第25話 滅びた王家の忠臣
案内された部屋はさほど広くはない、三人がけのソファーがテーブルを挟んで向かい合わせに置かれた部屋だった。 調度は悪くはないし掃除もされてはいるんだけど長いこと放置されていたのを無理やり使っているような寂れた感のある部屋だ。
少女をソファに下ろして座らせると俺は向いのソファに座り、両脇にルナと殿村も座る。──何かまだ袖をつかまれてるんだけど。
中年男も少女の隣に座るとさらに三人の男が入ってきた。 少女にローブをかけるとソファの後ろに立つ。
正面に座る男を改めて見ると怪しげなローブに身を包んでいるし身なりもあまり整えられてはいないが、顔つきや佇まいに気品が感じられる。 それは娘の方も同じで……嫌な予感がする。
「まずは何を言えばよいのか……
まあ娘を助けてもらってありがとうとかないよな、この状況で。
「私はフェルステン王国にて侯爵の地位と領地を
「クレア・ノーストンです。」
あー、貴族だったか。 下手すりゃ王族かと思ったからまあましな方か。
ノーストンは背後に立つ男たちを示し、
「この者たちは未だ私に仕えてくれている騎士と従者たちです。 して、貴方は──」
「俺は黒瀬雄大。 一応は悪魔じゃなくて人間だ。」
「何と──!? しかし先ほどの──」
「人間だけど普通の人間じゃない。 この世界の人間でもなくてちょっとした力を持っているんだ。 それよりさっき賜っていたって過去形で言ったのと名前が変わったのは?」
聞かなくても大体分かるけど一応確認。 <神風>で調べれば一瞬の話なのにもどかしくて仕方ない。 だけどこれが今回、俺が決めたルールであり制約だ。
<神風><天津風><千里眼>の3つの権能──絶大な情報系の能力を俺は封印した。 正確にはジェムに全権を預けた。
俺は戦わないと決めているんだから必要ないし、敵の情報を得て確実に勝てる状況を作ってやるようなつもりもない。 俺がやるのは言ってみれば敵の情報が分からない、コンティニュー不可の育成ゲームだ。
もちろん敵の情報以外は遠慮なく調べるしいつでも権能を戻すことはできるけど、間違って使ってしまうことがないようワンクッション置くことにしたんだ。
俺の疑問にノーストンは苦渋の表情を浮かべ、
「王国は滅ぼされたのです。 魔王の手によって──」
……また魔王か。 嫌なことに縁があるもんだな。
内心でため息をついているとノーストンはそのまま続ける。
「我が領地は2つの国と国境を接する地で3国にまたがるようにアノス山という山があります。 さほど険しい山でなく道も整備されているので人の往来も多かったのですがそれが不意に途絶えることとなったのです。
我が国の商人たちも多くが行方不明となり、調査隊を──」
ちょっと待て。 話を聞くって言ったけどかなり長くなるだろ、これ。 面倒くさいから要点だけ頼む、ジェム。──0,1秒で事情把握完了。
「ストップ。」
俺が手を突き出して制止するとノーストンとクレアは目を白黒させ──ルナがクスクスと笑う。 俺を召喚した時のことでも思い出したか?
「話を聞くって言って悪いんだけど冗長な話は苦手でね。
要するに魔王を倒そうとした3国がそろって返り討ちにあって王家は滅亡。 あんたは忠誠を誓った王家を滅ぼした夜魅の魔王ミディアに対する復讐と領民を守るという貴族の義務を果たすために悪魔に頼ろうとした、とこういうことだよね?」
<神風>でジェムが得た情報とさっきの状況から考えられることを聞かせてやるとノーストンもクレアちゃんも背後の男たちも絶句する。 この辺は慣れた反応だ。
「すごいわね。 でもさ、本当ならここからお涙ちょうだいな話が始まるお約束なんじゃないの?」
「お約束なんか時間の無駄だろ? シンプルにさっと行きたいんだよ。」
王道とかお約束もいいけどだらだらかかるのは勘弁だ。
ちなみにこの世界の魔王だけど元からこの世界にいる魔族で力の強いやつが魔王を名乗る。 なので何人も魔王がいて実力もピンキリ。
ミディアとか言う夜魔族──要するに夢魔や淫魔だけど一応この世界でトップクラスの力を持っている。 俺との差がどれくらいかはジェム曰く──『ゴキブリをたたきつぶすほーが手間かかるかな。』──だそうだ。 まあこの世界は《根源》とのパスもエウレシアと比べて狭いから魔王と言ってもせいぜいそんなもんだろ。
「な、なぜそのようなことまで──」
「俺の力で軽く調べてね。 で、はっきり言うけどさっきのやり方だとその娘──クレアちゃんだっけ? 無駄死ににしかならないよ? 悪魔召喚どころか魔族召喚さえ無理だね。」
「それは──」
「やってみないと分からない? やるしかない?
領民を
俺の力を目にしたばかりだ。 こうも断言されると信じるしかなく、すがるものもなくなり途方に暮れているのが表情から分かる。
さてと……俺はどうするべきか。 いや、忠告はしてあげたけどどうするか考えてるわけじゃないんだよね。
これが困ってる村人とかなら普通に助けるんだけどさ。 貴族かぁ……王族と大差ないよなぁ。 さすがにあんな無駄な儀式で可愛い娘が殺されるなんてもったいなかったから止めたけど。
魔王を倒す……簡単だけどわざわざやる理由もないんだよなぁ。
まあ気軽にこっちをあてにしてくるなら無視してエウレシアに行くつもりだったけどノーストンもクレアちゃんもそんな話はしてこない。 自分たちの責任であって自分たちでどうにかするべきと考えているんだろうな。 おかげで俺としては動きの取りようがない。
貴族か……でも王国も滅亡してこんな状況なら貴族とは言えないよな。 どうするか……
「……クロセ殿……と仰られましたな。」
悩み抜いて何かしらの結論が出たのか、重々しく口を開くノーストン。
「貴方はどうやら我々には想像も付かない知識をお持ちのようです。 もしご存じでしたら悪魔を召喚する
深々と頭を下げてこちらへの願いを口にする。
「俺に魔王と戦ってほしいとかは言わないんだ?」
「我が国の歴戦の勇士たちも容易く倒された相手です。 そのようなこと、軽々に頼めるものではありません。」
「娘を犠牲にしても自分たちで何とかするつもり?」
「娘で足りなければ私の命も賭けて──もはや領主などという立場ではありませんがそれがかつての領民に対する義務であり、王家に対する忠義の証です。」
うーん……ルナもそうだったけど、善人だし為政者としては理想的なんだけど行きすぎてる。──好感を持てるのと同時に理解しがたい。 俺の王族に対する忌避感の理由の一つだ。
「ねぇ……あんたならその魔王を倒せるの?」
突然殿村が口を開いたかと思えばいらんことを言う。
「ノーコメント。 頼むつもりはないみたいだし余計な手出しをするつもりはない。」
きっぱりと告げると殿村は肩をすくめて口を閉じる。
まあ──安易に頼んでこないから力を貸してやってもいいかと思ってもいるんだけど。
『あのさー、マスター。 きたみたいだよ?』
突然のジェムの呼び掛け──ジェムには預けた権能で俺の周りの監視もしてもらっている。
このタイミングできたってことは──まあそれしかないか。
「あの……どうかされましたか?」
俺がいきなり立ち上がったもんだから困惑した様子でノーストンが問いかけてくる。
「ちょっとお客さんがきたみたいだからお出迎え。 ついでに悪魔召喚について教えるからついてきて。」
「その……客というのは──」
「ああ、魔王ミディアだな。」
俺の軽い返答に固まった奴らをおいて俺が部屋を出るとルナと殿村が後に続き、それに促されるようにノーストンやクレアもやってくる。
さてと──久しぶりの魔王とのご対面といきますか。
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