第4話 黒と銀そして翠

一時限目 数学。

 みんなが、難問に取り組み真剣な表情、余裕の表情、険しい表情を浮かべる中、彼女はあくびをしながらペン回しをしている。やる気が無いのだろうか。

 リクは、彼女のテキストを覗き込んだ。


「えっ!?」


 驚きのあまり声が漏れてしまう。

 先生により指定されていた問題、全てを既に解き終わっていた。

 そんな驚くように目を丸くするリクを、彼女は横目で見ている……。


 2時限目・3時限目・4時限目

 彼女を観察して分かったことは、意外と頭が良かったと言うこと。

 授業中は一度も寝ないと言うこと。(リクは途中寝ていました。)

 けれど、授業の合間の休み時間は誰とも喋ることもせず、机に伏せ寝ている。

 ここまでの情報を鑑みるに、彼女は友達のいない優等生だ。

 と、まぁ、現状、殆ど何も分かっていない。


 チャイムの鐘の音が授業終了の時刻を告げる。


「では、本日はここまで。」


 4時限目の授業を担当する先生が教室を後にする。


 そして、昼休み――――。

 教室で机をつなげ、お弁当の包みを広げる生徒達。

 中庭のベンチや屋上、お気に入りの場所で昼食を摂る為に教室を出る生徒達。

 売店や食堂に行くために教室の外へ出る生徒達。

 彼女もまた、徐に席を立ち教室を出て行く。


(どこ、行くんだろー?)


 彼女のその後をリクは追った。


 ***


 金髪の少年、その眼は線を引いたように細い。

 そして、その少年は廊下を歩いていた。

 すると、タイミングよく教室から出てくるリクを発見する。


「おーい! リクー! 飯行こ……」


 声を掛けようと近づくが……。

 その時、リクの不審な行動が目にとまる。

 少年は困惑の表情を浮かべ、足を止めた。


(……何してんだ、あいつ?)


 不審な動きで、廊下を進むリクのその先に目を向けると、フードを被った女子生徒がいた。


「へー」


 フードを被った女子生徒を追うリクの姿。

 その光景に金髪細目の少年は、ニタりと不敵な笑みを浮かべた。


「なに笑ってるん? ギル。」


 無垢な瞳で不思議そうに自分を見つめる幼女。

 それは、リクのクラスメイト、猫の獣人のメムルだ。

 そんな幼女に、金髪細目の少年ギルは口元に人差し指を当てて、


「しー」


 と、静かにするようサインを送る。


「しー?」


 メムルは真似るように人差し指を口に当てると、不思議そうに首をかしげる。



 ***


一方リクは、ヨゾラ・キヅキの後を追い、校舎の外へと来ていた


(一体何処へ行く気なんだろう……?)


 今は、茂みに隠れて、ヨゾラの姿をこっそり覗き込んでいる。

 そんな、ヨゾラの手元にはパンが一袋。

 途中、売店に寄り買っていた。


(もしかして、外でいつも独りで食べてるのかなー?)


 少し心配そうに、ヨゾラを見つめる。


「おい! なーにしてんだ!」


 すると、突然後ろから小声で、声をかけられた。


「はぁっ!?」


 しかし、リクは驚いて声を大きく発してしまう。


「バカ! 声がでけぇーって!」


 声の主は金髪細目の少年ギルだ。

ギルはリクの口元を抑えて、茂みに伏せるように隠れた。


「リク兄なにしてるん?」


 そして、ギルの横には何故かメムルもいた。

 リクを見ながら不思議そうに表情を浮かべている。


「人が増えてる……。」


 ヨゾラ・キヅキは、後ろで起きている異変を察知していた。と言うか、リクの尾行に元より気づいていたのだ。


「んー!んんんー!」


「あ、わりぃわりぃ。」


 息ができず、苦しそうにもがくリクの口元からギルは手を離す。

 ぷはぁーっと息を吐き、リクは呼吸を整えた。


「もう、驚かさないでよ!」


 リクはムッとした顔つきでギルを見つめる。


「わりーって、そんなつもりはなかったんだ……。アハハハー」


 笑って誤魔化すようにギルは答える。

 すると、チョンチョンとメムルはリクを突いた。


「なに? メムルちゃん。」


「リク兄ここでなにしてるん?」


 不思議そうにリクを見つめて問いを投げる。

 しかし、その問いに答えたのはギルだった。


「あのなー、メムル。

 こいつは、アイツの事が好きなんだよ。」


 ギルは茂みの迎え側にいる、女子生徒を指差した。


「ちょっとギル……! 勝手な事言わないでよ……!」


 リクがギルに焦るように否定していた間、メムルの頭にはクエッションマークが浮かんでいた。

 なぜかと言えば、メムルの身長的に立っている状態でも茂みの向こうは見えない。


「あいつー?? 」


 故に、何の事だかさっぱり分からないのだ。

 メムルはチョコチョコっと歩き出し茂みの外へ出ようとしてしまう。


「ちょ、メムルちゃんー……!?」


 リクは急いで止めようと駆け寄るが時すでに遅し、メムルはヨゾラの目の前で出てしまう。


「キミは……?」


 現れた、クラスメートの猫の獣人の幼女にヨゾラは目を向ける。


「ヨゾラんなんなー!」


 メムルはヨゾラを指差して、何処か嬉しそうに叫んでいる。


「ヨゾラん……!?」


唐突な愛称に、困惑した表情を浮かべるヨゾラ。


「メムルちゃん……!?」


 リクも姿を現し「ごめん、ごめんね……!」と不審がられているであろうこの状況に取り敢えず謝罪を述べる。

 すると、その瞬間――――。


 タイミングを見計らって、ギルが姿を現した。

しかし、メムルを抱き抱えると直ぐに猛スピードで駆けていく。と言うか逃げていく。


(あとは、お前に任せる……リク!)


「え……?」


 リクは、呆気に取られた表情を浮かべて呆然と立ち尽くす。


「ねぇ、キミ。」


 そんな、リクにヨゾラは声をかける。


「はい……?」


 恐る恐る、リクは振り返った。


「どう言うつもりなんだい。

 ボクのことつけていたよね?」


 明らかに怒っているような声のトーンだ。

 ヨゾラはゆっくり近づき、その口調はリクに恐怖を感じさせた。


(バレてるー……!?)


「いやぁー……。そのー……ねー……?」


 上手い言い訳が、見つからない。動揺して、否定もできずにいる。

 そして、そんなリクの目は泳ぎっぱなしだ。


「キミ、ボクに何か用?」


「用と言うか……えーっとー……? 何と言うかー……?」


用など無かった。ただ、謎の女子生徒の正体を知りたくて正体を探っていた。

と、目の前の本人に言えるはずも無く、口ごもる……。


 動揺しテンパるリクに、ヨゾラは確実に近づいてきている。

 そして、すぐ目の前まで来た時。ヨゾラは顔を近づけて、リクに言った。


「用が無いなら、ボクに関わらないでくれるかな。」


 覗き込むように、その瞳に見られた。

 初めて見た、その顔。

 フードの端から見えた銀髪。

 そして、翠の瞳。まるでエメラルドのような。


「綺麗だ……。」


 リクから出たのは、謝罪でも言い訳でも無く、その一言だった。

 エメラルドのその瞳は、今朝あった女子高生と非常に酷似していた。

 そして、同じくらいに美しかった。

 けれど、その銀髪が彼女では無いと、結論付けている。


「は、えっ……!?」


 ヨゾラはビックリしたように音のような声を発し、咄嗟に顔を逸らし背ける。

 そんなヨゾラ頬は何故か紅く染まっている。


「い、いいから……!

 ボクに用が無いなら帰っておくれよ……!」


 先ほどの冷静な物言いとは明らかに違う、テンパり具合。声のトーンも高く、恥ずかしさが伝わってくる。


「う、うん……。ごめんね……。」


 急激なヨゾラの変化にリクも困惑した表情を浮かべていた。


「じゃあー、俺いくから……!」


そう言ってリクは逃げるようにその場を立ち去っていく。


(あの子じゃないかー)


 ヨゾラ・キヅキは朝の女子生徒では無かった。

 瞳の色が似ていたが、明らかに髪の色が違う。

 黒と銀。見間違うはずもない。

 顔は……。よく分からない。

 そんな長く見ていた訳ではないし、スカイブルーのパーカーのフードが周りを覆い隠していた。

 何より瞳とその髪色に目がいってしまっていた。


(でも、可愛かったなぁ)


 ただ、見えた範囲だけで言えば顔はかなり可愛かった。

 そして、あの恥ずかしがり様。

 褒められる耐性の無い、あの感じがたまらん。と、リクは嫌らしい笑みを浮かべて帰っていった。


「なんなんだ……! あの男は……。」


 ヨゾラは、しゃがみながら、口をムッと膨らませて、言葉を吐いた。

 照れ隠しのつもりなのだろうか、手元では地面に生える葉っぱを抜き抜きしている。


 ――――ドクンッドクンッ

 と心臓の鼓動が鳴り響く。

 あまりの恥ずかしさに……。

 かと思われたが、表情には冷静さが戻っていた。

 そして、立ち上がると、リクが歩いていった方角に目を向け


「なんだ。キミがそうだったのか――――」


 静かに、そう言葉を発した。

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