牙を向けたと考えると......恐ろしくて堪らない。


 この先に居る魔物は人間の手に余る。少なくとも今居る我々だけでは太刀打ち出来ない力を持っている気がしてならない。我々の目的は危険の排除。しかし、生きて帰りたいという気持ちはやはり強い。野生の魔物と言えど、力を有する味方は心強かった。



「私達の目的も『オーク』の大量発生を調べる事だ。良ければ協力していただけないだろうか?」

『ん?良いのか?俺は魔物だぞ?後ろの方々はあまり友好的じゃないみたいだし...』



 私の後ろに居るエリック含む4名は、未だにシャウル殿との距離を測りかねている。まだエリックはシャウル殿の力を理解しているので敵意こそ見せてはいないが、傍に居ることに躊躇いはあるのだろう。


 しかし、だ。私としては打算的にも、シャウル殿とは良好な関係で居たかった。



「そうだな。確かに魔物は人間の敵だ。しかし、従魔という存在があるように、人間に味方する魔物だって居ると、私は思っている。シャウル殿もそうなのではないか?」

『ん〜、そうだなぁ。......俺としてはその従魔?になるまでは大人しくしようと思ってたんだけど、そっちから提案されたなら受けようじゃないか。良いぜ、協力しよう』



 と、少し悩む姿を見せた後に色良い返事を頂けた。誰にも気づかれないよう静かに胸を撫で下ろす。


 そして右手で左胸に手を当て片膝を着く。



「アリエル・ウィルバートだ。よろしく頼む」

『おう、シャウルだ。暫くの間よろしく頼むよ』



 こうして私達とシャウル殿との、一時的な協力関係が結ばれた。

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