第1章 俺は、安定した生活を望む

第2話 転生 2

 雫が額に落ちる。その冷たさで目を覚ました。これは、寝耳に水ならぬ寝デコに水、か...なんつって。いや、それは少し違う諺だ。盛大に寝ぼけているな、俺。


 そんなことはどうでも良く、ゆっくりと目を開けば眩しい光が入ってくる。転生前に見た光よりはなんてことない、唯の太陽光だろうけどね。思わず目を細めてしまった。そりゃ、眩しいものは眩しいもん。


 ふぅむ?どうやら自分は屋外にいるようだ。産まれましたオギャーッ!わぁ、元気な赤ちゃんですよーっではないのね。ってことは...?どゆこと?俺の中で"転生"ってそういうのしかイメージつかないんだけど。どうなの?


 まぁ、今は気を落ち着かせることに専念しようじゃないか。落ち着かないと、わからないことも分からないからね。


 落ち着くために今やることは、素数を数えることではない。周囲の状況把握が大事だ。ここは誰、私は何処、みたいな感じで把握しいくことで、ゆっくりと現実を受け入れられる。さすれば大抵の場合落ち着くってもんよ。


 それで落ち着かなければ素数を数えよう。素数は何ものにも割ることはできないらしいじゃん...?うん、どうでもいい事だった。


 先ず、耳をすませば遠くから子鳥の囀りが聞こえてくる...気がする。コホン。聞こえてない...訳じゃないけど、なんか変な鳴き声がかなり遠くから聞こえるんだよね。前世では聞いたことのない鳥の鳴き声だ。『グルェオーッ!グルェオーッ!』って、ある?俺ァ無いね。


 周囲の把握。周りには草が生えているのかな。そんな感触がある。下は地面。うん、これだけ。


 時間としては早朝かな。すぅーっ、と息を吸う。早朝の空気ってやつが結構好きなんだよね。これで寝ぼけていた頭を起こすことができる。たぶん。


 状況把握はこれくらいかな。何故か目を開けられないから、感覚だけでの把握はこれが精一杯。あとは自身の体について、かな。


 うーん、そうだなぁ。無駄に体がだるくて重い。まるで病気にでもかかったかのような倦怠感がある。まぁ、肉体改造、とでも呼ぶべき事をされたからかな。転生って、そういう感じとも取れるもんね。体を1から作り変えられたのなら、今感じているものにも説明が付くだろう。何も問題なく済むはずが無かった、と思えば別に気にならない。...気に、ならない。


 こういう体が凝り固まった時は、首を捻って、ゴキッゴキッと音を鳴らすのが俺の癖。あんまり体には良くないらしいし、余計に肩凝りとか酷くなるらしいけど、これが中々治らない癖なのである。他所から聞くと本当に大丈夫?って心配される。...因みに今回は鳴らなかった。



 俺の納得も済んだので、そろそろ世界を見ていきたいところ。



 光を我慢しながら──本当はそこまで眩しくないけど──目を開け、ぼんやりと視界が広がっていき、ようやくこの新たな世界を視界に入れることが出来た。



 さて、と。取り敢えずは現状を確認していこうか。



 先ず、周りを見渡す限りの草原が。


 地球でもこんな所はありそうだから、異世界と断定するにはまだ早い。まだ!でも、もう転生しちゃってるし、認めてもいいんだけどね。念のため念のため。こういう所は正確な事実を求めなきゃね。「異世界ヒャッハッー」などを元の世界で言ってしまっていた、とかいう可能性も無きにしも非ず。...異世界なら異世界で、現地の人から見ると変人として映るだろうけどね。


 ところで、草原からのリボーンでしたけど、体はどうなんだろ?さっきはほら、考えないことにしたけどさ。結構重要な事だよね。流石に赤ん坊じゃないだろうな?ってことは、若返りもしくは別の体を持っての異世界転生ってことかな!?あとね、地面も湿っているのかやや冷たい。でも土が付着している感覚はない。服は?ねぇ、服きてるの、これ?よく分からんですね。



 もう神様の御前ではないので、素の状態に戻ります。あれは社会人用の俺で、こっちのハイテンションが俺本来のデザインかっ!です。何となく昔の面接チックに回答してたけど、アレ堅苦しくて嫌なんだよね。それに、色々と言葉遣いも間違ってるし、注意されまくったな...はは、懐かしい。



 感傷に浸ることも程々にして、現在いる場所の周りをとにかくしっかりと見渡す。


 まったく、ここら辺の草木が高いのなんの。自分の身長より高いんだ。余裕で俺の体を隠しちゃうくらいの草がぼうぼう。雑草のように茂っている。いや、実際に雑草なのか。あの、単子葉類の代表チックな細く真っ直ぐ伸びた草ね。名前は知らん。



 よし、そろそろ移動を開始しよう。...動けるよね?



 .........うん、一応動けてはいる。少しずつ前に進めているよ。高低の変わらない景色がゆっくりと後ろに流れていくもの。


 ってさ。俺立っているよね?立っているんだけど、目線は生えてる草の真ん中ら辺って、流石に草大きすぎやしないかい?まさか、もしかしなくとも俺が小さいのか?本当に俺、赤ん坊かい!?捨てられっ子ですかい!?...赤ん坊はまだ立てないか。


 でも本当に可笑しい。歩いているつもりなんだけど、足が動いていない。そもそも足がない。五体不満足、四肢欠損の子なのかな、俺。...あ、あれ、腕もないや。



 待って、待って!少しばかり不味くないか!?



 歩いているつもりなんだ。足を動かそうと、前に動こうとすると景色も動いてるんだ。なのに、なのに。足は無いんだ。腕もなんだけど。


 まさか......浮いてる?もしかしたら、四肢が完全に欠損してるけど、魔法の力で生活できてますよ系幼児に転生したとか!?そういうこともあるのかな!?


 ククク、なるほど。自身で闘う術はないが、魔物達を使役して闘う、と。つまりテイマーになる道しかない転生な訳ですね!そう望んだのは俺ですけど!ここまでテイマー街道一直線だとは思わなんだ。かなりの欠点を積まれているけど、俺は気にしない。


 四肢が無くともそこまで悲観的にはならない。なぜなら、実際にこうやって動けているから。恐らくこの体が無意識裡に念動力かなにかを使って、それによって浮いているのだろう。それ使えば手の代わりにもなるし、生活に多少苦しむことはあれど、大きな問題はない。


 更にいえば、今後四肢を元に戻す方法を探したりと、様々な冒険へと発展出来たりするからだ。伝説の回復薬である、エリクサーを探す旅に...!とか、このダンジョンの最奥で願いが叶う...!とか。夢溢れたファンタジーを送らせてくれるはず。


 俺は結構ポジティブに考えるのさ。...楽天家オプチミストとも言えるんだけどね。悪い事ではないよね。


 さて、とにかくこの先の見えない草原を抜け出ないと話にならない。村や街に着かないと、俺の明日が待ってくれないかもしれない。なるべく早くに発見したいものだ。


 期待しているのは、やはりファンタジーが王道、盗賊に襲われている王女様とかかな?あとは、商人とかでもいいね。そして救出からの村まで送ってやるよ、ですよね。分かります。居ないかなー。来ないかなー。でも、闘えないから来なくて良いよーっ!




 ※ ※ ※




 それから俺は数分歩いた。否、動いた。


 なーんと驚くことに、景色が全く変わらない。


 見渡す限りの草草草くさくさ......草ぁっ!


 あてもなく動いているからなのかもしれないけど、この草原広過ぎないかな?普通に餓死か衰弱死で終わりますよ?俺。もし、飢餓に苦しむのであらば、転生したての元アラサーにはキツイ仕打ちだと思うよっ!


 ま、まぁ、まだたったの数分だ。時間はあるさ。迷わず進め。文句を言いながらも足を振って歩くのだ。否、足を振らずに動くのだ。




 ※ ※ ※




 更に数十分ほどあ──移動した。うむ。


 やはり変わらない景色。もう一度言おうか?草草草......。草しかないっ!背丈を越えているから、それ以外の景色を拝むことが出来ない、とも言える。せめて森でも、川でも見れたら気分も変わるのに。草原ばっかりは流石に飽きる。


 少しね、不安になってきた。怖いよ。ぼっちだし、何処だかわからない場所だし、周り草だらけだし。


 このままだと水もなく食べ物もなく、疲れ果てて死にますよ?異世界生活で困る事ですよね、食料調達と水分確保。どっちもないですよ。ピンチですよ。


 あぁ、水が欲しい。自分の姿を早く見てみたいし、この喉を潤したい。...そこまで喉が乾いている訳では無いのだが。不思議とぜんっぜん乾いてないのだが。まぁ、いづれは必要になるだろう。それより早く供給出来る場所を見つけたい。安全な場所であれば、村や民家でなくともいい気がするんだ。野宿をするのも手だと思うし。


 俺はまた、とぼとぼと移動を開始した。




 ※ ※ ※




 更に数十分うごきました。動いてますよ。動き続けていますよ。


 それでも相変らぬ景色ですわ。


 こういう時はさ!せめて魔物か何か、異世界だよってぇモノを見せて欲しいよね!


 ぷるんと飛び跳ねスライム〜。わーっと蔓延るゴブリン〜。ぼーっと火を吹くドラゴン〜。何でも良いから出ないかな〜?何でも良いから出てこいやー!薮蛇なんて関係な〜い!むしろ、自らつついていけ!率先してつついていけ!......実際にはつつかないけど。



 まぁ、とにかく前に進もうや。




 ※ ※ ※




 それから10分後。俺はまだ草むらの中を移動していた。そろそろ変化が欲しい。ファンタジー要素皆無過ぎて、現実かどうかを疑いたくなる頃合だ。


 もうなんでもいいんだ!俺に驚きと興奮を与えてくれ!!




 ※ ※ ※




 そんなことを考えていたからだろうか。あれから更に数十分後。背丈を超える草むらの間から、角を生やした野生のウサギが現れたッ!これは、地球には存在しないような生命体だよね。居なかったよね、こんな奴?



 ってことは...?ここが異世界だと、確・定!ヒャッハァッー!!

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