第56話 そうだ、オークの拠点へ行こう 3
押し黙ってしまった私を見て、エリックはそれに、と言葉続ける。
「パン以外の保存食を食い散らかした隊長に文句言ってくださいよ。あのせいで俺達も苦しんでるんすから」
その言葉を聞き、非常に耳が痛い思いがした。思い返せば思い返す程、エリックや仲間への申し訳なさが胸中を占める。それはそう、この探索が始まった初日から悲惨だった。少しだけ用意されていた甘味を貪り尽くし、その他の保存食から順に食らっていった。
今回結成された探索隊の騎士の内、私と隊長を除く者は平民上がりの者達だ。それ故に隊長の暴挙──エリックが言った事──に口出し出来なかったのだ。唯一口出し出来る人間であった私だが、私には他人に強い口調で話すのが苦手であり、説得することが出来なかった。
まぁ、エリックはあまり私を責めている訳では無い。エリックとは少し長い付き合いとなる。私の性格を多少は理解している筈だから。これは嫌味に過ぎないのだ。私が「飽きた」など軽々しく言ったがための。
「それは...本当に申し訳ない。せめて道中でスライムを見つけられたら良かったんだけどな...」
「副隊長......スライムは食えるんすか」
「うむ。スライムは甘くて美味しいからな!私も好物だ」
その時、直ぐ近くから『けふんけふん』と小さく咳き込む音が聞こえた。可笑しいな。辺りを見渡すが私たちの傍には誰も居ないはずだ。仲間達は少し離れた所で各々が休息を取ったり、寝てしまった隊長の代わりに片付けをしたり、通路の警戒をしたりとしている。
近くに居るのはエリックだけ。だと言うのに、何故?そこから導き出される答えは一つ──
「......おい、エリック。この空間に私達以外の気配はあるか」
声を低くしてエリックへと訊ねる。エリックもエリックで何かに気付いたらしい。気配を探ることの出来るエリックなら、私達が抱いた疑惑の正体を暴けるかもしれない。
「いや、無いっすよ。俺も薄々怪しいなとは思っていましたけど、気配自体は見つからないっす」
「......ふむ。気の所為か。それはそうだよな。
私が意味有りげに言葉を呟いた瞬間。焚き火を挟んだ反対側に何かがぼんやりと見えた気がした。そうか、
相手は焦燥により発動させていたスキルが不安定となったのだろう。エリックの探知を潜る程のスキルである。中々の使い手であろう。
ふむ、慌てた事で剥がれたと言うなら、私の言葉が分かる存在という事か。しかし、ぼんやりと見えた影からしてかなり小柄だ。子供でもない、どちらかと言えば獣の大きさであった。
そこで更に疑問が浮かぶ。野生に暮らす魔物が人の言葉を理解できるとは思えない。何者かの従魔か?確かに従魔であるのなら多少は人の言葉を理解していたり、従魔に自分の意識を乗り移すことが出来るスキルもあったはず。
従魔と仮定して、誰の差し金だ?この任務は秘匿されている訳では無いものの、一般人なら知る由もないもの。たまたま冒険者が森を歩く我々を見て追跡させたか?それにしても意味が無い。冒険者なら私達に付けるくらいなら、勝手に探索した方が早いはずだ。ただでさえ中々の隠密スキルを会得しているのだから。
いや、待てよ。私達は魔除けの結界を張っていたんだぞ?アレは高位の魔物にこそ効かないが、中位の魔物なら退けたり能力を低下させたり出来るはずだ。高位の魔物を従魔に出来る訳が無い。なら中位以下の魔物であるが、低下した能力だと言うのにエリックや我々の目を欺いていたのか。
.........分からないな。勘は良いがあまり考えるのは苦手なんだ。
考えるより、動く方が好きなんだ。
隠れる者のスキルが完全に発動するより早く、腰から鞘ごと引き抜いた剣をそこへと叩きつける。万が一殺さないよう鞘付きで殴ってみたのだが、手応えが無い。剣速には自信があったのだが躱したのか。
私の動きに気付いた仲間達は何も言わずに剣を抜き、臨戦態勢を整える。訓練された騎士として、良い反応だと賞賛していいだろう。
出口は2人が、隊長の側に1人、私とエリックが消えた者が居た場所を警戒、残る2人で空いたスペースを埋める。
「貴様の存在には気付いた。姿を現せ!現さなければ敵と見なし、攻撃を開始する」
攻撃するなんて嘘八百。見つける事すら出来ていないのに、攻撃なんて出来るわけが無い。しかし相手が知能ある者なら分かってくれるはずだ。相手もこちらに害があるようには見えなかった。
『あー、分かった。姿を現すよ......攻撃しないでくれよ?』
「ふむ、懸命な判断を有難う」
随分と通る、高い声が返ってきた。この声はちょっと前に聞こえた幻聴にそっくりだ。どうやらその者が漏らした声だったか。
これで確定したな。従魔士の魔物だったか。言葉を話すということは、精神を移すスキルを使っているだろう。説得出来そうで何よりだ。
そして私が睨み付けていた場所──焚き火の灯りで作られていた私達の影──から、ぬっそりと1匹の黒い狼が現れた。中位の魔物、『シャドウウルフ』だ。
保有スキルは今みたいに影に潜ったり操ったりとするもの。従魔にし易い方ではある、か。
「貴様の名はなんと言う」
『えーっと、その...名前もない野生の『シャドウウルフ』でーす......なんつって...?』
「.........なに?」
おっと、何時もより低い声が出てしまった。あまりに理解し難い内容だった為に、根本から理解を拒んでしまったようだ。
『あ、あぁ!呼びにくいなら略称としてシャウルで良いぜ!...俺としてもそっちの方が騙している感無くて良いからなぁ』
と、私が聞きたい事とは別に、何やら1匹でボソボソやっている。やはり害はなさそうだな。こちらも剣を下ろしていいだろう。私の勘はよく当たるからな。
「ふむ...ではシャウル殿よ...先程言った野生の、という事は従魔で無いと、そういうことか?」
『従魔?...それってあれか。テイムされた魔物って事か?』
「あぁ、そういう事だ」
凄いぞ、私。理解こそ拒んでいるが会話出来ている。自称野生の魔物と、だぞ。魔物にはあまり知性が無いと言われており、人の言葉を理解出来る魔物はそれこそ高位の、一握りの魔物しか居ない。その上で会話を成立させるとは、この狼中々知性が高いようだ。
まだ、現実として受け入れる訳にはいかないが。
『なら正真正銘の野生だ!生まれてこの方、人間と会って無かったしな』
「ふむ、そうか...そうか。よし、少し待ってくれ。頭を整理させる時間を欲しいんだ」
そう言ってから仲間達を収集した。入口を警備する者を除いた5名で円陣を組む。
「本当だと思うか?」
「いやぁ、嘘だと思いたいっすけど、嘘つく理由も無いじゃないっすか。野生の魔物って、基本的に討伐対象っすよ?それ知ってる従魔士なら偽る訳ないっす」
「俺もその点には同意だ......と言うか、アイツ何時から居たんだ?全然気付かなかったんだが...」
「確かに害は無さそうですが、魔物である事に変わりありません。即刻討伐すべきです」
「そうだなぁ。あんな気配を絶てる魔物が居るって知っちまったら、まともに眠れねぇよ。俺も殺るにさんせー」
「俺も、討伐に賛成だな」
彼の正体は直ぐに認められた。本当に、知能が高い野生の『シャドウウルフ』なのだろう。そこそこ柔軟に受け止められたと思う。しかし、3人の意見としては討伐か。確かに、いくら無害に見えると言えど、絶対とは言いきれない。こうやって人を騙して襲ってくる算段なのかもしれない。そう考えるのは当然だ。
「俺は......戦いたくないっすね」
「そうか、私も反対だったんだ」
エリックが俯き気味に答える。気配を読む事の出来るエリックは気付いていた。私も勘だけは良いからな。勝てない敵というのは、直感で分かるものだ。それが僅差というのならまだ闘う意志を持てただろう。しかし、彼我の差は歴然であった。シャウル殿には、私達が逆立ちしても敵わないだろう。
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