第3話 気になるあの子。

 ここは、国立第一魔導学院高校。1-B組の教室だ。

 窓側最前列のこの席が、リクの席。


「…………。」


(誰だったんだろうあの子。可愛かったなー。)


 主人公であるのに、窓側は最後尾の主人公席ではなく、その真逆の最前列に腰を下ろし、少年は窓から空を眺めている。

 そして大きな溜息を付いて、後悔を滲ませながら考え事をしていた。

 勿論、あの女子生徒について。


「朝から悩み事なんなー。どうかしたん?」


 辛気臭い顔を浮かべ、外に何かをふけっているリクに、小さな獣人の少女が話しかける。

 小さな。この言葉の意味から察するに身長の低さが伺える。

 だが、これは年相応であり、決して成長が遅れている訳ではない。


「いやー。なにもー。」


「ははーん! メムルにかかれば、リクにぃの事なんてお見通しなん!

 スナぺナの次回が気になるんな!」


 誇らしげに、どうだ! と言わんばかりに指をさして名推理を披露する獣人の幼女。青紫がかった長い髪にツーサイドアップの髪型。その髪の間から白い小さな猫耳が生え、種族用に改良された制服の腰のあたりから、長い白の尻尾が生えている。


「いや、違うけどー……」


 ――――スナぺナ。

 驚くくらいに初耳だ。一体何だと言うのだろうか……?


 「ふむふむ! 無いんな! リク兄の想像してる、アユちゃんの罰し隊入る展開はこないん!」


「なにー? 何の話……?」


「罰し隊は、そんなに甘くないんな!」


「いや、だから何の話なのー……? 違うよメムルちゃん……」


困惑した表情を浮かべ、自信満々に語り続けるメムルを見つめる。


「次回はたぶん……! って、違うん!? 」


メムルは驚くように目を見開き、少し後ろに後ず去り。


「だから、そう言ってるじゃーん」


「うぅ…。今日は調子悪いんですん……」


 自身の名推理が空振りだった事に気づき、しょぼ〜んっと表情が切なく浮かんだ。


(今日は、ってー……)


 いつも大概外れているような気がするのは気のせいなのだろうかと脳裏によぎるが、幼女が悲しそうな表情を浮かべている手前、それを言うことなどできなかった。


「で、でも凄く惜しかったかなー……?

 殆ど合ってる……。ような気がする……。よー?」


 全然、まったく持って違うのだが、フォローを入れ、機嫌を取り直させる。

 すると、パッと明るくなったように笑みを浮かべた。


「そうなん!? もう少しだったんなー!」


(変わり身はやいな〜)


 コロコロと変わる表情の変化を観ているのもつかの間、少女の顔に一気に真剣そのモノの表情が浮かぶ。


「しかし、ですんな……。」


 なんだ? とクエッションを浮かべその顔をジッと見つめた。すると――――


「リク兄、困ったことがあったら、メムルに相談するん!」


 しかし、別に深刻な事ではなくて、

 胸を張り、自分に頼れと自信満々に語る。ただの、前振りだったのだ。


「なんだぁ、そんなことね〜。

 でも、8歳の女の子にはまだ早いかなー。」


 そんな少女メムルは8歳にして高校生。飛び級に飛び級を重ねてここにいる。

 だが、いくら優秀で飛び級を重ねて高校生だとしても、精神年齢は年相応。少女メムルにはまだ難しいとリクは小馬鹿にするように、話を流した。


「む〜! 早くないん! 丁度なん! 」


 そのリクの対応に、メムルは口を膨らませて怒りを露わにする。だが、更にその態度をリクは馬鹿にするように指摘した。


「はいはい。 む〜! とか口で表現する辺りがまだ子供なんだよー。」


「違うん! 正真正銘大人の女なん!」


「うん、それは違う」


 腰に手を当て、ふん!っと鼻息荒く胸を張り、自信ありげに語る幼女にキッパリ否定するリク。

 だが、その体系は幼児そのもの。こじんまりとした身体。何処からどう見ても小さな幼女だ。


「まぁ、メムルちゃんは可愛いからこのままでいいよー」


「なっ!? か、可愛い…!」


 ――――可愛い。

 その言葉に、反応を伺わせる。

 だが、顔に浮かんでいるのは、照れや恥ずかしさを表す赤面ではなく、やけに暗く沈んだ嫌悪の表情だ。


「もしかして、リクにぃ……。ロリコンなん……!?」


 怯えるように後退りしながら、こちらを疑いの眼差しで見つめてくる。


「ちょ、待とうか8歳児。

 何処でそんな言葉覚えて来たんだ?」


 平然を保てているが、それは表面上の顔だけ。

 内心は、驚くくらいに動揺している。

 なにせ、ロリからロリコンなの? と冷やかな目で疑いの眼差しを向けられたのだから。

 決してそんな事は無いのだが、その言葉を知っていたことに動揺してしまった。そして、同時に無垢なこの少女にそれを吹き込んだ輩に怒りが芽生えていた。


「8歳児言っちゃダメ! もうすぐ9歳なん! あと、みんな言ってたん。」


「み、みんなー……!?」


 クラス内での自分のキャラづけがロリコンになってるのではないかと、不安が脳裏に過る。

 ここは、きっぱりと否定をし無害である事を証明しなければならない。対象になるのは、大人の女性であって決して子供は対象外。咳ばらいをして、リクは目を見てしっかり伝えた。


「まぁ……、まぁいいさ……。言っておくけど、お兄さんは至って健全な男子だからー、大人の女性、大人のBODYじゃなきゃダメなんだよね〜。勘違いをしちゃっている人がいたら、ちゃんと伝えておくようにー!」


「そんなんな! 分かったん! 伝えておきますん!」


 誤解は解けたようだ。安心し納得したように頷いた。

 でも、目線は何故か頷いたまま下にある。


「でも……。なんだか、馬鹿にされたような気がするんなー。」


 下に目を落としても、スッキリ開いて見える視界。

 大人のBODYとは……。と思い浮かべながら自分の貧相な胸を比べていたのだ。


「してないよ〜。これからだからー。」


 気にする素ぶりを見せたメムルに、優しい笑顔でフォローを入れた。だが……


「……。これから?」


 ――――これからだから。

 メムルに疑いの眼差しが再度宿る。

 墓穴を掘ったのか、単に言い間違えたのか、とにかくリクの顔は雲行きが怪しくなっていく。


「んー? どうかしたー?」


 怪しい程に目を逸らしながら、何事も無かったかのように振る舞うリク。それでも、メムルは疑う眼差しは止む事なく浴びせられているが、目は絶対に合わせないし、何事も無いを装いゴリ押しする。


「いや……。なんでもないん。」


「そ、そっか〜」


 どうにか逃げ切りを果たしたリクはホッとしたように安堵の表情を浮かべた。


 ***


「はい。では、皆さん席についてください。」


 騒めく教室の中、先生が扉を開けて入室する。

 立ち歩いていた生徒達は、各々自分の席へ戻っていく。


「はいのーん!」


 リクと話していたメムルも元気よく返事をすると自分の席へ戻っていった。


 この高校、ブリテル国立第一魔導学院高校は、世界各国に15校ある、国連祓魔軍事機構管轄の教育機関の一つ。

 国連祓魔軍事機構とは、ここムーン大陸にあるブリテル王国を含めた五大国と、その周辺諸国からなる世界各国連合の対悪魔機関である。

 そして、この魔導学院は少し特殊な学校だ。何が特殊かって? 

 それは、あそこに座る8歳児の存在もそうなのだが。(教壇の前にある1周りも2周りも小さい彼女専用の机と椅子に座っている。)

 どうして、飛び級してまで入った高校がここなのか。人族以外の亜人の生徒達が多くいるのか。


「では、出席をとります。」


 それは、この高校が魔導を学ぶことが出来る高校だからだ。

 それも、国内で最も優秀な魔導学院高校。

第二高・第三高まであるが、ここ第一高が序列一位である訳で。

 故に、国内から魔導を学びたい優秀な生徒がこの高校へこぞって集まってくる。


 生徒達は名前を呼ばれ、次々と返事をしていく。

 しかし――――


「ヨゾラ・キヅキさん。」


「…………」


 先生のその点呼に返事はない。

 当然、空白であるその先に視線が集まる。

 それは、リクの隣の席だ。


「キヅキさん……はお休みですか?

 連絡は無かったと思うのですが……。」


 特定の誰にでは、ないが知ってる人がいないか、先生は辺りを見渡す。


「いやー、知らないよね?」


「うん、わかんない。まず、喋ったことも無いし。」


「それねー」


「つうか、あいつが誰かと喋ってるとこすら見たことないよな。」


「自分の世界観? っていうか、不思議な子だもんね。」


生徒達は皆首を振り、誰もヨゾラ・キヅキがいない理由は知らないようだ。


「よー! 大賢者の偽息子! お前、知らないのかー?」


すると一つの人を小馬鹿にするような言葉が発せられた。

それを皮切りに、生徒達は特定の生徒へ言葉を投げ始める。


 「ギャハハハ! あいつが知るわけねーだろ!


「そーだぞ! あいつだって友達、ろくにいないんだから!」


「おーい、失礼だぞ。

これでも大賢者様の息子なんだから! ハハハっ!」


「つっても、親とは違って不出来すぎんだろ!」


「仕方ねーよ偽物なんだから!」


「ハハハッ」「ギャハハハ」「アハハハ」悪口と嘲笑いが教室に響き渡る。

これは全て、ヨゾラ・キヅキの座席の横に座るリクヘよるもの。

リクの名はリク・マーリン。

血の繋がりはないが、大賢者 サラ・マーリンに養子として引き取られた義理の息子として校内では名を知られている。

だが、「大賢者の息子」と言う肩書に伴わない学内のリクの成績は、周囲の者たちから揶揄され嘲笑われる要因にさせた。

だからと言って全員が全員そうしているわけではない。

クラスを見れば、我関せずの生徒もいる。

「ぐぬぬぬ!!」とメムルみたいに、罵声を浴びせる生徒達へ怒りを露わにする者が居るのも確かなのだ。

だが、大半はリクをよく思ってないのが現実だ。


「静かに! お静かにしてください!」


 生徒達を一喝し先生は視線を配る。

 そして、先生の視線の終着地はリクの元へ。


「え、いやー? 知りませんよ……。」


 理由など知らないリクは、首を傾げ答える。

 何故なら、隣の席でありながら、リクもその生徒との会話など皆無だった。

 すると――――、廊下の方からドタバタと走ってくる音が近づいてくる。

 先生や生徒達は入り口の扉に目を向けた。


 ――――そして、勢い良くドアが開かれる。


「はぁ……はぁ……。ごめんなさい……。遅れました……。」


 現れたのは女子生徒。

 いつも、制服のブレザーの中にパーカーを着込みフードを深く被っている。

 その為、表情と言うか、顔は見えない。誰も見たことないだろう。たぶん。

 だが、息を切らし肩で呼吸をするその姿は、疲労を感じさせる。



「おはようございます。

 珍しいですね。キヅキさんが遅刻するなんて。」


「おはようございます……。すいません……。」


 先生は出席簿に、チェックを入れて出席を取り、ヨゾラ・キヅキは自分の席へと腰を下ろした。


(このパーカー……)


 ふと、リクの目にとまるスカイブルーのパーカー。

 今朝の助けた女子生徒も同じ色のモノを着ていた。

 カラーや柄違うが、ヨゾラ・キヅキは決まって毎日、パーカーを着ている。

 フードを深く被っている。それが不思議がられている所以だ……。

 そして、考えてみれば話した事のないどころか、席が隣だと言うのに顔を一度も見たことがないのである。


 そしてリクは、ヨゾラ・キヅキを興味本位に観察し始める。

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