第24話 悪魔召喚の儀

 目を閉じて《道》に飛び込んだ直後──軽い目眩と共に俺は違う世界に到着したことを感じた。 気温、湿度、空気の匂い──自分の部屋とは全く違う。 そして何より、不自由だった《力》を存分に使える感覚がみなぎっている。 

 《宿命通》を試しに発動するとあれだけ手こずってたのが嘘のように過去世にアクセスできる。 <集智心>で不完全だったジェムを完全にするための作業もほんの一瞬だ。

 俺はジェムを完全にするとそのまま──今回の魔王討伐にあたり決めていたことを実行する。

『マスターマスター! すごいよ、これ! ジェムちゃんぜっこーちょー!』

 10万人分の智の欠片を与えて完全体になったジェムが………………っておい。 性格が不完全な時のままなのはどういうことだ?

『なんか固まっちゃったみたい。 でもだいじょーぶ! アタシはマスターの頼れるかわいーあいぼーだから!』

 この頭の悪そうなしゃべり方を聞いてると頼りにならなそうな……こいつに預けちゃった・・・・・・のは早まった気がする。

『ところでマスター! これ、ほんとにいいの?』

『ん? ああ、分かってるだろ? 今回の俺の──』

「あの、ユーダイ様!?」

 ジェムと話してるところに声をかけられ、俺は目を開けてルナを見る。

「ああ、ごめん。 ちょっと考え事を──」

「そうではなくて、その、周りを──」

 怯えた様子のルナに言われて俺は周りを見る。

 俺とルナが出てきたのは薄暗い空間──石造りの建物の中、おそらくは地下と思われる空間は蝋燭のほの暗い灯りに照らされ何とも怪しげな雰囲気を醸し出している。 おそらくは廃棄された神殿か何かなのだろう──俺たちが出てきたのは祭壇とおぼしき一段高くなった場所だ。

 その周りを貧相な黒いローブに身を包んだ20人ほどの人間が取り囲んでいる。 そしてその中央には一人の男がいて、周りの人間ともども驚いた顔で俺たちを見ている。──そこまではよしとしよう。 問題なのはその中央の男が振り上げた大振りのナイフ……そのナイフの下には全裸で横たわる16、7才くらいの少女がいることで……っておい!

 慌てて止めようと思ったけどその前に黒ローブの集団が異様な盛り上がりを見せ歓声を上げる。

「おおっ! 皆、喜べ! 我らの呼び掛けに応えて悪魔様がおいでくださったぞ!」

 気を利かせたジェムが翻訳してくれて、男が何を言ったのかはすぐに理解できた……って………………は? 悪魔様?

 ちょっと待て。 どういうことだ? 知りたくても今の俺にはすぐに知ることはできない。

 とりあえずジェムにこいつらの言葉を学習させてもらいながら<真理眼>でルナにも言葉を刷り込む。

「悪魔様! 生け贄を捧げる前にお越しいただき感謝の念に堪えません!」

 ナイフを振り上げていた男がこちらに向かってひざまづくと何やら口上を述べる。

 状況から察するに邪教の悪魔召喚の儀式の最中にでも出くわしたってところか? よく見ると足元には魔術陣らしいものも描かれている。 何の意味もない落書きと変わらないけど。

 そうするとこの少女はさらわれてきた生け贄か──助けてやらないとな。

 などと考えていると少女は俺の前に膝をついて神に祈るように手を合わせる。

「悪魔様、ようこそおいでくださいました。 どうか私を供物として私たちにお力をお貸しください。」

 …………はい?

 てっきり拐われてきたと思いきや自分から身を差し出す少女──小刻みに震えてるから喜んで命を捧げるような狂信者ってわけでもなさそうだ。 ますます状況が読めない。

 困惑する俺の前でナイフを携えた中年の男が少女の横に立つ。

「悪魔様! 我が娘は正真正銘の生娘──きっとお気に召していただけると思います! 今より貴方様へと娘の血と命を捧げますので何卒! あの者を倒すのにお力を!」

 苦渋の表情を浮かべながらもナイフを振り上げ少女の首筋へと振り下ろす。──と、早まるなよ。

 俺はナイフが少女に食い込む寸前で刃をつかんで止める。

「───!!」

 驚愕の表情を浮かべこちらを見る男──少女も目尻に涙を浮かべてこちらを見上げる。

「あのさ……殺したりしたらもったいないよ。」

 ん? 何か違うな……いや、この娘、よく見ると結構可愛いんだよね。 つい本音が出ちゃった。

 ところが中年男は俺の言葉に顔を青ざめさせて顔を絶望に歪める。

「なんと……娘の命よりも生きたままなぶり尽くしたいと申されますか……」

 違う違う! 勝手に変な勘違いを……いや、俺を悪魔と思い込んでるならそういう風に解釈しちゃうか。

 中年男──娘と言ってたから父親だろう。──の言葉に顔を強張らせた少女の股間から水音とともに床に水溜まりが広がる。

 あちゃあ……悪いことしちゃったな。

「いや、そうじゃなくてね。 まず俺は悪魔じゃない。 落ち着いて話を聞かせてくれ。」

 俺は上着を脱いで少女にかけてやると彼女の粗相の痕跡も消してやる。──これくらい今の<真理眼>ならなんてことない。

 何が起きたか分からず呆気に取られた顔で俺を注視する連中を見て、俺は思わずため息をつく。 面倒なことに巻き込まれたっぽいけど……まあ無視するわけにもいかないよな。

 少女を見ると確かに濡れていたはずの床や下半身が何ともなっていないのが信じられない様子で何度も触れて確認している。

「大丈夫? 立てる?」

 俺が手を差し出すと少女ははっとして、わずかに躊躇ってたけどおずおずと手を伸ばす。

「あの……ありがとうございます……」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら俺の手をつかむ。──この歳で人前でお漏らしとかそりゃ恥ずかしいよね。

「ふふーん……こんな可愛い娘相手にフラグ立てちゃって。 あんたもやるわねぇ。」

「のわっ──!?」

「キャッ──!」

 いきなり耳元で囁かれ思わず飛びのいて振り向くとニヤニヤと笑う殿村がそこにいた。

「おまっ──何でここに!?」

「面白そうだからきちゃった♪」

 テヘッ──と笑いながら軽く言う。 お前……気楽についてくんなよなぁ。

「あのなぁ……遊びじゃないんだぞ?」

「分かってるわよ。 でもあんたのそばなら安全でしょ?」

 それはそうだけどだからってお前を連れてく理由にはならんぞ?

「まあ固いこと言わないでさ。 ルナちゃんだって──ルナちゃん?」

 ルナを味方に付けようと殿村が呼びかけるけどルナは怒ったようにそっぽを向いている──て言うか怒ってるね。

 <心眼>でると激おこなのがよく分かる。 何をいきなり怒ってるんだ?

「ははーん……なるほどねぇ。」

 ルナの様子から何か分かったのか殿村がニヤニヤしてルナに耳打ちしてる。

 何やらルナが慌てふためいているんだけど……何だ?

 慌てるルナの反応を楽しそうに見ていた殿村だけど不意にこちらに向き直る。

「で、あんたはいつまでそうしてるつもり?」

 そうしてるって……どういうことだ?

「あ、あの……」

 何のことか問いただそうとした俺に不意に声が、それもすぐ近くからかけられる。 見ると生け贄の少女が俺にお姫様抱っこされてた。──されてたって言うか俺がしてたんだけどさ。

 これはあれだ。 殿村に驚いて飛びのいた時に手をつかんでたから弾みで抱き上げちゃったんだな。

 上着は掛けてあげたけど裸ジャケット状態で色々見えそうなのが恥ずかしいんだろう。 もじもじしながら裾を引っ張って必死に隠そうとしている。

「あの……恥ずかしいので下ろしていただけませんか?」

 顔を真っ赤にしてお願いしてくる少女。──さっきは全裸だったのに……生け贄として命まで捨てる覚悟してたから平気だったのかね?

 何かずいぶん余裕じゃないかって? まあ《宿命通》が働いてるからね。 過去世の中で自分も含めどれだけの裸を見てきたと思う?

 ただし過去世の記憶を自分のものとする《宿命通》の根元とも言える権能<退行心たいこうしん>は、全開で使わない。 あまり完全に過去世をものにしてると人間の精神状態からかけ離れるから色々余裕を持てるようごくわずかな影響を受ける程度に加減してる。 情報量が膨大過ぎてあらゆることに対して何も感じなくなるくらいやばいから。

 で、恥ずかしそうにお願いをしてくる彼女だけどちょっと問題がある。 <心眼>で視て気付いたんだけど、

「下ろしてあげたいのはやまやまなんだけどさ……君、自分で立てないでしょ?」

 俺に言われて体を動かそうとして、彼女も気付いたようだ。 悪魔に生きたままなぶり尽くされるというのがよほどの恐怖だったか、完全に腰が抜けてるんだよね。

「とりあえず落ち着ける場所まで運んであげるからちょっと我慢して。」

「あ……申し訳ありません。」

 ますます顔を赤くして縮こまる少女。 うん、半裸の金髪美少女がこうしてるってかなりたまらないね。 役得役得──何かルナがますます膨れてるんだけど。

「とりあえずどこか座って話せる場所あるでしょ? そこで話を聞くよ。」

「わ、分かりました。」

 中年男に声をかけるとまだ戸惑った様子を見せながら先に立って案内する。

 俺が後に続こうとするとルナと殿村が後ろについてきて──不意にルナが俺の服の袖をつかんできた。

「どうかした?」

「……何でもありません。 お気になさらないでください。」 

 プイッとそっぽを向いたまま袖からは手を離そうとしない。

 一体何なんだか……まあ気にするなと言うんだから気にしない方がいいんだろう。──殿村がニヤニヤしてるのが気に入らないけど。

 俺はそのまま、中年男の後について別の部屋へと移動した。

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