Ep04.革命前夜

「だ〜か〜ら〜!"ピザ"じゃなくて、"ピッツァ"だっての!」


 赤のギルド『ドラコ・ロッソ』。

 そこでは、日常的に喧騒が止むことはない。

 "ピザ"なのか"ピッツァ"なのかという至極くだらない言い合いが、白昼堂々かれこれ1時間以上続いていた。


「喧しいぞテメェら!」


 そんな喧騒に先ず痺れを切らしたのはラファエロであった。

 怒号する声と共に空気は一気に熱を帯びる。


「す、すみませんっ...閣下!」


「時間がねェんだ...無駄口叩いてる暇があるなら剣の一つでも磨いておけ」


 身体から立ち昇る熱気とは裏腹に、彼から浴びせられたのは冷酷な言葉であった。


「まぁまぁ...ピリピリすんのもわかるけどよ、今は内輪で争ってる場合じゃないだろ?」


 アンジェロはそう言って彼を宥めた。


「お〜いアンジェロ〜...ひっく、はやくさけもってこ〜い」


 部屋の奥から陽気な酔声がした。


「まだ呑むのかよイーヴォ...そろそろやめといた方がいいんじゃないか?」


 そんなことを言いながらも、葡萄酒のグラスをイーヴォの許へと運ぶアンジェロ。

 しかし、そんな世話焼きで面倒見のいい彼も、陽気で屈託のないこの酔客でさえも一度ひとたび戦場に立てば、負け知らずの覇者ロードなのである。


 ラファエロ・パヴァロッティ

 —覇道レガリア:《熱の支配人ヒート・ディーラー》。


 アンジェロ・メラート

 —覇道:《炎舞フレイム・ダンス》。


 イーヴォ・テスティーノ

 —覇道:《酔乱と狂気サンジオヴィス》。


 シチリア=ローマをまとめ上げる猛き龍達は来るべき革命戦争に向けて着々と準備を進めていた。













「ああ...今日も美しい...」


 —時を同じくして『アズーリネ』。

 フランツの柔らかな日の光が長髪のシルエットを映し出す。

 エドゥアルドは、鏡中に納められた自らの姿に恍惚の表情を浮かべていた。

 しかし、上着がほんの少しだけ右肩上がりになっているのに気付くと、途端に顔を歪めた。

 そして、不機嫌そうにそれを整えると、また先ほどの眩しそうな表情を取り戻し、鏡前でポーズを取ってみせた。


「はぁ...マスター、いつまで鏡を見ているおつもりですか?」


 溜息を漏らしたのは秘書—もとい、のエレーヌであった。


「おや、エレーヌではありませんか...いつからそこに?」


「そうですね...1時間ほど前からでしょうか。鏡ばかりお見つめになられて、全く応答がございませんでしたので」


 呆れ顔でもう何度目ともわからない溜息をつく。


「それはそれは...今日は特に美しすぎたものでつい...」


「そうですか...仕方ありませんね。お茶、入れ直してまいります」


 エレーヌはそう言って冷めたティザンヌを下げようとティーカップに手を伸ばした。

 しかし、エドゥアルドはその腕を掴んで静かに首を横に振った。


「いいえ、その必要はありません。あなたが私の為に用意なさったのでしょう...?どうして飲まないことがありましょうか。冷めてしまったのは私の落ち度ですから、お気になさらず」


 そのままエドゥアルドはすっかり味の抜けたティザンヌを飲み干し、「やはりあなたの入れたティザンヌは美味しいです」とぎこちなく口元を緩めた。

 強さと優しさ—それこそが彼なりの『美しさ』なのかもしれない。

 マスターとして、覇者として、そして一人の男として、彼の瞳は確かに守るべきものを見つめていた。


 エドゥアルド・ド・リール

 —覇道:《歓喜の雨レイニー・デイ》。


 エレーヌ・ド・リール

 —覇道:《蒼無情ミゼラ・ブルー》。


 慳貪な狼達にとってこの戦争は希望となるかそれとも絶望となるのであろうか。













「また腕を上げたわね...ヘラルド」


『カサ・アマリジア』では二人の戦士が激しく剣を交えていた。


「あなたこそ、レディ・セシリア」


 エスパーニャ王宮に古くから伝わる舞踏剣術—その数少ない後継者の一人であるセシリアは、唯一の女性ギルドマスターである。

 しなやかに動く腕とステップを彷彿とさせる足捌き、まるでフラメンコのようなその剣術は、エスパーニャ史上最強の剣術とまで謳われる。


「まだ...行けるわよね?」


「ええ、勿論。次は勝ちますよ」


 セシリアと向かい合う『カサ=アマリジア』の一番兵—ハロルドは、2m以上もある大槍を使うその姿から太陽の巨人と喩えられる。

 まさに"柔"対"剛"。

 腹の底を知り合った二人に言葉などもはや不要である。

 全ては勝利のため、憂いなきアスタニアの未来のために。


 セシリア・カンデラリア

 —覇道: 《太陽の歌ザ・ファンファーレ》。


 ヘラルド・デ・ウルキオラ

 —覇道: 《重力子グラヴィトン》。


 二体の虎が行く先に太陽はまた昇る。












「まだ足掻くつもりか?」


 猛犬—ヴィルヘルムの容赦ない連撃の前になす術なくひれ伏す若獅子。

 その右足首は既に断たれ、噴き出す鮮血が乾いた粘土の床に染み渡る。

 アーベルはただ断末魔かのような絶叫を上げるばかりであった。


「最初にも言ったが、馴れ合うつもりなどない。"死"くらいは覚悟できてるんだろうな?」


 彼の左腕はさらに容赦なく振り下ろされ続けた。

 そこに慈悲などない。あるのは残酷な現実と逃れられない運命である。

 —しかし、実に43回目。

 ヴィルヘルムが空を切り裂こうとも、アーベルの身体はびくともしなくなった。

 覇道:《牙の獣ハウンド》—その歯牙は、対象が"死亡するまで"決して離れない。

 つまり、その覇道が解かれたことそれは即ち"死"であった。


「...死んだか」


 独り呟いたヴィルヘルムは、アーベルの亡骸へと歩みを進める。

 修練場の壁際まで吹き飛ばされていたそれに至近距離まで詰め寄った時、彼は左側にある違和感を覚えた。

 そして、次の瞬間—顳顬こめかみに砕かれるような強い衝撃が走った。


「何ッ!—蹴り...だと?」


 左眼を抉る黒足の蹴り。

 正確に急所を突かれたヴィルヘルムは意識を失って転倒した。


「..."死んだフリ"さく、せん...だ、い、せ...こ」


 上半身の力だけでなんとか起き上がったアーベルであったが、貧血のせいか立っていることはままならず、やがてまた倒れ込んでしまった。













 —革命前夜。


 アーベルが目を醒ましたのは、見慣れた寝台ベッドの上であった。


「よくぞ生きて帰ってきた、アーベル」


 寝台の傍にはゲオルクが立っていた。


「あの猛犬野郎...ぜってぇ許さねぇ...」


 起き上がろうとするアーベルの身体を、ゲオルクは無理矢理ベッドに押さえつけた。


までもう少し我慢しろ」


?」


 アーベルが怪訝そうな顔をしていると、ゲオルクの背後からひょこっと年増の女性が顔を覗かせた。


「...アタシの覇道よ。そのうち元通りになるから、もう少し待ってなさい」


 アーベルが布団を少し捲り上げると、切断された右足首に縫い目のような痕があった。


「アタシはレーネ。ローゼンクロイツ家の生き残りよ」


 レーネがよろしく、と言ってアーベルと握手を交わしたのと同時に部屋の扉が開いた。


「...血の匂いと呼吸音を《消滅バニッシュ》で消して、死体を装うとはな。恐れ入ったよ」


 ヴィルヘルムはそういって寝台の方に近寄る。

 その度にアーベルは警戒の色を浮かべる。


「私から逃げ延びたのは君で2人目だ...1人目はお察しの通りかな」


 差し出された左手を、アーベルは右手でパンッとはたいた。


「あんたに認められたって、嬉しくなんかねぇ」


 アーベルは目を逸らして口を尖らせる。

 その様子にレーネは思わず吹き出してしまった。


「フフフ...誰かにそっくりね」


 レーネは横目でゲオルクの方を見る。


「...なんのことだ?」


 嫌な視線を感じたゲオルクはとぼけてみせた。


 —それから僅か数時間後であった。


「『ドラコ・ロッソ』が攻めてきましたッ!!」


 監視兵の大声が、深夜のゲルマニアを駆け抜け、微睡んでいたゲオルクの耳へと届いた。


 —革命戦争まで残り10

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