第26話 魔王との邂逅
建物はかなりの広さがあるけどジェムに構造を調べさせて迷うことなく俺は出口へと向かう。
歩きながら建物の様子を改めて見るとやはり神殿だったらしいが廃棄されてから年数も相当経っているのだろう。 盗掘の被害にでもあったような痕跡があちこちに見て取れた。
荒れた神殿内を抜け表に出ると石畳で整地された広場だった。 整地されてるとは言え石畳の隙間から雑草が顔を出しやはり相当な期間、放置されていたことが分かる。
結構な規模の宗教だったことを窺わせるそこの真ん中に立つと、背後からルナたちが出てくる。
誰も何も言わない。──俺が見る先、空の彼方から飛んでくる影を注視している。
ほどなく、かなりのスピードで飛んできた
「あら? 面白い気配を感じてきてみたけど……どうやらアナタみたいね。」
鈴の鳴るような美しい声でそいつは軽やかに笑う。
成熟した美しさにどこかあどけなさを感じさせる女──これぞサキュバスって感じの女魔族だ。 ぶっちゃけ言うとすさまじくエロい。
豊満な肢体を申し訳程度に覆った布も、腰まで伸びたストレートの髪も、蝙蝠のような羽も全て漆黒。 大抵の奴はその力と相まって禍々しさを感じるだろうけど俺からすると色っぽいとしか感じない。
彼女がこの世界の魔王の一人──夜魅の魔王、淫魔ミディアだ。
「ユーダイ様っ!」
ミディアが一瞬で俺の目の前に移動し、ルナが悲鳴を上げる。 心配しなくてもちゃんと見えてるし何てことないから。
ミディアは無防備に、無邪気に俺の周りを回って品定めでもするようにジロジロと俺を見る。
「ふーん……人間にしては──と 言うか人間とは思えないくらいの力を持ってるわね。 フフっ……とっても美味しそう。」
俺のことがお気に召したか妖艶に舌なめずりをするミディア。 そんな様を遠目に見るだけでルナたちが怯えるのを感じる。 普通ならライオンに目を付けられたような気分だろうけど俺からすれば子猫みたいなもんだ。
「決めたわ。 アナタ、ワタシといらっしゃい。 特別にワタシのエサとしてして飼ってあげるから。」
エサとして飼うってすごい表現だな……
「心配しなくてもいいわよ? ワタシたちはエサを食べ尽くしておしまいだなんてもったいないことはしないから。 特にアナタみたいなご馳走はね。
毎晩たっぷり精を吸わせてもらうけどそれ以外は遊んで暮らしていればいいの。 精が付くよう毎日ご馳走も食べさせてあげるし。 それに……ワタシの相手は人間なんかと比べ物にならないくらい気持ちいいわよ?」
俺に絡み付いて何とも魅力的なことを囁くミディア。 てか何、その理想のヒモ生活?
でもまあそんなことに興味はない。
「せっかくだけど、主導権を握られるのはあまり趣味じゃないんでね。 そんなペットみたいな生活はお断りかな。」
「あら、
怒るでもなく指をペロリと舐めながら誘惑してくる。 魔王の余裕といったところかな。
「光栄に思ってほしいわね。 魔王が寝所の戯れと言え、組み伏して征服することを許すのよ? さ、答えはどうかしら?」
「そんな誘惑されても答えは変わらないよ。」
きっぱり断るとミディアは肩をすくめて呆れたようにため息をつく。
「強情ね。 なまじ力があるから自分を狼と思ってるのかしら?
いいわ。 ちょっときつめのお仕置きで牙を抜いてペットとして躾てあげるわね。 少し痛いけどアナタが悪いのよ?」
絡み付くのをやめるとミディアは距離を取る。 遠距離からで痛め付けるつもりなんだろう。
だけど俺は気にせず、神殿の入り口でこっちを見てる観客に振り返り、
「約束通り悪魔召喚について説明するからよく見て、ちゃんと聞いてて。」
「何かと思えば悪魔召喚? それがアナタの得意技かしら? 魔王相手にたかが人間が呼べる悪魔なんて──」
「まず召喚には召喚用の魔術陣が必要だけどさっきみたいに普通に書いた陣だと低級の魔族しか召喚できない。 それも供物を捧げたり契約をしてわずかな力をもらうのが関の山。 悪魔なんて高位種族を呼ぶには陣も特殊なものが必要になる。」
俺はミディアを無視して語る。
「簡単に言えば魔力を込める必要があるわけだけど力のある術者なら魔力そのもので陣を構成する。 その方が強い魔族を召喚できるし強い拘束力を生む。」
地面に光輝く魔術陣が現れみんなが驚きの声を漏らす。
「そしてこれができるとさらに複雑な陣を編める。 積層陣、球形陣といった具合にね。」
これも実演して見せてやる。 異なる魔術陣が何層にも重なった積層陣、球の表面にびっしり紋様を書き込んだような球形陣が空中に現れる。
「そして──」
「大したものだけどレディを無視して得意気に話すなんて失礼よ?」
少し苛立ったか、ミディアが魔力塊をこちらへと放ってくる。 本人としては手加減してるんだろうけど普通なら防御しても軽く死ねるくらいの威力。
面倒くさいんで直撃させながら説明を続ける。
「そしてこれが魔術陣の──」
「な──!? ちょっ、待ちなさい!」
ミディアが初めて声を荒げる。 手加減したとは言え直撃した魔力塊がなんの効果も示さなかったのがそれだけ衝撃だったんだろう。
ルナやノーストンたちが絶句する中──殿村は楽しげに見てる。 肝の太いやつだよな。──俺は
直径2m程度の球形陣の内側にまで無数の紋様が舞い踊るように構成された魔術陣。
「魔術陣の最高峰、複合陣。
俺の複合陣を見たミディアが顔色を変える。 圧縮された情報量が尋常じゃないことに気付いたんだろう。
慌てて魔力を練るのが感じられる。 少しはこっちの力に気付いたかな?
「『
ミディアが練った魔力を放ち魔法を発動させると世界が反転する。 色彩の失われた灰色の世界──
『ジェム──』
『夜魔族ののーりょくだね。 夢の世界を現実にかさねておもいどーりにする。 ちょーてーばん、ありきたり、ひねりがなくてつまんなーい。』
<神風>で調べたジェムから即時の返答。 俺だけならいいけど他が巻き込まれるのはちょっとめんどい。
<真理眼>で[認識][解析][理解][干渉][掌握]と一瞬で済ませると、俺はそれを握り潰す。
──パリーンッ!
ガラスが砕けるような音がして世界が正常に戻る。
「な──!?」
驚くのはまだ早い。 俺はそのまま、全く同じように魔力を練り上げ放つ。
再び世界が色を失い悪夢に包まれる。──ただし今度はミディアにとっての悪夢だ。
「これ……まさかっ!?」
驚きの声を上げるミディアに影から飛び出した触手が巻き付き拘束する。──サキュバスの触手プレイ……エロいな。 人目がなければこのまま楽しみたいとこだけど……いや、そうじゃなくて。
俺がやったようにミディアも俺の『悪夢の世界』に干渉して破ろうとするけど無駄。 完全理解を基に[掌握]した俺以上の干渉力は発揮できない。 そもそもそれだけの干渉力があったら俺に破られることもなかったんだから。
声もなく、触手に拘束されたミディアを見る一同。 ノーストンたちは特に自分の国を滅ぼした魔王が何もできないことが信じられないようだ。
「それじゃ最後。 悪魔を召喚する時は悪魔との力比べになる。 力がなければやはり供物か契約、興味をひくようなことをして力を借りる。
理想は自分の力で拘束することだけどそうしようとすれば悪魔も抵抗して召喚がそもそもできない時もあるし、抵抗されるほど拘束力は弱まる。
抵抗させないくらいの力量差があれば悪魔を完全に隷属させることができる。」
説明しながら俺は目の前の複合陣を発動させる。 するとミディアを包むように複合陣が出現する。
「──!?」
言葉も出ないくらいに驚きながらミディアが目を見開く。 そしてその姿が一瞬で光となって散ると同時に、俺の目の前の複合陣にミディアの姿が現れる。
「──何と……」
何が起きたのか理解できないのだろう。 ノーストンが呻くように声を絞り出す。
俺は『悪夢の世界』を解除すると呆然として俺を見上げるミディアの首元に手をやり、
「悪魔の完全拘束──従魔とすることに成功するとその証としてこうやって首輪が付けられる。 まあ厳密に言えばこいつは悪魔じゃないけどね。 これで悪魔召喚は完了。──以上だよ。」
俺の言葉にミディアがハッとして自分の首元に手をやる。 南京錠の付いたパンクファッションっぽいチョーカーにも見える黒い首輪──隷属の証のそれを確認して激昂する。
「ふ──ふざけないで! 魔王であるワタシが人間に隷属なんてあり得──」
「おすわり。」
「ワン!」
俺の命令に犬のように手を付いてしゃがむミディア──ご丁寧に鳴き声付きだ。
ミディアもそれを見ていたみんなも声もなく固まる。 俺はちょうどいい高さにきたミディアの頭に手をやり撫で回す。
「ま、こんな具合に命令には逆らえなくなる──と言うより命令に従うことが至上の喜びとなる。 さっきのやり方じゃ100%無理だって言ったのはこれで分かってもらえたかな?」
「は、はぁ……」
どう答えればいいのかも分からない様子のノーストン。
まあ理解が追い付かないよね。 戦いにもならずに魔王が無力化されたんだから。 欺瞞ではあるけど貴族のために魔王を倒すのを避けて力を貸してやるにはこうでもするしかなかった。
安全になったと分かって殿村とルナがこっちに近付いてくる。
「すごいわねぇ。 あんた、ほんとに魔王を倒せるくらい強かったんだ?」
「倒したわけじゃないけどな。」
「なおさらすごいじゃないの。」
「本当です。 ユーダイ様……その……すごかったです!」
「く……」
下から聞こえた声に顔をそっちに向けると、ミディアがうつ向きながら体を震わせている。
「屈辱です……魔王たるこのワタシがこんな真似をさせられて……なのに──」
顔を上げたミディアは目を潤ませて蕩けた顔を──ってちょっと待て。
「御主人様にさせられてると思うと……んっ……体の芯が熱く疼いてたまりません。」
ルナがドン引きして後退り、ノーストンたちは顎がはずれんばかりに口を開いている。
「ねぇ……どゆこと?」
「んー……従魔になると主の命令に従うことが何よりも幸せに感じるってのはさっき言ったけど……変な命令をいきなりしたから目覚めちゃったってとこかな。」
淫魔だからそっち系に抵抗はないしね。 だけどこれはちょっと予想外だった。
「御主人様ぁ……どうか遠慮なくご命令を……もっと辱しめていただいても構いません。」
ミディアは犬のように四つん這いになって俺の脚に頭をすり付けてくる。 絵面がヤバすぎるんだけど……そしてちょっと興奮してる自分がヤバい。
「とりあえず立て。」
「はい、御主人様。 どうしましょうか? 全て脱ぎましょうか? あぁ……下等な人間に見られながら御主人様に辱しめていただけるなんて……ゾクゾクしてしまいます。」
「待て待て! 脱ぐな!」
「かしこまりました。 御主人様はご自分で脱がすのがお好きなんですね。 あぁ……それとも破り捨てられてしまうのでしょうか? んっ……御主人様のお好きなよう弄んでください……」
胸と股間に手をやってモゾモゾするな……こいつ、殿村と似た方向でヤバいな。 ルナとクレアちゃん、そんな目で俺を見ないで。 心が痛いから。
こいつどうするかな……強さで言えばまあエウレシアの侯爵級で上位クラス──ラフィスにも勝てないレベルだな。 連れて行っても正直さほどの戦力にはならない。
「ミディア。」
「何でしょうか、御主人様?」
「俺たちは他の世界に向かう途中でここに寄ったんだ。 すぐにその世界に向かうんだけど──」
「御主人様の行かれる場所でしたらどこにでも付いていきます。 御主人様から離れるなんてあり得ません。」
「いや、お前は置いていく。」
俺の言葉にミディアはこの世の終わりのような顔をする。
「そんな──ワタシを捨てると言うのですか!? ムリヤリ服従させて辱しめて……初めての悦びを教え込んで離れられない体にしたというのにそのようなこと……あんまりです!」
「待て待て待て! 人聞きの悪い言い方するな!」
事実ではあるけど言い方ってもんがあるだろ!? またルナとクレアちゃんの視線が痛いし……
「雄大の鬼畜! ちゃんと責任取りなさいよ!?」
お前はいらん口を挟むな、殿村。
「御主人様のそばにいられないなんて耐えられません! そばに置いてくださらないならいっそ死ねとご命令ください!」
魔王の想いが重い。 いや、洒落じゃないし洒落にならないよ、これ。
エロゲでもプライドの高い女ほどポキッとへし折れば従順になるけどそんな感じかね?
「率直に言うとな、これから行く世界じゃお前くらいの強さだと大した戦力にならないんだよ。」
「それなら大丈夫です! 戦えなくても御主人様への夜のご奉仕は誰にも負けません! どんな行為でも悦んで受け入れます!」
「いや、そういうのは間に合ってる。」
「「「え?」」」
おい、「え?」って何だ、「え?」って? ルナに殿村にクレアちゃんまで。
「だってあんたずっと彼女いないじゃない?」
グサッ!
「私やミツキ様にもお手を出されずミツキ様は「ヘタレ」と仰ってましたし……」
グサッ!
「そのようなことをされるなんて……不潔な方だったんですね……」
グサッ!
三人揃って人の心を抉るなよ……チクショー。
「そうじゃなくて必要ないから間に合ってるって言ってるんだよ! 変な勘違いするな!」
外野を黙らせると俺はミディアに向き直り、
「とにかくだ、今のお前じゃ弱くて役に立たない。──俺のそばにいたいなら強くなってからこい。」
ミディアの額に手を当てると、俺はミディアに2つの魔法を仕掛ける。──別に光ったり変な効果はないよ?
「これは──」
「俺とお前の間に《絆》を結んだ。 俺の出す条件をクリアすれば《絆》を頼りに俺のところにくる《道》が作られる。」
「本当ですか!? あぁ……そうすれば御主人様のおそばにずっといられるのですね。 その条件とはどのようなことなのですか!?」
俄然やる気になったミディアが身を乗り出して迫ってくる。
そんなミディアに俺は条件を突きつける。
「この世界の魔王残り8体──全員配下にしてこの世界で最強になる。 お前が最強になって軍勢を持つことがこの先俺の役に立つ最低条件だ。」
「分かりました! 御主人様のご命令、見事果たしてお側に参ります!」
かなりの無茶ぶりなのにやる気になるミディア。 命令されるのが本気で嬉しい上にそれを越えれば主の側にいれるっていうので命令の理不尽さが気にならないようだ。
まずは目論見通り──
「あの、それで御主人様──一つお願いしたいことがあるのですが……」
モジモジしながらミディアが唐突に切り出す。
「何だ?」
「その……御主人様のご命令を果たしてお側に行けたら……ご褒美をいただけないかなと……」
ご褒美……まああれだろうな。 サキュバスだしね。
「一晩可愛がっていただいて……御主人様の精をご馳走していただけないかと……ダメでしょうか?」
正直よろしくない。 けど
「別に構わないぞ。」
「ユーダイ様!?」
『マスター!!』
ルナとジェムから抗議の叫び。 とりあえず後で説明すればいいだろう。
「ありがとうございます! んっ……今から想像してしまい……はぁっ……たまりません。」
恍惚としながら身悶えるミディア。 テンション最高潮って感じだ。 俺の狙い通りにがんばってくれそうだな。
「それでは早速行って参ります。 一刻も早く朗報をお届けしますのでお待ちください。」
ミディアは翼を広げるとあっという間に飛び去っていった。
よしよし。 あれだけ張り切ってれば狙い通りの働きはしてくれそうだ。
俺は内心で満足しながらミディアを見送った。
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