第4話角兎 2

 さぁ、困りましたよ。


 ってことはですよ。スキルがわからないということですよ。つまりは、まさかの素殴り?......いや、ってさ。拳、無いよね、俺。どないすんけぇ?移動に使ってると思われる念道力的なにかで闘えるのかえぇ?



 試しに目の前に転がる石に向けて意識を向ける。持ち上げようと、それに力を入れてみた。どちらかと言えば持つ感じ。それでできるはずなんだ。



 しかし無反応。虚しさだけが巻き起こる。...いや、代わりと言っちゃなんだが、『石』という鑑定結果が見れた。勿論それだけ。それ以上の反応はない。微動だにしなかった。


 おーっとぉ。何か別のスキルがないと、戦闘なんて無理不可能だぞ?なーんも出来なくて負けて死ねるよ?



 さぁ、考えよう。俺に何が出来るか。




 逃げる!




 くらいしか無くないか?



 うん、そうだよね。流石の男にだって、逃げる時くらいあるってモンさ。闘う覚悟はできていなかったようで。



 ははは...前言撤回、二言あり。俺は後退を開始した。



 すると、俺がビビっていることを察したのか。それとも俺に戦う術が無いことを察したのか。ベイビーホンラビットはじりっと、俺に近寄ってきた。



 ──これは拙いぞ。



 なるべく刺激しないように、俺は更に後退する。


 それに合わせてヤツは近づいてくる。生やす角をコチラに向けながら、まるで突っ込んでくる体勢だ。



 な、なんだよ!闘る気満々かよ!?ふっざけんなよ!こっちは撤退を決めたんだよ!!辞めてよっ!ベイビーなウサギだろぉっ!?お前ぇぇっ!!



 悪態を付きながらも俺はヤツから目を離さずに、今度は斜め後ろ右に動いていく。もしヤツが突進を考えているのなら、直線方向で逃げるのは拙い。なら、斜め後ろに動くのがいいと思う。


 前方以外の警戒なんてする余裕はない。目の前のベイビーホーンラビット一匹にさえ手が一杯──腕は無いけどね──だと言うのに、他のことに意識を割けるかっての。



 と、考えながら後ずさりしている最中に、ベイビーホーンラビットが動き出した。



「ピュイッ!」



 鳴き声を上げながら突進を繰り出したのだ。



 ......あ、あれ、割と遅い。


 想像していたものよりも遅かったことと、横に移動していたことが幸をなして、突進攻撃を簡単に躱すことが出来た。ふっ、これが頭脳戦ってもんよっ。...ショボッちぃけど。



 さて、と。思ってたより闘えそうではないか?


 俺は直ぐにベイビーホーンラビットから距離を取り、現状をもう一度確認していく。


 避ける事が出来ると分かった。なら、その空いた横っ腹にコチラも突進をかますことくらいなら出来るのでは?


 俺の中に闘う意思が再熱する。...まったく都合の良い野郎だぜ。



 もう一度、ベイビーホーンラビットとの睨み合いが始まった。その間俺はヤツを中心に円を描いて動く。先程のように、直ぐに回避行動へと移れるようにするためだ。




 睨み合いは数分続いた。...長いよ。さっさとかかってこいよ。俺、お前の周り3週目よ?ざけんな。


 ほれかもーん。かもーん。さっきと言っていること違うけどかもーん!



 そして、遂にベイビーホンラビットが痺れを切らし、突進を繰り出した!



 その攻撃に対し、俺は横に飛び避け、空いた腹に一撃を入れる、そのイメージを固めた。



 するとどうだろう。今までより更にスムーズに体が動き、想像通りにベイビーホーンラビットへと飛びついた。


 そう、分かるのだ。手に取るように分かるのだ!この体の動かし方が!この体での闘い方が!この体に宿っている未知のスキルの扱い方が!


 飛びついた俺は、己の本能のままに攻撃を開始する。


 殴る蹴るではない。何故なら腕も足もないから。



 ならば?



 見せてやろう。いざ喰らえ。俺の必殺技パート1──



 ──《溶解液ようかいえき》!



 俺はベイビーホーンラビットに絡みつき、体内から溶解液を出した。



「ピュイィィィーッ!?」



溶解液これ》によりベイビーホーンラビットの皮膚は煙を立てて溶けていく。鳴き声から判断するに、それなりの痛みがあるようだ。ダメージ量とかは分からないが、ベイビーホーンラビットを見ると皮膚の下の肉が見え始めている。順調に溶けているようだ。



 ベイビーホーンラビットは痛みでジタバタと暴れるが、絶対に離すものかと俺は更に絡みを強める。それどころか1点に集中して《溶解液》を使っていく。絶命させりゃ、俺の勝ちなんだ。


 俺は更に《溶解液》をベイビーホーンラビットへ向けて......



 ......《》を......



 .........お?ん?よう?ようかい...《溶解液》?は?何故、俺の必殺技が《溶解液》なのや?人間そんなこと出来たっけ?転生ボーナスのスキルかな?


 戦闘に没頭していて直ぐに気づかなかったが、俺がやっている事は人外の成すことだ。少し俺の行為を確認する。


 ...私の体から溶解液噴出して、ホーンラビット溶かしてますやん。取り込んでますやん。なんか食ってますやん。味はしないけど食ってますやん。


 え、人間って、食い物を皮膚吸収出来たっけ?


 ま、まぁ、異世界独特の人種なのかもしれないよね。獣人とかエルフとかが存在すると予想しているから、その派生的に、溶解液を皮膚から放出しながら皮膚で吸収する、という謎生態人種が居たって不思議じゃないよねっ。


 でも、でもねっ。怖いから一応自分の体をよく見てみようと思います。では、行きますよ。



 先ず、四肢が無いんだ。これは、気づいていたことだよね。五体不満足という不幸な体なのかな、とか考えていたけど、だと仮定したらどうだろうか。


 よくよくよく自分の体を確認したらさ。



 いやぁ、人間の体じゃないんやん、これ。



 全然違う肉体ですやん、これ。



 いや、肉体すらないやん、これ。



 形状がね、うん、球体に近いの、これ。



 で、さぁ。少しね、自分の知識を漁ってみるわけよ。



 球体系のなんか、溶解液出しそうなやつ、ないかなーってさ。



 1つ思い当たる訳ね。



 こういう生物ないしはモンスター、いるよね。



 そう、俺が望んだ雑魚キャラよ。



 神様に望んだ、あの雑魚キャラ。



 俺はテイマーになりたかったって言ってたのにさ。



 どうやらテイムされる方になるとはね。



 はぁ、これ、スライムですやん。



 俺はスライムに転生してしまった。

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