第一章:革命戦争編
Ep01.扉を叩く者
「父上...父上...!」
「ごめんな...アーベル。俺は何も守れなかった...」
「うわあああァァァァ...!」
部屋中に響き渡る
死の淵に立たされ痩せ細った身体で、父は我が子を必死に抱きしめる。子は、朽ち果てそうな父の懐でただ泣き喚くことしかできない。
「いいか、アー、ベル、これを、持っ、て東に行け、お、前は、立派な貴族、になr......」
父は、大きな黒い宝石の嵌め込まれたペンダントを握らせ、そのまま息を引き取った。
その夜、決して少年の慟哭が止むことはなかった。
しかし、同時に少年の心には小さく、それでいて確かな復讐の炎が灯った。
——アスタニア帝国北部、ゲルマニア大民自治区・黒のギルド『シュヴァルツィエ』にて。
「マスター殿。少し宜しいでしょうか?」
黒服を纏った背高の男が軽快にコンコンコンッと門扉をノックする。
「入れ」
思わず身震いをしてしまうほどの重低音が扉を超えて響く。
「失礼します」と一礼をし、背高の男が門扉を開く。ギーッという木擦れの音の向こうに、仰々しくソロチェスに興じる年増の男が見えた。
彼こそが、『シュヴァルツィエ』のマスター、ゲオルクである。
「珍しいじゃあないか、ラインハルト。お前の方から訪ねてくるとは。チェスでも打ちにきたか?それならば生憎だが、断らせてもらう。我も暇ではないのでね」
ゲオルクはそんな様子で全く動じず、盤上の黒いポーンに手を伸ばした。
「おっと、そこは右隣のポーンの方が良いかと...それよりもマスター、今朝から正面門の前で少年が『入隊させろ』と喚いておりまして...如何なさいますか?」
ラインハルトの忠告通りに右方向へとずれ始めていたゲオルクの手がピタリと止まった。
「...ほう。面白い。いい度胸じゃあないか」
そしてゲオルクは結局、力強くキングを1つ前に進め、席を立った。
「...我が行こう」
意外すぎる返答にラインハルトは目を丸くする。
「い、今なんと?」
「聞こえなかったか?我が行こう、と言っているのだ」
「いえ...マスター殿の手を煩わせるわけには...」
「知ったことか。我が行くと言っているのだ、お前に拒否権などない」
「は、はぁ...しかし」
戸惑うラインハルトを脇目にマントを翻すゲオルク。
その煌びやかで勇猛な態度は、まさに獅子のようであった。
「開けろォォォォ!!」
ドカドカと鉄扉を殴る鈍い音が響き渡る。
かれこれ1時間以上、シュヴァルツィエの正面門前では、攻防戦が繰り広げられていた。
「俺はッ!ここに入るんだァ!だ、か、ら、あ、け、ろォ!!」
「もういいよ少年...頼むから帰ってくれないか?」
「嫌だァァァァ!」
鉄扉よりも遥かに強固な少年の意志の前にただただ当惑の色を浮かべる団員たち。
戦争の準備や、区内のパトロールによる疲れからか、苛立ちは最高潮に達していた。
そこに、一匹の獅子が悠々と近づいてきた。
「...お前たちはもとの仕事に戻っていろ。その男は我の獲物だ」
圧倒するような咆哮が空気を震わせる。
「ま、マスター...どうしてここに?あんな小僧、私達だけで十分ですから!マスターはお部屋に...」
普段であれば考えられないマスターの降臨に、訝しげな表情をする団員。
しかし、その声はすぐに遮られてしまった。
「黙れ。我の野性の本能が...こいつには『黒』があると疼いているのだよ」
ゲオルクの口角が歪む。
「さぁ...始めよう、少年。我こそはシュヴァルツィエ:ギルドマスター、ゲオルク・ハイネマンだ」
鉄扉を隔てているというのに、目の前にいるかのような威圧感に、流石の少年も閉口した。
「...ア、アーベル。アーベル・フォン・ヴルートブルクだ」
先ほどまでの大騒ぎが嘘かのように冷静な態度で名乗る少年。
「アーベル...いい名前だ。時に、アーベル。本当にウチに入るつもりかい?」
「あ、ああ...。約束したんだ...親父と」
「ふむ、なるほど...では、問おうアーベルよ。ゲームは好きかね?」
「...ゲーム?」
「ああ、ゲームさ。もしもお前がこの鉄扉を超えることができれば...お前の勝ちだ。我から直々にお前の入団を許可しよう。期限はお前が諦めるまで。手段も問わない。これでどうだね?」
傍らのハイネマンが目を見張る。
「そ...それは、我々と同じ入団試験...あのような若造に?何故です...?」
「志を同じくする者に老いも若いも、男も女も関係ない。貴族の世界は実力主義だ。持つ者は持たざる者を支配する。それこそが唯一にして絶対のルール...お前達と同じ試練を乗り越えることができたなら、この少年にだって資格はあるということだ。異論はあるか?ラインハルトよ」
「い、いえ...ございません。まぁ、それに...彼にクリアできるとも到底思えませんしね。何せ、この門は我がゲルマニアが誇る最高強度の鋼鉄製ですから」
「さぁ...果たしてどうだろうね」
崖下に我が子を突き落とし、独りで帰ってくるのを待ち続ける親獅子の如く、ゲオルクの眼差しは非道と期待に満ちていた。
「ほんとにどんな手段を使ってもいいんだな?」
「その通りだ。どんな手段を用いてでも、この門より向こう側に来れればお前の勝ち。簡単だろう?」
「あぁ、すげぇ簡単だな」
自信ありげに答えるアーベル。
「ほう...気に入った。来いッ!アーベルッ!」
ゲオルクには強い確信があった。彼もまた、
「—
アーベルの声に呼応するように胸元のペンダントが黒い輝きを放つ。
彼が、鉄扉に両手を押し当てたその瞬間—音もなく巨大な鉄扉の下半分が跡形もなく消え去った。
「...これでいいか?」
隔てが無くなり、遂に対面する二人。
その表情はそっくりであった。
絶好の獲物を見つけた獣のような表情であった。
「ハッハッハッハッハッハッハ...素晴らしい!ここまで豪快にやったのはお前が初めてだ...!」
ゲオルクは満足げな表情で右手を差し出す。
「よろしくな、ゲオルク」
そう言って、がっしりと左手で握り返す。
「...ようこそ、シュヴァルツィエへ」
異様な雰囲気を放つ二人の傍らで、ハインラインだけが全く動けずにいた。
かくして、ゲオルクとアーベル—果てしのない『黒』を持つ二頭の獣が
—革命戦争まで残り3日。
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