第4話 デートな勝負

また責められた。いい加減にして欲しいものだ。個人的に言われるのなら分かる。私のダメな事を引き合いに、匿名で注意喚起する、そう言った事なら納得は出来る。それなのにわざわざ朝礼と言う、仲間が一同に介する場で、しかも集中砲火を浴びせるかのごとく、毎朝責められたら、正直な話し、気持ちが保たない。


 私たち警備員は、派遣先の会社での社員食堂の利用が許されている。ランチタイムに私は日替わり定食をたのんで一人で昼食をとっていた。気持ちが浮かない私は、スマートフォンに保存してある猫山先生の画像を見ながら、表情を崩してしまっていた。すると同じく派遣されている女性隊員が、私のにやけた顔を見て、興味深げに近寄ってきた。

 彼女はなにをそんなににやけているのかと言った風な事を言って近付いてきたのだ。

 私は半分無視して、ロースカツを頬張りながら、猫山先生の画像を見続けていた。それなのにである。女と言う生き物は、どうしてこうも人の敷地にズカズカと入り込んでくるのだろう。私のスマートフォンをのぞき見してくるのだ。どうせ猫山先生の魅力など、不条理を笑い飛ばす君になど分かるはずもなかろう。そう思っていたのに…


 彼女は私と同様に、セラピストの先生と同居しているのだそうだ。彼女にとっての先生は、米国生まれの短髪女子らしい。髪色は黒に近いグレーに白のメッシュを施した、おしゃれな風合いだと言う。猫山先生は英語生まれの短髪男子なので、血統的には向こうが子孫のようなものなのだ。しかしやはり猫山先生の方が、紳士たる気品を持ち合わせているに決まっているのだ。彼女も私と同じくスマートフォンに先生の画像を保存しており、私に自慢げに見せてきた。ふん、どうせ猫山先生に比べたら、魅力は半減さ。

 私が彼女の先生の画像を見て作った表情が、彼女の反応を見れば、いかに思っているのかが、分かってしまったようだ。彼女は週末に、お互いの先生のセラピストとしての能力が、どちらが上なのかを検証しようと提案してきた。そんなバカげた勝負など、乗っても仕方がないのだが、逃げたと思われるのもしゃくなので、いざ受ける事とした。まぁ、勝負はやる前から決まっているのだが…


 当日になり、私はさっさと用意を済ませ、例のリムジンへ猫山先生を誘おうとした。しかし先生はいつも通りに上目遣いで私を見つめ、"勝負は同居人の資質も問われる。格好に気をつけよ" と言われているような気分になった。仕方がない。なにも勝負相手が女だからと意識している訳ではない。これは言わば猫山先生への援護射撃の為にする事なのだと自分に言い聞かせて、私はそれなりのおしゃれをして出かけた。


 決闘場は近くの公園だった。敵も先生からの助言を受けたのであろうか。職場では決して見せないような、それなりのおしゃれな格好、それなりの可愛らしいメイクをして現れた。望むところだ。私の方が絶対に先生の恩恵を受けているのだ!そう思っていた。


 彼女の先生は、ローズ先生と言うそうだ。黒いのにローズかとも思ったが、黒いバラもあるのだから、そこは良しとしよう。

 両先生方は、お互いの能力を見極める為に、お互いの体躯たいくぎ出した。先生方は相手を見極める為には、我々凡人とは違い、視覚ではなく嗅覚を使うのだ。我々には遠く理解が及ばない世界が、そこには繰り広げられているのだ。その両先生のお姿は、私たちの心を癒やしていった。

 彼女は猫山先生のお食事について質問してきた。私は初めて先生に提供させていただいたお食事について話しをした。すると彼女も同じような経験があり、私に同調してくれた。

 なるほど。やはり日本生まれでない分、固い食事は好まないと言う事なのだろうか。


 良く見ると、ローズ先生は中々のおしゃれなネックレスを身に着けられている。彼女は猫山先生にも素敵なネックレスをあつらえてはどうかと意見してきた。先生にネックレスなど似合わないとも思ったのだが、ローズ先生の魅力が一層アップしている事を覗えば、それはそれでありなのだろうか。彼女は私と猫山先生が出会った専門店に良く行くそうで、ローズ先生のネックレスも、そこで見繕ったのだそうだ。私が今度、検討してみようと思うと意見を言うと、良ければこれから一緒にどうかと彼女は提案してきた。

 正直なところ、私は人を魅力的にするファッションセンスは持ち合わせてはいない。むしろ、こう言う場合は女性の方がそのセンスに富んでいる事だろう。私は彼女の意見を受け入れる事にした。

 私たちは次なる決闘場を専門店に定めて移動した。今のところ、ファッションセンスの分、先生への援護射撃が彼女の方が上だろう。しかし負けてはならないのだ。私をれんこん畑の沼地から救い出し、日の目を見せてくれたのは、他ならぬ猫山先生なのだ。その恩に報いる為にも、会心の援護射撃を決めなければならないのだ。

 しかしやはり敵は手強かった。私が提案するネックレスなど一掃し、こっちの方が素敵だとか、より猫山先生を魅力的にするだとか言ってくるのだ。しかし彼女の提案の方がなるほど真っ当なのだ。結局、私は彼女の言い分を全面的に受け入れ、先生のネックレスをパープルの物に赤いハートの鈴をあしらった物に決めてしまった。

 今回は相棒の不甲斐なさからドローと言ったところだろう。しかし今度は負ける気などさらさらないと先生に報告した。しかし先生は "そんな事はどうでも良い。それよりも自分の事をしっかりせよ" と言わん勢いで、自慢のブロンズヘアをセットしていた。

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