Ep02.覇者たち

 —アスタニア北部、ゲルマニア大民自治区。そこは、工業の街であった。

 ひとたび通りに出れば、鍛冶たちが決まった周期で鉄を叩き、それぞれに火花を散らす。

 そこに構える黒のギルド『シュヴァルツィエ』は、「民のアスタニア」を掲げ、静かに牙を研いでいた。


 —アスタニア南部、シチリア=ローマ連合自治区。そこは、歴史の街であった。

 ひとたび通りに出れば、由緒ある古の街並みが広がり、暖かな風が包み込む。

 そこに構える赤のギルド『ドラコ・ロッソ』は、「力のアスタニア」を掲げ、燃え盛る闘志を湧き上がらせていた。


 —アスタニア中央部、フランク自治区。そこは、芸術の街であった。

 ひとたび通りに出れば、色彩に富んだウォールペイントや躍動感溢れる彫像の数々。

 そこに構える青のギルド『アズーリネ』は、「美しきアスタニア」を掲げ、心の穢れを振り払っていた。


 —アスタニア西部、ソル=エスパニョーラ新自治区。そこは、音楽の街であった。

 ひとたび通りに出れば、情熱的な音楽とともに軽やかなステップを踏む人々の姿が見える。

 そこに構える黄のギルド『カサ・アマリージョ』は、「憂いなきアスタニア」を掲げ、太陽のような輝きを漲らせていた。


 —アスタニア東部、ピアストランド共和自治区。そこは、農業の街であった。

 ひとたび通りに出れば、レモンやオリーブの芳香が鼻腔を心地よく刺激する。

 そこに構える緑のギルド『ジェロニキ』は、「豊かなアスタニア」を掲げ、穏やかに蕾を綻ばせていた。


 —アスタニア領アルビオン島、ブリタニア特別自治区。そこは、正義の街であった。

 ひとたび通りに出れば、騎兵隊の行軍と、高らかな凱旋歌が鳴り響く。

 そこに構える白のギルド『ホワイト・ナイツ』は、「厳格なアスタニア」を掲げ、清く正しく日々鍛錬に励んでいた。


 彼らにはそれぞれの「理想」があった。

 目指すべきアスタニアの姿があった。













 —10日前。


「テメェが『直接話がある』なんてよォ、明日は嵐かもなァ...んで、何の用だァ?」


 応接室のテーブルを隔て、睨み合う二人。

 その様子はさながら龍と獅子のようであった。

 左手側、葡萄酒を片手に革製のソファにふんぞり返っているのは、赤のギルド『ドラコ・ロッソ』のマスター—ラファエロである。

 対して右手側、装飾の絢爛なテーブルに肘掛けているのが、黒のギルド『シュヴァルツィエ』のマスター—ゲオルクである。


「世間話は苦手なのでな。単刀直入に言おう...''戦争''をしないかね?」


 ゲオルクは冷たく凶暴な眼光をラファエロに向ける。

 触れれば壊れてしまいそうなほどに張り詰めた須臾の沈黙を破ったのは、ワイングラスの砕け散る音であった。


「...''戦争''だァ?上等じゃねェか。何を懸ける?土地か?奴隷か?」


 ラファエロによって握り潰されたグラスの破片が彼の右手に食い込み、ワインよりも濃厚な鮮血が溢れ出す。

 しかし、それは流れ落ちることなくシューシューと湯気を昇らせながら掌上を駆け巡り、やがて、突き刺さった破片を弾き飛ばして傷口を元通りに塞いだ。

 しかし、そんな奇妙な出来事さえも、取るに足りないと言わんばかりにゲオルクは調子を変えず口を開いた。


「土地、奴隷...フンッ、実に下らんな。そんなものお前達から奪うまでもない。—懸けるのはただ一つ...」


 ゲオルクが不敵な笑みを浮かべる。


「この国の主権—そう、皇帝だ」


 予想だにしないゲオルクの提案に再び暫しの沈黙が降りる。

 ラファエロはじゅるりと舌を舐めずった後、幾分か満足げな表情で答えた。


「なるほど...言いてェことは分かった。ケジメを着けようってワケだなァ?」


 ラファエロの身体中の血管が沸き立った。彼のまなこの奥にはどのような景色が映っているのだろうか。


「見ろよ、オレの血が踊ってやがるぜェ...早くテメェらを喰いたいってなァ...」


「...決まりだな。残りの4区にも我から話をつけておく。開戦は2週間後、皇帝領・バチカンで会おう」


「あァ...楽しみだ」


 それから数十分の間、二人は一言も話さずにただ向かい合っているだけであった。

 戦いはもう、この時既に始まっていたのかもしれない。













「—ふむ、"戦争"ですか...正直あまり頷けませんね。普段の貴殿ならば、もう少し賢明な判断をなさると思っていたのですが...して、何をお考えで?」


『アズーリネ』のマスター、エドゥアルドは、優雅なティータイムの傍ら、客人—ゲオルクを迎えていた。


「皇帝を、もとい—この国を懸ける。アスタニアは今、一つにならねばならない。この国に、6つも色は必要ない。そうは思わないかね?」


 美しさに固執する彼の性格を利用しつつ、巧みに誘導するゲオルク。

 獅子と大狼。先に牙を剥いた方が負け。そんな駆け引きが暗々裏に行われているようであった。


「ほう...なるほど。私たちでこの国をやり直す、それが狙いですか...。いいでしょう。美しきアスタニアの...穢れのないアスタニアのためならば仕方がないですね。ただし、容赦は致しませんよ」


 彼の屈託のない笑みと共に、フランクではしとしとと雨が降り始めた。












「"戦争"ねぇ...まさか聡明なあなたがそのようなことを言い出すとは。赤の下衆男に何か吹き込まれたのかしら?」


 怪訝そうに眉をしかめるのは、『カサ・アマリージョ』のマスター、セシリアである。


「あの戦闘狂にも我から話を持ちかけた。ナルシスト野郎にもだ。さて、貴女おまえはどうする?」


 獅子と虎。形は違えど獲物は同じ。

 新たなるアスタニア、その理想は互いにとって譲れないものであった。


「いいですわよ、あなたの考えに賛同いたしますわ。太陽が空にある限り、私達エスパニョーラに敗北の二文字はありませんもの」


 彼女が窓を開くと、港の方から軽快な音楽が聞こえてきた。













「..."戦争"だと!?そんなことをすれば、この国はたちまち貧しくなる!俺は反対だ!」


 奇怪な植物に水をやりながら、怒り口調でそう主張するのは『ジェロニキ』のマスター、ジグムンドである。


「だが、今のままではアスタニアの民に自由はない。自由こそが豊かさだとは思わんか?」


 地上を統べる獅子の咆哮は、空を統べる鷹を脅かすには足らなかった。

 彼の掲げる豊かなアスタニア、それは争いとは程遠いものであった。


「しかしだな...。とにかく、ウチは参戦するつもりはない。帰ってくれ」


 互いに一歩も譲らぬ姿勢であったが、最後にはゲオルクが折れ、革命戦争にピアストランドは不参加という方向で話は終わった。













「断る。我らがブリタニアは正義の街だ。武力とは他者に克つためではなく、己のためのみにあるもの。そのような醜い争いは、本土の方で勝手に済ませておいてくれ。話は以上だ」


 ゲオルクとは訳あって犬猿の仲—否、獅彪の仲である『ホワイト・ナイツ』のマスター、アーノルドも件の戦争については一切関わらない姿勢を見せた。

 ゲオルクも彼とは言い合いをするつもりはなかったので、特に反論もなく足早に帰った。













 —そして現在


 参戦を表明した4つの自治区は、戦争に備え着々と戦力を蓄えていた。


「本当にあのような若造を今ウチに入れて良かったのでしょうか、マスター殿」


 ラインハルトは、あの件からずっと不安な様子であった。


「何度も言わせるな。あの少年には本物の『黒』がある。我と同じ、限りなく純な『黒』が」


 ゲオルクには、間違いなく彼が革命戦争の鍵を握るだろうという予見があった。

 それは憶測や推理などではなく、言ってしまえば野性の勘のようなものである。


「見ただろう?彼の覇道レガリアを。手で触れただけであらゆる物体を消し去る覇道—《消滅バニッシュ》というそうだ。あれほど戦闘に特化した覇道もそう多くはない。残りの期間で対人の格闘術さえ身に付けることができれば、猛犬ヴィルヘルムと同等、或いはそれ以上の活躍が見込めるだろう」


「格闘術を身に付ける...ですか。彼には無理でしょう。あれほど怠慢な生活をしていては、戦場に駆り出すことすら...」


 彼が『シュヴァルツィエ』に入団してから早一日。鮮烈なデビューとなった彼であったが、その生意気で怠慢な態度から既に他の団員は困り果てていた。

 何を隠そう、彼はまだ16歳である。

 無論、ギルドに年齢制限はないのだが、それでも、十代のうちにギルドに入団した例はどこにもないのである。


「まあ心配するでない。齢など所詮は数字。実力主義のこの場では、何の問題も存在してない」


 崖から這い上がった我が子を見つめるその目に、迷いや憂いなどはなかった。


 —革命戦争まで、残り2日。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る