第3話 角兎

 .........んでね、この角ウサギ──名称は100%見た目に依るものであり、以下角ウサギ(仮)と名付けて呼ぶことにする──が結構デカイんだよ。大体俺の1.5倍近くあるように見える。


 いや、この世界って巨人の世界だったりします?巨人サイズなんだよね。もしくは、俺が小人に転生したとか?...無いこともなさそうだから、それ以上考えたくないな。


 もふもふの白い毛皮に、クリクリとした目は可愛いらしいというのに、頭部に生やすあの小さな、それでいて鋭そうな角は恐ろしい。なんつー物騒なモンを生やしてんだよ。怖すぎるでしょ?怖すぎるよね?怖すぎるってぇ。


 突撃されてアレに貫かれるとなると、俺の今世もここまでかもしれない。まともに突進を受ければ、貫通までしなくとも、臓器を抉られたりはするのでは?嫌なイメージが頭に浮かぶ。死因はなんだ。兎に臓腑を貫かれました、的な...。ぶるぶる。


 俺の中でウサギは足が速い(というイメージだ)。それは捕食者から逃げるものであると予想出来るので、臆病な性格だと俺は考えている。あながち間違いじゃなかろうか。


 しかし、しかしだ。自分より体の小さな俺を怖がることなんてことあるだろうか?外見的に怖い、と感じるポイントの一つは、やはり大きさである。自分より大きければ怖いし、逃げたくなるのも当然だ。そして現在、体躯の利は角ウサギあちらにある。見た目で怖がってはくれないな。


 ウサギは草食動物(目の前のウサギもそうであると仮定して)だったはずだ。人参が好きな小動物、というイメージ。だから、俺を襲って食おうとなんてしないだろう。だが、自身を害する敵だと認識されたらどうだろうか。これは、このままだと戦闘になる。その場合勝機はあるだろうか。

 

 また頭に過ぎる考えの1つとして、異世界の動物は過激になる、というものもある。それ、もはや魔物じゃねってこと。人を見たら襲う。何が何でも襲う。どんな状況でも襲う。とにかく襲う。襲い掛かる。そういう性格だった場合、目の前に出現した角ウサギ(仮)ヤツは、間違いなく俺に襲いかかるだろう。


 ......なんと言おうか、この気持ち。語彙力を無くして言うなら、まじでやばい、だ。ここまで無駄に思考回路巡らしているけど、それは現実逃避をしたいがため。何処に自分より体躯が1.5倍近くある生命体と、装備無し四肢無しで挑める勇敢な奴がいるのか。いや、現実にはいないっての。


 それに生憎と、俺は前世で格闘技の類に...一切触れた事がない。漫画で格闘技を扱うものを読んではいたが、ここで役に立つものはあったろうか?ボクシング?空手?合気道?柔道?(剣の無い)剣道?ムエタイ?中国拳法?どれもが対人用に作られたと思うのは私だけでしょうか?どうかな、違うのかな...。と、言うよりそれらは腕や足を使ってやるものだし。今の俺に欠けているものよ、それ。致命的にアウトじゃないか。



 はぁ、この私。転生してから30分も経たずに生死の境目を歩いています。否、動いています。



 角ウサギ(仮)の野郎と睨み合うこと数分。野郎じゃない可能性も考えながら、両者ともに一切動いていません。この睨み合い、お互いに引く気はないようです。


 あとね、どうやら仮説2である、超凶暴型ウサギ魔物(角)じゃなかったようで安心してます。流石に肉食ではなかったのかな?それとも警戒しているだけか...。



 ここではたと気付いた。



 俺には《鑑定》というスキルがあるのではないか。


 多分だけども、俺には《鑑定》スキルがあるはずなのだ。《鑑定それ》は転生ボーナスでお願いしていたスキルの一つ。恐らくこの身に宿しているはずなんだっ。


 中々現実感がないから忘れてた。スキルという存在を。ここが異世界だとは分かってちゃいたつもりだったけど、やっぱり直ぐには頭が回らない。と言うか、やり方が分からない。どうしよう...取り敢えず《鑑定》!


 と、心の中で叫んでみる。



 ......しかし、《鑑定》は無反応だ。視界は何も変わらない。情報が出てきたりと予想していたから、虚しくなってくる。


 何か間違えたかな。



 こう、角ウサギに焦点を合わして...《鑑定》!


 次は目を凝らして、角ウサギ(仮)を睨むように見ながら《鑑定》を意識してみた。すると、俺の目に角ウサギ(仮)ヤツの情報が浮き出て見えた。どうやら《鑑定》は成功したらしい。


 己が目線を、対象に意識して向けなければ発動しない、ということかな。そういう条件があると見て間違いないだろう。でもさ。トリセツみたいなものが欲しいね。俺はどちらかと言うと慣れるより習え派なんだよ。先ずは手本とか説明書を読みたい人間です。ども、よろしく。...今回発動してくれて良かったけど、発動してなかったら泣いてたよ。


 さてさて、とにかく角ウサギ(仮)ちゃんのステータスは如何程のものか...。




 『ベイビーホーンラビット』


 ランク:G




 と、『名前』と謎のランクだけが表示された。



 ............えっ、んっ?...これで終わり?これだけ?えっ、角ウサギ(仮)からベイビーホーンラビットに名称が変化しただけだよ?(仮)が取れたことに喜びましょう?真名分かって良かったね?違うよね、違うよ。名前なんて正直どうでもいいんだよ。むしろ長くなってるし。角ウサギ(仮)で問題なかったよね。それだけで分かるし、今この状況下においては名前なんて要らないし。


 あれ、ねぇ、何これ、無能?無能なの?無能なのかよ、《鑑定》ちゃん...。


 ま、まぁ、仕方ないさ。そう、仕方ないことだ。


 元々スキルという概念なんざ、俺の世界には無かったもの。0から1に増えただけでも、こういったファンタジーなものを使えると分かっただけでも、重畳と考えるべきだろう。何事も前向きにね。これが楽しく生きるコツさ。それに、これから熟達度的なにかで、他のステータスも明らかになると思うし。ここで悲観的になる必要なぞ皆無なのですよ。...ちょっと悲しいけどねっ!


 俺は納得しながら、今ある情報だけを兎に角──角兎ホーンラビット!?──整理して考えよう。コホン。


 見るべき唯一のポイントであるランクとは、ベイビーホーンラビットのモンスターにおける階位の事だと予想。レベルではなく、こう言った階級が存在しているのかもしれない。


 ...圧倒的に情報が足りない、もう少しだけ考えていこう。



 以下、単純に俺のファンタジー知識がこの世界で共通なものだと仮定しよう。


 G-という階級に、ベイビーホーンラビットやスライムが属している。Gここが恐らく最低階級だ。その少し上に、ゴブリンやらオークやら、多種多様なモンスターが存在している。ファンタジーではお馴染みのモンスターが羅列される筈だ。そして、最上位に君臨するのがドラゴンだったり悪魔だったりするわけだ。


 まぁ、そう考えるとベイビーホーンラビットなんて雑魚に思えてくる気がする。なにせベイビーだぞ。赤ん坊ベイビーだぞ?生まれたての生物ベイビーーーだぞ!?何を恐れる必要があろうか。『最弱のスライムを最強に育ててみた。やはりお前スライムは最高だ!』という俺の理想的夢物語を描くためにも、こんな所で負けるわけにはいかない。敗北など有り得ないのだ。


 でも疑問に思うことは、俺の1.5倍近くあるんだよね。体が。俺が...俺も赤ん坊ベイビーだったとしても、このベイビーホーンラビットちゃん、大き過ぎやしないかな?元の世界の成体ウサギ並にあるぞ。そこに角!あんの鋭く...痛そーな...角よ。結構むつかしい戦いが予想されるぞ。


 闘っても、正直得られるものは少ないだろう。経験値とか素材とかだけ。だから逃げるが勝ち...という選択肢もある。


 だがしかぁし。男には闘らねばならぬ時がある。


 男なら、闘る時くらいシャキッとしろってね。


 俺は闘う覚悟を決めたのだ。


 覚悟はいいか?俺はできてる。幹部ってのは以下略



 まぁ、まずはさ。テイムすることを念頭に置きたいのは山々だが、生き延びることを考えようと思っている。闘って、上手くいきゃテイム、というノリで。


 そこで重要になってくるのが俺のスキルである。要望には俺TUEEEE系統のスキルを、あの神さまにお願いしていなかったから期待薄だけど。《鑑定》以外の、弱くてもいいから攻撃系統スキルを少なくとも1つは持っていたらいいんだけど、どうだろうか。



 取り敢えず、それらのスキルを確認するために、ド定番の......ステータス!



 ......あー、うん、反応が無いな。虚しさだけが落ちてきたよ。一応俺のステータスを見せろ!という念を込めていたつもりだったけど、無駄だったのかな。


 なら、下手な鉄砲数うちゃ当たる理論だ。


 ステータスオープン、ステータスウィンドウ、ステータスウィンドウオープン、右手の人差し指を......ないやっ!メニュー、メニューオープン、メニューウィンドウ、メニュー情報開示、自己情報開示、自己能力情報開示、自己把握、自己能力把握.........うぅん、当たる気がしない。カスリもしてないような気がする。言ってて虚しくなるもん。



 実は無いのかな、こういう自身のステータスチェックってやつが。だとしたら仕方ないな。この世界のこと、ぜんっぜんわからないから諦めるしかない。


 もっと早くに気づいていれば、ステータスを見れないというショックを抑えることが出来たのに!...今更悔やんでも仕方ないか。現実を受け入れよう。

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