第2話 吊革世界(ラッシュワールド) 改稿版
―まえがき―
救いのない話は苦手と書きながら、書いてますね(苦笑)
ネタを思いついてから2ヶ月、世界設定やらもろもろに悩みましたけど、
気がつくと、ラブストーリーもどきになってました( ̄▽ ̄;)
もうちょい頑張って、いろいろ考えたかったんですが、まあ、作品としてはこのレベルが精一杯でした(^_^;)
―――
『吊革世界(ラッシュワールド)』
「うん、ちょっと疲れてきたね。」
そんなふうにいつもの話を、となりの彼女、OLさんとし始める。
彼女の名前は、まだ聞いていない。
みんな、いろんなことを忘れていることが多いから。
僕自身だって、名前も思い出も忘れているしね。
彼女はくすっと笑って、
「身体がないんだから、疲れたりなんてしないわよっ」
でも、すこし疲れたような小声で、それでも元気づけることを言ってくれる。
僕がここに来たときに、初めて話しかけてくれたのは彼女だった。
僕と彼女はそんな風につり革に掴まりながら、お互いに透けた身体で言葉を交わした。
ちょっとだけいい雰囲気だったけれど、
でも、周り中がつり革に掴まった人たち、幽霊だらけなのだから、
まあ好い雰囲気も何も、あったものではないけど。
―◇◇―
初めてここに来た時、
気がついたらつり革に掴まり、ここに立っていた。
ここは電車の中などではなく、繁華街にほど近い、車道のど真ん中だ。
車が時折僕らめがけて走ってきて、ぶつからずにすり抜けて通り過ぎてゆく。
あり得ない出来事に混乱して、つり革から手を離そうとした自分に、
強く厳しい声で、
「だめよ!離しちゃ!!」
そう言って止めてくれたのも彼女だったんだ。
僕のとなりには、最近ほとんど話さなくなってしまった、自称長老のおじいさんもつり革に掴まり立っている。
僕とおじいさんとOLの彼女とで、今までに、いろいろなことを話した。
おじいさんは、
「きっとここは待合室みたいなところなんだ」
と話していたことがある。
彼女とおじいさんは、僕がここに現れる前からの仲の良い話し相手で、
おじいさんは、だいぶ前からここに来ていたということを、僕と彼女に聞かせてくれていた。
だいぶ前とは言っても、今の僕たちには時間の感覚があまりない。
お腹も空かないし、眠くもならないのだからなのだろうと、最初のうちは思っていたのだけれど、
今は、どうもそれだけではないように思っている。
外の景色、おそらく僕たちが生きていたのだと思える現実の世界は、朝夕という風に移り変わるし、
持ち物の時計やスマホは、電池も切れずに何故か動き続けているので、時間はわかるのだ。
けれども、そのあたりの感覚が、どうにもぼやけているみたいに思えることに、時おり気づいている。
だからなのだろう。
ここの人たちは、だからこのおかしな場所で、パニックにもならずに居られるのだと思える。
立って吊革を持ったままでも、特に疲れることはない。
みんな肉体の無い、透けた身体なのだから、疲れることもないのだろう。
この世界は何なのだろうか?
答えは出ない。
みんな、そのうちに考えるのを止(や)めてしまう。
―◇◇―
相手は見えないけれど、僕たち以外の話し声が、この人混みの向こうから聞こえてくることもある。
周りからみると、僕や彼女、おじいさんとの会話は、あんな風に聞こえているのだろうな。
周りのほとんどの人は、ぼうっとした様子でつり革に掴まっていたり、スマホを眺めていたりしている。
そういえば、
手元の時計やスマホで時間は判るのだけれど、
スマホ自体は使えるとはいっても、今までのアプリはほとんど使えない。
電話もできない。
ごく一部のニュースサイト、現実世界のものが判るものと、
謎の掲示板サイト、
零界通信とか、霊chなんて呼び名を、00chサイトのスレ、書き込みではよく見かける。
OLさんやおじいさんとはなした後、スマホに着信があることに気づいて、履歴をのぞいた。
最後に来たメールのタイトルが『00chを見ろ:見ないと後悔するぞ』と書かれたものだった。
文章は無かった。
誰が管理しているのかわからない、このサイト、00chのトップには、
この場所について、いくつかの警告、禁則事項が書かれてある。
――ひとつ、
『吊革の握りから手を離すと、この世界の住人でなくなり、世界から切り離されてしまう。
君は地面に立つことが出来なくなり、足下からすり抜けて消えてゆく。
キミはここから居なくなる』――
行き先は書かれて居ない。
消えるだけなのか?
どこか他に行くのか?それとも、生まれ変わるのか?
誰にもわからない。
つり革につかまっている限り、ここにはいつまでも居られるらしい。
彼女、OLさんやおじいさんのような知り合いが居ないのだとしたら、いつまでも居たいところだと思わないけれど。
――ふたつ、
『周りに何かしらの危害を加えることをしようとしたら、つり革は消えてしまう。
傷つけてはならない。騙してはならない。
実行しようとしてはならない。
そうしたなら、
君はこの世界からは放逐される』――
相手に迷惑をかけるなということだろうか?
幽霊のようになったとはいえ、生きていたときの欲望をまだ持ってきている人はいて、
満員電車の痴漢のように、女性や若い男性にいかがわしい真似をしようとした人が、消えて居なくなるのを見た。
それ以外にも、
ただ、つり革が突然消えて、地面へと消えてしまった人を見たことがある。
何かしら人に敵意や悪意を持ったり、
騙して相手を傷つけようとしたのだろうか。
どういう理屈か解らないけれど、
そういう悪い考えを、こちらの頭の中をチェックして処理する何かが、ここにはあるか、見張るなにかが居るのだろう。
こうして普通に考えることだけは、ここでは許されているみたいだ。
――みっつ、
『00chには、誰でも書き込みができる
でも、君に嘘は書けない』――
そう短く記述されている。
騙すことは相手を傷つけようとすることだからだと思う。
それは、ふたつめのことに違反するのだろう。
だから書けるのは、本当のことだけ。
ただ、少なくとも書く人自身が、正しいと思っていることは書ける。
嘘だと知らなくて、
勘違いから書き込んだことが、真実でないこともある。あるのだろう。
それは、この場所の情報について書き込んだりしている人たちの文章で、矛盾したものが中にはあるから、
そこで想像ができるんだ。
サイトのスレには、
虚実入り混じったことがいろいろと書かれている。
――つり革の紐を登ろうとした人が、以前に居たらしいけれど、
握りから身体が離れた時につり革の紐がつかめなくなり、そのまま落ちて消えてしまった―― と書かれてあった。
芥川龍之介のくもの糸か!?と思ったり、
本当のことかと疑ったりもしたけれど、
騙すことは相手に危害を与えることだから、
多分本当のことなのだろうと思い直した。
ある書き込みに、
――スマホを落とした―― と書かれていたことがある。
なぜ!?
落としたスマホでは、落としたことは書き込めない。
つり革を片手で持ったままでは、スマホは拾えないはずだ。
そこには、
――落としたスマホは、いつの間にか戻っていた―― と書かれていた。
僕も、ある時決心してスマホを落としてみたが、
確かに、スマホはいつの間にか、もとのポケットの中にあった。
これは何だろう?
スマホに見える、スマホでない何かだ。
実際僕たちは、ここになぜ居るのか、全くわからない。
でも、そんなことも、だんだんどうでもよくなって、
終いにはつり革を離して、ここから居なくなるのだろう。
書き込みのスレのコメントは、
だいたい唐突に途切れて終わっている
ごくたまに、決心してこの世界を去るひとのメッセージが書き込みまれているけれど、
そういう意志を、最後まで明らかにできる人は本当にわずかしか居なくて、
彼女やおじいさん以外の、僕のすぐ近くにいた人が、
気がつくと新しくここに来た人へと変わっていたりもする。
前にいた人のことは全然思い出せない。
そして、僕より後に来た新しい人もすぐに話さなくなり、
この雑踏の世界の背景へと紛れてしまう。
僕もおじいさんや彼女に話しかけられなかったら、ああなっていったのだろうかな…。
ここは牢獄か、楽園か。
老いもなく、悩みもなく、
讃美歌を歌い、神を讃え続けはしないけれども、
でも、微睡(まどろ)むように、すべてを忘れて世界から消えてゆくことは救済(すくい)なのか…。
僕も彼女も、おじいさんもみんなも、
いろいろと記憶(もっていたもの)を落としてきたし、
持ち込めた記憶(もの)も、やがて砂のように崩れてゆく。
―◇◇―
あるとき、おじいさんは、
「ゼロチャン見てくれや」
そう言って、僕とOLさんに別れのあいさつをして唐突に居なくなった。
00chには、長老(おじいさん)のハンドル名で、
おじいさんがいつか話していた、この世界を『待合室』考えていた理由とそう確信した説明の事が、
おじいさんの言葉で、できるだけ簡潔に語られていた。
そこには、
僕と彼女のことを向こうで待っているとも、
後から来てくれとも書かれていなかった。
最近、考える気力が衰えてきたから、
自分で考えて決められるうちに、ここから行ってみると、
最後はそんなふうに締めくくられていた。
OLさんには、やっぱりおじいさんの居なくなったことはショックな出来事で、
僕が話しかけても、以前よりもだんだんと口重くなっていった。
話しかけても、言葉を返してくれないことがふえた。
…彼女は、ときおり話しかける僕の言葉にも、疲れている様子を隠さなくなってきていた。
彼女が、このまま消えてしまう…。
それは、いやだ。
だから僕は、
言ってもしかたない、僕の思い込みだけの言葉を、つい彼女へと伝えてしまった。
―◇◇―
「好きだよ…」小さな声でOLの彼女へとつぶやく。
彼女には届いていないはずの小さな声だったけれど、
彼女には届いていたらしい。
チラッと僕の方を見て
彼女は微笑みながら少しだけ頷いた。
そっと彼女の手に触れる。
彼女が僕の顔をのぞき込む。
優しく手を握りしめる。
彼女の手を握り、握り返されて、
そういったわずかな温もりを、手を、指を通して伝える。
手と、時折合わせる視線と、それだけしかない交流。
言葉には出さず、言葉に出せずに、
でも僕は彼女に、温もりを与えたいと思った。
いつまで続くかわからない時間。いつかは終わることになることになると知っている。
しばらくはそんな時間が続いた。
―◇◇―
疲れて無気力になった彼女は、
僕が手を差し出して触れても、もう握り返してくれなくなった。
そして来て欲しくなかった時間と聞きたくない彼女の言葉。
「さよなら…」声に出さず、彼女の唇だけが動いた。
疲れた彼女が、
架空のこの世界から、
手を離す。
彼女の手の感触が突然に消えて、僕の手をすり抜けてゆく。
とっさに彼女の手を掴み直そうとしたけれど、
その手にさわれる筈はなく、
僕の手は彼女には触れずに、そのままあの子は地面へ沈んでいってしまう。
僕もつり革から手を離す。
彼女の手に触れることができて、
指が、かろうじて彼女の指先に届いた。
体が沈んでゆく感覚。
ぐっと指先に力を入れて、落ちてゆく彼女になんとか近づいて、しっかりと彼女の手をつかむ。やっと掴むことが出来た。
落ちながら、
生きていた頃の記憶を思い出し、
それが砂のように消えてゆく
彼女の生きていた頃の記憶が見える。
彼女の名前も、生まれてからここへ来た理由も、
お互いの記憶が混じり合い消えてゆく。
彼女へ、
彼女が忘れてしまった名前で呼びかけた。
彼女が僕へ、思い出せなかった名前で呼びかけてくる。
手をつなぎ合わせて、
もう一方の手で抱きしめあいながら、お互いの名前を想い、
砂のように崩れゆく思い出を手放す。
暗闇の中から光が近づいてくる。
彼女と抱き合ったまま光へと向かい、
光を
くぐる。
そして、
二人して新しい世界に生まれる。
おわり。
あるいは、はじまり。
―吊革世界(ラッシュワールド)―
(END)
-次回予告(笑)-
吊革世界(ラッシュワールド)の裏話、やります(^ω^)
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