第23話 異世界への旅立ち
ジェムの作業は月曜の夜に終わった。
[理解]した《狭間》と世界を分ける空間法則の全てをフィードバックしてもらい、実際に[干渉]を試してみる。
思ったよりも難しいが確かに[干渉]できている。 わずかながら空間が揺らぐのが確認できた。 こうして[干渉]を繰り返し慣れることで[掌握]にたどり着く。
[理解]までの三段階は座学、[干渉]は実地で技術を身に付けながらさらに[理解]を深めるようなものと考えればいい。
[干渉]の段階になるとジェムにサポートしてもらうこともできない。 知識を事細かにまとめたノートをもらって勉強はできても実技は自分で身に付けるしかないんだから。
時間を見つけては[干渉]を繰り返し、徐々に[掌握]へと近付けていく。 そして想定より1日遅れた金曜の夜──ついに俺はそこに至った。
空中に浮く球状の空間の揺らぎの前で、殿村とルナはポカンと口を開けていた。
二人には単に景色が歪んでるようにしか見えないはずだけど《狭間》への《穴》が空いた状態だ。
死角と同じようなもので認識できなければ捉えることはできないが一度認識してしまえばはっきりと見ることができる。 《狭間》に関してはあまりにも世界の法則から隔絶しすぎていてその認識するっていうのが至難の業なんだけどね。
「ようやくここまできたよ。 これでエウレシアに戻る準備ができた。」
俺の言葉にこの世界を離れるのだと実感が湧いたか、ルナの表情が引き締まったものになる。
「本当にありがとうございます。 これできっとエウレシアも救えます。」
「期待されちゃってるけどさ、向こうに着いたらもう魔王に世界がどうかされちゃってる可能性もないわけじゃないと思うんだけど……」
約20日──魔王の軍勢に攻められたとして一気にやられるほどの時間ではない。 だけど同時に、政治的な問題を越えて各国、そして
敵の侵攻速度とこちらの協力態勢の構築──それの進行具合ではかなりまずい状況になってる可能性はある。
普通に考えられる話なんだけどルナはむしろ俺が何を言ってるのか分からないとばかりにキョトンとした顔をする。
「あの……ユーダイ様はご存知なのではないのですか?」
「……どういうこと?」
「いえ……ユーダイ様をお呼びした時にあまりにも色々とご存知でしたので……ユーダイ様は何でも知ってらっしゃる方なのだとばかり思っていました。」
何でもは知らないよ……ってあの作品のパロになるからやめよう。 真面目な話、そこまでの興味はなかったから調べてなかったことはたくさんある。 何でも知ることはできるけど何でも知ってるわけじゃない。
そんな俺にルナはなぜか嬉しそうに笑みをこぼす。
「ふふっ……ユーダイ様にも知らないことがあったなんて……ちょっと嬉しいです。」
意味分からん……てか俺をどれだけの化物と……あー、まあ否定できないか。
ルナはしばらくクスクス笑うと説明を始めた。
「リシェール王国にはキーフ様より神託を受けた聖人が造り上げた聖遣物『天啓の七天秤』の一つがあります。」
「『天啓の七天秤』?」
「『天啓の七天秤』は世界の7ヶ所に存在するものでキーフ様が封印されると代わりに世界の安定を保つ聖遣物です。 しかしそれにも限界があり、少しずつ傾いて世界の安定の乱れを教えてくれるのです。──ユーダイ様をお呼びした時はまだそれが傾き始めたばかりでした。
高位の悪魔ほど現出するには世界の安定が大きく乱れていなければならず、完全に傾き魔王が神域より現出するほど安定が乱れるまでおよそ3ヶ月と伝えられています。
悪魔たちも魔王が現出するまで侵攻することはないそうですのでまだ時間はあるのです。」
なるほど……そんなものがあったのか。
タイムリミットが分かるのはありがたい。 最悪はムリヤリにでも時間を作るつもりでいたけどその手間は省けたかな。 どうやってって? ギリギリの手段だから聞かないで。
「なるほどね。 半月くらいで戻れるって分かってからあまり不安そうにしなくなったのはそれでか。」
疑問ではあったんだよね。 割とこっちの生活を楽しんでる風でエウレシアの心配をしてる様子があまりなかったのがさ。 余裕があるのが分かってたのと……まあ俺を信頼してたからなんだろうな。
「そうですね。 それと……この世界が色々とすごかったので──」
気まずくなったのか恥ずかしそうに目を逸らすルナ。 深刻になれなかった一番の原因は殿村だと思うけどね。
「でもこれでルナちゃんはこの世界とお別れなのね。」
黙って聞いていた殿村がぽつりと呟く。
ルナは神妙な顔になると殿村の前で深々と頭を下げ、
「ミツキ様。 本当によくしてくださってありがとうございました。 私……ミツキ様のこと……ずっと忘れません。」
また連れてきてもいいなんて言っちゃったからルナにはもう二度と会えないなんて悲壮な感じはない。 ただルナには殿村に言うなと口止めはしているからそれを匂わせるようなことは言わない。
「元気でね。 会いたくなったら雄大に連れてってもらうから。」
抱き合い別れを惜しむ二人……っておい。 さらっと人の力をあてにするな、この野郎。
呆れながら俺は《狭間》から近くに見える世界に軽く《穴》を開けて様子を探る。──あった。 『六神通』を不自由なく使える程度にパスの広い世界。
「──見つけた。 これで行けるぞ。」
エウレシアほどではないけど《根源》との繋がりの広い世界──どんな所かまでは分からないけど中継点にするだけだからどうでもいい。
準備はいいかと確認すると、ルナは黙って頷く。 まあ準備と言っても荷物は何一ついらないけど。
ルナに買った服やら色々は小さい棚にまとめてあって向こうに着いたら俺が取り寄せる。 必要なのは心の準備だけど問題ないようだ。
俺は向こうの世界から漏れ出す魔力を使って《狭間》に迷わないくらいの《道》を通す。
「よし……それじゃ行くよ。」
殿村に言葉をかける必要はない。 ここに戻るのはすぐのことなんだから。
《道》を通したとは言え本来のそれよりは弱い。 万が一を考えて俺はルナの手をしっかり握り《穴》に飛び込んだ。
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