第5話 午後にて

 ――――午後。

 学科別にて授業が行われる。


「へー。そんなことがあったんだ。」


「うん。 それでもしかしたらって思ったんだけどね」


 広々とした空間。

 対悪魔擬似訓練場の第1闘技場にて。

 ギルとリクは制服から運動着へと着替えて、3分間の組手を行なっていた。

 二人はお互いの拳を蹴りを躱し、いなし、防ぎ、避け、拮抗した組手を繰り広げている。


「で、違かったわけか。 つうか、ヨゾラ・キヅキどっかで聴いたことあんだよな」


 リクはこれまでの経緯を話した。

 なぜ、ヨゾラを付けていたのかと言うことと、朝の女子生徒との出来事を。


「それで、よくも俺を置いて逃げてくれたよね?」


「いや、わりぃ。わりぃ。

 気づいたら逃亡してたわ。」


 笑って誤魔化すギルに、リクはむすっと口を膨らませる。


 ところで、リクとギルの所属している学科だが、


 魔導学院は魔導学科まどうがっか対魔生物学科たいませいぶつがっかの二つの学科で別れている。


 ◎魔導学科

 魔導士の育成及び、精密な魔力操作、魔力量の増幅、魔法起動速度向上などの魔法力向上と魔法や魔道具についての原理理解や知識を得て、魔導士に成るべく魔法を学ぶ学科である。

 ※使用する魔導具によっては戦闘術も学ぶ。



 ◎対魔生物学科

祓魔師エクソシストの育成及び、魔導士と同レベルの魔法力を得るための魔法の向上と、加えて悪魔や魔物との戦いを想定した対魔生物戦の格闘術や剣術、拳術などの戦闘術を学ぶ学科である。

 


 と、こんな感じで、彼ら二人は。

 対魔生物学科に所属している。


「気づいたらってなにさ!? 

 もう、明日からあの子とどう接すればいいか分からん!?」


「いつも通りでいいんじゃね?」


「そんな、能天気なこと言って……!。

 いい? 今の俺の印象はねストーカーも同然なんだよ?」


 リクは、明日のヨゾラとの接し方を悩んでいた。変に謝ろうと、話しかければ、また嫌がられるかもしれない。かと言って、何も声を掛けないのもどうかと思う。

 それに、席は隣なわけだし……。


「じゃあ、どうするんだよ?」


「それを、一緒に考えてよ」


「なんで俺が……。」


「ねぇ、ギル? 誰のせいで彼女にバレたと思ってるのかなー?」


 面倒臭そうな表情を浮かべるギルを、鋭い目つきで見つめる。


「いや、メムルの所為だろ……。」


「違うね! キミとメムルはワンセットだ。

 =キミが悪い!」


「んな、バカな……」


 と、ギルは怪訝な表情を浮かべると、横目で大きなモニターに目を向ける。

 表示された時刻表が残り10秒を切った。


「じゃあーよ! 俺に勝てたら考えてやるよ!」


 その瞬間、ギルは速度のギアを一段上げた。


「はぁー……!? 何言ってー……」


 躊躇なく中段、左脇腹を抉るように鋭くギルは右足で蹴りこむ。


(いっ! った!)


 リクは迫った蹴りを左腕で防ぎ受け止めた。


「この……!」



左腕に痛みが走る。

 しかし瞬時にギルは軸足の左脚を蹴り上げ、半歩下がったリクを追尾するように左足で上段、首元を狙う。


「これなら、どうだ!」


 右足からの左足、それは一瞬の二段蹴りだった。

 だが、リクはそこから半歩下がりそして仰け反るように後へ、ギリギリ回避した。


「あぶなー……」


「まだ終わりじゃねぇーよ! リク!!!」


 防ぎ切った。そう、思った時、目の前のギルは遠心力を利用して、体を反転させる。そして、左足で着地し、その直後、強く踏み込んで前進した。そのまま、仰け反り無防備となったリクの腹に右肘突きを撃ち込む。


「!?」


 避けることは敵わず、リクは肘打ちの凄まじい威力の肘突きをその身に受ける。

 その威力は身体が浮くくらい強く、そのまま後ろへ数メートル飛ばされた程だ。


「やるねー!」


 ニヤリと笑うギル。

 しかし、リクはその攻撃を防いでいた。肘突きを受ける瞬間、腕でその攻撃を防ぎ、後ろへ飛ぶことで威力を減らしたのだ。

 ただ、それでもあの攻撃が凄まじい威力であったことには変わりない。


(手がジンジンするよー……)


 腕から掌にかけて、痺れが襲った。

 手を見て確認する。何も外傷はない。骨も大丈夫。筋肉も。

 痛いが動かせない程ではない、でも痛みと痺れが違和感として現れる。そして、違和感と言う障害が意識を鈍らせた。


「でも、余所見はいけねぇーな」


 障害。それは集中力の欠如だった。

 気づいたとこには、そこに居ない。目の前に居たはずのギルが居なかった。


「簡単に後ろとられてんぞー」


 呑気な声が耳元から聴こえた。直後、リクは振り返る。

 が、それも間に合わぬまま――――。


 ――――カクン。


「あ、えへへー。油断したー……。」


 と膝カックンをされた。

 苦しい紛れの笑いを浮かべて、リクは誤魔化す。


「その手、大丈夫かー?」


 小刻みに震えるリクの手を見てギルは心配そうに声をかけた。


「なんとかね……」


 そう、リクが答えると丁度、タイムアップが訪れ、ブー! というブザーの音が鳴り響いく。


「終了だー。休憩しろ」


 気怠そうな雰囲気を放つ、教官の男教師が、拡声器を使い休息の指示出す。

 闘技場内の給水所、各場所に配置されたベンチ、生徒達は散り散りにその場を後にする。


「ギル少し本気出したでしょー」


 二人は、動かずその場に座り込んで会話をしていた。

 その途中、リクは疑うような表情でギルを見つめる。


「……。なぁ? リク。 アレが俺の本気だと思うか?」


 少し、考えてギルは答えた。

 悩んだ理由は何処を捉えて本気だと思ったのか分からなかったからだ。本人曰く、あれでもかなり手を抜いていたのだから。

 今度は逆にギルが不思議そうな顔で見つめ返す。


「そうだよねー。ギルが僕に本気出すわけないかー」


「当たり前だろ。一流が素人に本気なんて出した日にゃお終いだぜ。」


「でも、最後のアレ。右足地面についたでしょー?」


「あ……」


 ギルから音のような声が溢れた。

 そして、しまった…と驚愕し悔やみような表情を浮かばせる。

 そう、ギルはリクとの組手中右足を地面に付けてはいけないと言う枷を自らに課していた。

 最後リクの背後へ一瞬で回った、縮地と言う技。

 それを除き、ギルは全ての攻撃、受け身、躱しを左足のみで行なっていたのだ。

 そして、そのハンデを背負ってなお、リクを圧倒するあの動きをしていたと言うことだ。


「じゃあ、今日は俺の勝ちだよねー?

 考えてくれる? 明日の、 た・い・さ・く!」


 嫌らしい笑みを浮かべて、追い討ちをかけるようにリクは問う。何処をどう取れば勝ちなのかは分からない。

 だが、自らに課した枷を破ってしまった事には変わりない。

 だから間をとって、


「何が勝ちだよ。せめて引き分けだ!

 その事なら、少しだけ考えやるよ……!」


「やったー! 実は学年最強に引き分けたー!」


「うるせー」


 はしゃぐように騒ぐリク。そんな、リクを見て少し不機嫌そうな顔をギルは浮かべた。手加減し、自ら縛りと言う名の枷を付けて戦っていたとは言え、引き分けてしまったことが、悔しいのだろう。いや、揶揄うような笑顔を浮べるリクにムカついているだけなのかもしれない。


「でも、勿体ないねー。そんな力があるのに隠してるなんて」


「いいんだよ。目立つのは嫌だし。

 それに……」


 口籠もり、恥ずかしげに何か言うのを避けた。


「それにー?」


 気になったのか、ギルの顔を覗き込むように見つめる。


「な、なんでもねーよ!」


 ギルは顔を背け、そう答えた。


「なんだよー。気になるなぁ。

 でもさー、ギルも俺とじゃなくてもっと強い人と組めばいいのにー。」


「い、良いんだよ。 お前と組むのも悪くねーし!」


「あ、なにそれー。 弱い者イジメってやつかー。ひどいなー。ひどいなー。」


 棒読みに、リクは言葉を発する。


「ちげーよ! そう言うことじゃねーって!」


「じゃあ、なーに?」


 再度、リクはギルの顔を覗き込む。


「もう言った!」


 再度、ギルは顔を背ける。


「じゃあ、もう一回。あと、「それに……」の後もやっぱり教えてー。」


「それも、もう言った……!」


 嫌がるギルに、それでもリクはしつこく聞き迫る。

 そんな二人をとある生徒達が遠くから眺めていた。


「どうかしましたか、アリシア様?」


 そう問う、黒髪ポニーテールの女子生徒。

 目の前には、アリシアと呼ばれる灰色の長い髪を後ろで編んで結ぶ女子生徒がいて、彼女はよそ見をする様に別の場所へ視線を向けている。


「…………」 


 しかし、アリシアからの反応はない。


「アリシア様?」


 女子生徒はもう一度声を掛け直し、アリシアが目を向けるその方向に、女子生徒もまた目を向けた。


「あ、いえ。すみません。」


 掛けられた声にやっと気付くアリシア。


(……確か、あれは。ギルティナ・ブラクティー。と、リク・マーリン。)


「あの二人がどうかしました?」


 女子生徒は不思議そうに、アリシアに問う。

 アリシア目を向ける先に居たのはに同学年の二人の男子生徒。金髪の少年ギルと黒髪の少年リクだ。


「何でも、ありませんよ。ただ、少し……。」


 どこか、寂しそうな表情を浮かべ言葉を濁らせる。

(――――羨ましい……)

 自身でも分からない。ただ、心の中で小さく呟いた。

 その儚げなアリシアの表情を見た女子生徒は、アリシアの心の内を汲み取るように言葉を述べた。


「……。ですが、本当に気の毒ですよね。

 義理とは言え、あの大賢者の子供。

 実力が決して無いわけではないのに、大賢者の子供と言うだけでその将来性に周りの人々が過度な期待と希望を寄せてしまう。

そういった者達が、彼の本当の実力と自身の思う実力との差異を知った時……。

 彼は人々に騙したな、裏切られたと身勝手に揶揄される。」


 リクに実力が無いわけではない。ただ才能が無かったのだ。

 義理、それでも大賢者の息子だ。だから、周りの者達は過度な期待を寄せてしまう。

 期待と実力との違いを知った時、彼らの中に騙された、裏切られたと、悲憤が漂う。彼らの勝手な想像や思い込みが彼ら自身を傷つけ、揶揄し罵り嘲笑い少年を傷つけている。


「確かに、そこに同情の余地はあります。

 ですが、いくら嘆こうが日が経とうが周りの評価は変わらないのです。

本当に変えたいと思うのならば、変わらなければいけないのは彼自身。

今を改め、より励み、精進し、より一層の努力を積まなければならない。

しかし、彼はそれをしない。

周りが彼を揶揄し嘲笑うことは愚かしく醜き行為です。

 ですが、彼にも責任があります。何もしないで、ただ時が過ぎるのを待って変わろうなど甘いのです!」


 どれだけ、時が経とうがが変わらない。

 賢者との息子の絆消えないように、その印象も消えず変わらないのだ。

それを、変えたいと思うのならば変わるのは少年自身しかない。でも、それをしない少年にも非があり責任があると女子生徒は語る。


「ですから、アリシア様が心を痛まれる必要ないのですよ。」


 女子生徒はは、何処か暗い顔を浮かべているアリシアに優しく語った。

 しかし――――。


「あ、いえ、そうでは無いのです。」


 アリシアの感じていた思いと、少女が気に掛けたことはまるで違かった。


「え!? そうなのですか? てっきり彼を心配なされているのかと……」


「はい。むしろ賢者の子供がいると言うのは今初めて知りました。 それと、もしそうならば、私もリーリアと同意見ですよ。ちなみにどちらが、そうなのですか?」


アリシアの本当に知らなそうにする表情に(そうだった……。この人は、そう言う周りの情報に疎い方だった……)と思い出す。


「は、はい……。えーっと……。右側の黒髪の生徒です。」


 そうして、女子生徒リーリアはリクを指差した。


「そうですか。あの人が……。分かりました。

 ではリーリア、次は剣術の授業でしたね。行きますよ。」


「お、お待ちを! アリシア様!」


 アリシアは何か思い浮かべたようにリクを見ると、直ぐに振り返り歩き出してしまう。

 それを追うように黒髪ポニーテールの少女リーリアは後ろを付いて行くのだ。


「なぁー、リク。お前、あのお姫さんと何かあんの? 」


「……。ギル、僕の話聞いてる…?」


 疑う様な眼差しでリクは聞き返す。


「あ、いや、聞いてなかったわ。すまん。」


 全く悪いと思っていない「すまん」に不満そうな表情をリクは浮かべる。


「で、あのお姫さんと何かあったりすんの?」


 ギルは、歩き何処かへ行こうとする背を向けた少女に指をさした。

 ギルのその指さす先にいたのは、アリシアだ。


「何かって?」


「いや、無いなら別にいんだけど。」


(見られてたよな…) 


 ギルはその視線に気づいていた。ただ、自分には彼女に見られるような理由は思い浮かばない。だから、その理由はリクに有るのではないかと思った。しかし、リクを見るにリク自身にもその理由が無いように見えた。


「んー。でも、入試の時少し話したかな?」


 特にこれと言った接点は無く、知り合い・友達といった間柄でもなかった。

 けれど、入試の時に少しだけ会話をしたと思い出したようにリクは語る。


「そっか。まぁいいや、行くぞー、リク。」


 気にすることはないようだと判断するとギルは素っ気なく返し、徐に歩き出す。


「え、聞いといてなにその反応ー!? ちょっと、まってよギルー。」


「次の授業何だっけか?」


「確か基礎剣術学だったよーなー?」


 ギルとリクもその場を後に、次の授業の場所へと向かうのだ。


***


 刻は放課後――――。


コンコン――。と学院長室の扉をノックする音が響いた。


「来たわね」


そう、嬉しそうな表情で応えるのは学院長オリアナ・ティシャルである。

「入って」との声へと共に学長室の扉が開く。


「し、失礼します。お、お久しぶりです。」


もぞもぞした口調で現れたのは、スカイブルーのパーカーを制服のブレザーの下に着込みハードを被る女子生徒。

そう、彼女は――――、


「久しぶり、ヨゾラ!」


 ヨゾラ・キヅキ。

けれと、全く持って違うのかも知れない。

何故なら彼女のその色は――――


「はい。師匠……。」


彼女はそっと深く被ったスカイブルーのパーカーをフードを外す。

そして、露わになる容姿は――――美しいエメラルドのような翠の瞳。と黒髪だった。

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